第89話 戦闘距離

 人類が恒星間航行を行うようになってからどれだけが経ったか。

 その中で、地球を出る以前よりも退化したものもある。

 その最たるものが、兵器同士の戦闘距離である。


 霊素エーテルの発見により数段飛ばしずつ進んだ人類の科学技術であるが、その霊素こそが最大のネックであった。

 具体的には、既存のレーダー技術では霊素を使用した動力の反応や、製造段階で霊素を取り込んだ装甲材などを捉えることができなかったのだ。

 過程を説明すると非常に長くなる為、割愛して結論で話すと、霊素に適応したレーダーが開発されるまでは、敵も味方も目視可能距離でなければまともに戦闘することができなかったのである。


 そしてそれは、霊素環境対応型のレーダーが開発されてからも、相手の位置がわかる程度のもので、結局は以前のように、目視できないような距離にいる相手でもレーダーに映れば攻撃できる、といったような戦闘はできず、現代にいたるまで有視界戦闘というのが基本となり、ソリッドトルーパーが歩兵の延長として人型であり、人間の使う武器を大型化したような装備を使用している理由でもある。


 閑話休題。本題に戻そう。

 つまり、レーダーの範囲外から飛んでくる攻撃というのは、基本的にあり得ない事。

 狙撃用の機体というものもないことはないが、それでもレーダーの効果範囲を最大にすれば捉えられる程度の距離でしかない。

 だが。今この場所で行われている狙撃は、そのレーダー距離の限界を超えた場所から行われている。


『……流石に動いている相手を狙うのは難しい、か』


 のコクピットのモニターに映し出される降下中のバッシャーマの部隊。

 まずは撃ちやすいフレスベルク級攻撃空母落とし、そこから飛び出した機体を狙う。それらが着地するまでにできるだけ行動不能な機体を増やすつもりであったが――、とアニマは誰に聞かせるだけでもなく呟く。

 本来は操縦者を必要とするソリッドトルーパーでありながら、その機体そのものを肉体として扱うアニマが操る事で、通常の機体とは段違いの反応速度を実現している。

 当然と言えば当然。

 カメラが状況を捉え、OSが処理した映像がモニターに映し出され、それを見たパイロットが反応し、手を動かして機体へ指示を出し、その指示をOSがそのシチュエーションにあわせて最適化した行動を起こす。

 この一連の流れを一基に短縮し、カメラという目が捉え、即座に反応し、身体を動かす。

 1つの行動のたびに繰り返される工程。当然その工程が少なければ少ないほど、反応できる速度も変わる。

 それは、アニマの持つ、対ソリッドトルーパー戦における絶対的なアドバンテージである。


『あっちのほうは上手くいっているかな……』


 再び照準を合わせて引鉄を引く。

 放たれるビームが、今度はバッシャーマの両膝関節をまとめて吹き飛ばす。

 相手からすれば、飛んでくる方向はわかっても、それがビームである以上、撃たれてからの回避は外れてくれないかぎりは不可能。

 事前に銃口の角度から回避を試みようにも、カメラでは映せないような遠方――レーダーの範囲外からの攻撃では事前に察知することすらできない。

 これは相当なプレッシャーになる。


 そんな距離なのに、アニマの攻撃は相手の機体を撃ち抜いている。

 何故か。それは単純なことだ。

 1つ、アニマ自身はカメラの最大望遠で対象を見ている事。

 2つ、アロンダイトの各種センサーは量産機程度では比較にならないほど高性能である事。

 3つ――これは2つ目の理由にも関係するが、その高性能センサーによってアロンダイト側からは飛び降りたバッシャーマ達の位置が手に取るようにわかるからである。


『これ、うっかりするとかも』


 もっと派手に暴れたほうがいいのはわかるが、これ以上遠方で一方的な攻撃を行っていると相手を倒し切ってしまう。

 それでは意味がないのだ。

 アニマに与えられた役割は、アケオロス基地から飛び立ったフレスベルク級攻撃空母を要塞都市ニクスに到達させない事と、相手の戦力を削る事。

 そう、削ることである。削るだけであり、全滅させてしまってはいけない。

 そうしないと、


『ボクは楽な仕事だけど、マコさんは大丈夫かなあ。あの人、操舵以外だとなんだかんだで雑なところあるからなあ』



 アロンダイト――アニマが単独で作戦を行っている一方、マコを含めた数人が相手の侵攻ルートとは別方向から1機のウッゾ・ムゾと4機のノックルーマにキャンピングトレーラーを取り付け、アケオロス基地へ向かっていた。

 ちゃんと偽装も施し、一見すれば避難民を乗せた車のようにも見えるようにはしている。


「しかし、驚きましたよ。あのソリッドトルーパー、無人でも動くなんて」


 そういえば、といつぞやの宇宙海賊と戦った時のアロンダイトは無人であった、とマコは思い出すが、あの時はキャリバーン号からの遠隔操作であった。

 実際、無人機の技術は開発されてはいるが、まだまだ問題も多く実現化には程遠い。

 だからこそ、マコの指示に従って動くアロンダイトという機体は、かなり希少な存在である。

 当然、実際には有人機でもなければ無人機などでもないのだが。


「正直、アタシはソリッドトルーパーの操縦は不得手でして。ああいう機体でないとマトモに戦えないんです」

「艦船……となると、操舵手を担当していたんですか?」

「まあ。それに、いざという時は乗り込んで荒事も少々」


 プラズママグナムのエネルギーを確認し、サブウェポンとしてのハンドガンも確認する。

 キャンピングトレーラーの中は武器と白兵戦用の人員が数名。それが4台分。

 かき集めてもこれだけ。人員に関しては万が一のことも考えてあまり多くを投入できなかった。

 基地を攻め落とすというのならば、かなり少ない戦力。

 普通に考えればこの戦力で基地を制圧するのはまず不可能だろう。

 だが、それを可能とするための両面作戦。


 相手の侵攻にあわせてアロンダイトという最大戦力をぶつけ、相手の戦力を削ぐ。かつわざと時間をかけて時間をかけて相手を消耗させ増援を呼ばせることができれば重畳ちょうじょう

 もう一方の、このノックルーマ4機による奇襲は、先のニクス攻撃で部隊に壊滅的なダメージを負った基地が、さらに部隊を展開して戦力を減らしたタイミングで攻撃することで、抵抗される可能性を抑えつつ、基地を制圧してしまおうという作戦である。


 立案者であるマコ自身、これが上手くいく作戦かどうかなどわかったものではないと思っているが、こっちはアニマよりは安全だろうとも思っている。


 何せ相手はアロンダイトという絶対的な脅威に関しては注意を払う。

 革命軍の所有する機体――様々な機体のパーツを組み合わせたジャンク同様の機体が携行する武装では、正規軍の運用するバッシャーマの装甲に傷をつけることができない。

 もしそんな相手が目の前に現れれば――嫌でも意識するしかない。


「各機、手順の確認をします」


 各機とノックルーマが牽引するキャンピングトレーラーと通信を繋ぐ。


「すでに基地のレーダー範囲。いつこちらに気付いて攻撃してくるかはわからないけれど、今のルートならばまだ避難しようとしているようにも見える、はず」


 その証拠に、まだ攻撃されていない。

 あるいは、もう一方のほうの対応でそれどころではないか、だ。


「ここからはただ単純。まずは2か所ある格納庫を二手にわかれて襲撃・制圧。残っている機体を奪う。もし機体が存在しないか、制圧が困難と判断した場合は即座に司令室の制圧に移行!」

「もし、司令室の制圧が不可能だった場合は……?」

最終手段プラズママグナムでぶち抜く。以上!!」

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