第117話 人の手による災厄
さて。サメカラス変異種の内蔵をアニマとレジーナが集め、キャリバーン号の格納庫に運び込んでいる間、当然キャリバーン号は着陸しているわけであるが、不思議なことに変異種が地中から現れるという気配がない。
「動体反応は?」
「相変わらずなしです」
コンソールに表示される情報に集中することでなんとか
何故襲ってこないのだろうか、と首を傾げるアッシュだが、すぐにその理由に思い至った。
そもそも、レジーナと出会った時に出現した個体群が少数の群れだったのではないか、と。
巣が近くにあった訳ではなく、たまたま離れて行動していた個体群がアメシスタ周辺でレジーナと接触し、キャリバーン号と接触した、という感じだろう。
そう思うことにした。
とはいえ、作業中はサバイブで巨大生簀を作った時同様に、シールドでつくったセーフティエリアで作業を行っている為、着地していても即座に下から攻撃を加えられて問題になる、ということは起こらないだろう。
艦も、
「
「繋いでくれ、ベル」
「はい」
ベルが操作し、
『どうしました?』
「現時点での支払いを」
『は? ええ、それは構いませんが……はぁ!?』
担当者が思わず声を出すほどの請求額。それもそのはずで、少し行動すれば嫌でも数十から数百単位で相手にしなければならないのだから、それらをいちいち迎撃していれば、相当な金額になる。
具体的には、現時点で最新鋭の戦艦だけで構成された大艦隊1つくらいならば弾薬なども含めて一括購入できるほど。
『いや、いやいや! なんですかこのふざけた金額は!?』
「大真面目だ。なんなら、なんなら現状の映像中継してやろうか?」
若干キレ気味にアッシュが担当者に詰め寄る。
場所によっては太陽光がところどころしか差し込まないほどの密度で空を埋め尽くしているサメカラスの大群。
地下空洞で大繁殖し、砂の中を自由自在に移動して飛び掛かってくる変異種。
降下するだけでも危険極まりなく、着陸したとしても地中から襲撃される。
それだけならまだしも、補給拠点となるはずの各都市がすでに崩壊している。補給がなければ、艦の燃料も尽きるし、それより先に人間の食料のほうが尽きる。
断言する。
キャリバーン号と、このクルーでなければ降下すらできなかっただろう。
そう肌で感じたからこそ、担当者が支払いを渋る態度を見せたことにイラついているのだ。
「アッシュ、もう少し落ち着こうよ。報告があるんでしょ」
「ああ。そうだな」
マコに窘められて、冷静さを取り戻しながら大きく息を吐き出す。
『添付されてきた資料にも目を通しましたが……これは』
「アンタ等が依頼を持ってきた時点で手遅れだったんだよ。駆除は無理だ」
『……では、この依頼はここで終了、ということですね』
「いいや違う。今後は増額だ。今の2倍払ってもらう。だから現時点での討伐数に見合っただけの報酬は貰うって話をしているんだ。踏み倒す、なんてことはねえよな? 言っておくが、こっちにはデミゴッド級ハッカーがいるんだ。そいつがどんな事をするかわかったもんじゃねえぞ」
「ひどいなあ。私はそんなこと――いや、するね。普通に」
「シルル?」
マリーの視線がシルルを射抜かんと向けられるが、当人はコンソールに顔を近づけ視線を合わせないようにしている。
『……では、現時点までの金額での振り込みは必ず。ですが、倍増となると』
「廃星の可能性、十分にあるだろう」
『はい。残念ながら。そうなる可能性が高いでしょう』
「そんな状況で命貼ってるんだ。5倍でも安い。それに、俺達はこれからどうにかして生存者をあつめて惑星を脱出するつもりだ。そっちの方に関しては現状維持でいい」
『仕方ありませんね……。了解しました。では、これで――』
「待て。気になっていたことがある」
通信を切ろうとした担当者をアッシュが止める。
『なんでしょうか?』
「管理組合に依頼を出した人間は誰だ」
アッシュが放ったその言葉に沈黙が流れる。
言葉の意味が理解しきれず、マコとマリーがアッシュのほうを向く。
通信相手の
「そもそもがおかしい。この状況になってると知っていれば、
『……』
「別に言わなくてもいいさ。さっきも言った通り、デミゴッド級ハッカーがいるんだ。調べ上げることも不可能じゃない。その上で、俺の推測だが――この星を実験に使った連中がいるんだろう」
アッシュの眼が獲物を睨みつけ威圧するようなものに変わる。
相手にプレッシャーをかけ、恐怖によって身動きを取らせなくするような眼力。
自分が睨まれているわけでもないのに、その圧を感じ取った4人は身を震わせた。
『……守秘義務がありますので』
「わかった。自分で調べる。じゃあな」
『あ、ちょっと待っ――』
担当者が何かを言おうとしたが、それを遮るように通信を切るアッシュ。
シートに身体を投げ出し、息をゆっくりと吐きだす。
「シルル。今回の依頼の出所を調べてくれるか」
「アニマ達が作業を終えるまでには片付けるよ」
「マリーとベルは抜き出したデータの整理を手伝ってやってくれ」
「了解」
「はい、わかりました!」
シルルが
今回の依頼がおかしいと感じたわけではない。
都市や国家、
おいしい話が実は罠だった、なんてこともあり得る。
だから、アッシュが気になっていたのはそこではない。
サメカラスの存在である。
最初からずっと引っかかっていた疑問点。
恒星間距離の渡りをするサメカラスとはいえ、目的地となる惑星ではない惑星に定住することはまずない。
少なくとも、サンドラッドのように食料が限られる砂の惑星なんかに降り立ったとしても空を埋め尽くすほどの大群が定住し続けるという光景はまず見ない。
――それが人為的に起こされた状況でもない限りは。
サメカラスの生態のひとつとして存在する、渡り。それは本能に従って行われる行動であり、行き着く惑星というのも決まっている。
そのため、サメカラスの分布は恒星系を跨いで存在しているが、その道中立ち寄る中継地点としての惑星の多くはまだ判明していない。
だからこそ、サンドラッドに一時的にサメカラスが存在していても問題はないのだろう、と思ってはいた。
だが、違う。この個体数はおかしい。どこかで繁殖した、させられたとしか思えない個体数が空を埋め尽くし、変異種もすでに定着して繁殖を行っている。
「ヒット」
シルルが静かに呟く。即座に見つけたデータを吸いだし、それをマリーとベルに回す。
「これは……」
「アッシュさん!」
マリーが何かを見つけ、それをアッシュのコンソールへと回す。
送られてきたデータに目を通したアッシュは、口角を吊り上げる。
「冗談だろ……」
「アッシュさん……」
肩を揺らしてしばらくこらえていたが、アッシュは大声で笑いだす。
突然なことに驚くメンバーをよそに、笑い続ける。
いや、笑わずにはいられない、といったほうがいい。
ふたを開けてみれば、なんともしょうもない理由だった。
「くっだらねえ……」
笑いきったアッシュの口からもれたのがそれだ。
その言葉の意味は、データを回したマリーは勿論、彼女からデータを回してもらった他のメンバーも理解できた。
「やっぱ人災じゃねえか!!」
開示されたデータには、サメカラスの討伐依頼を出した人間ではなく、組織の名前が書かれていた。
宇宙生物研究所。それが、この依頼を出した惑星連盟直轄の組織である。
依頼の詳細も記録されており、それによれば――サンドラッドの研究所で飼育していたサメカラスが突然変異を起こして大量繁殖。抑止不能となったため討伐依頼を出した、ということらしい。
つまり、そもそもこの依頼は国家や
それに加え、この情報によって、考えたくはなかったとある事象が確定する事になる。
「……待ってください。この情報通りだとすれば」
「まあ、ベルの思った通りだろうね。この惑星のサメカラスは全て変異種だ」
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