第88話 立案

 アロンダイトのコクピットから出たマコは、レーツェル達にミスター・ノウレッジから得た情報を共有した。

 その上で、自分達のやろうとしていることも伝える。


「つまり、君が囮になって相手の気を引いている間に、我々の部隊がアケオロス基地を襲撃。これを制圧する、と?」

「不可能ではないはずです。とはいえ、戦力を割くのは現状危険。かつ、ソリッドトルーパーではレーダーにキャッチされる可能性が高い。つまり、それよりも小さいもので行く必要があります」

「まさか、生身の部隊で制圧しろ、などとは言うまいな?」

「そのまさかですよ」


 マコの言葉に、当然ざわつく。


「ソリッドトルーパーより小型のものならば何とでもなります。それに、この拠点にもあるでしょう。そういうことができる機体が」

「……! エニグマ、ノックルーマは何機残っている!?」

「た、確か4機ほど。ですが……!」


 車両に変形することができるソリッドトルーパー、ノックルーマ。

 確かにそれがあれば奇襲くらいならばできるだろう。

 しかし、だ。ノックルーマ最大の弱点はその武装の脆弱さ。車両に変形するという機能に特化したが故の構造的な脆弱さを持つ――端的に言えば弱い機体だ。

 まともに他のソリッドトルーパーと戦うことになれば、まず勝てない。

 そんな機体で基地を襲撃したところで、残っている機体が出てくればその時点でアウト。

 襲撃の知らせを聞いて出撃した部隊が戻ってきてもアウトだ。


「避難民を装い基地の近くまで接近。その後はノックルーマによる攻撃と、アロンダイトの長距離狙撃で徹底的にかき乱して、こいつでトドメですよ」


 そう言って、マコは愛銃を見せる。


「それはッ!? ま、待ってくれ。そんなものをなんでここで……」

「知っているのか、ミステリオ」


 ミステリオと呼ばれた男は明らかに狼狽している。

 マコの持つそれ――プラズママグナムの事を見て、表情を変えている。


「プラズママグナム……ッ。この宇宙広しといえ、そんな武器を使う人間は限られる。特に、女ともなればなおの事だ」

「……」


 これは、やってしまったかもしれない、とマコが視線を逸らすが、すでに遅い。


「マコ・ギルマンと言ったな。お前は、宇宙海賊『燃える灰』の構成員だな?」

「『燃える灰』?! あの、『燃える灰』か!」

「あーあ。これ後で怒られるヤツじゃん……」


 惑星アルヴの問題に『燃える灰』が介入した、という事実はできるだけ隠したかった。

 何せ、『燃える灰』の行動は今までの積み重ねもあり、正義であると世間的には捉えられる。

 それを利用したのが、惑星ラウンドからキャリバーン号を奪取した一件であり、軍拡と侵攻を企む惑星ラウンドの動向に大衆の目を向けさせることで抑止力とした。

 無論、たかが宇宙海賊1つの存在程度では大勢には影響を及ぼさない。

 せいぜい多数ある局面のひとつがちょっと変わる程度だ。

 ラウンドの件も、時間が過ぎれば大衆の関心は薄れ、結局は軍拡は進み、他の惑星への侵攻準備だって着実に進んでいるだろう。


 が、惑星アルヴに関しては少し事情が異なる。

 何せ状況が状況だ。大衆の意識に影響がある因子が加わるだけで、プラスにもマイナスにも変化する。

 世間から見た『燃える灰』の印象は、先述の通りである。

 正規軍と革命軍。現時点においては革命軍というのは、ただの反逆者とされているが――ここに『燃える灰』が加わったとなれば、世論は大きく動いてしまう。

 それでは、マコがこの惑星ほしに来た根本の目的とは変わってしまう。

 あくまでも情報収集。何故惑星アルヴの第3王女がアムダリアコロニー群に運ばれていたのか、彼女たちに使われた薬品の出所は。そういったことを調べる為にここまで来た。

 革命軍に助力するのは、あくまでもマコ個人としてであり、『燃える灰』のマコ・ギルマンとしてではない。


「まあ、改めて名乗るのもアレなんですが、アタシは確かに『燃える灰』の構成員ですよ。でもそれとは別に、知りたいことがあるから協力しているだけです」


 個人として、という部分をあえて強調するように告げた。

 その意味を、レーツェルは理解してくれたようで、頷く。


「この件、他言無用だ。いいな?」

「しかし、レーツェル」

「ミステリオ。確かに君が考える通りプロパガンタとして『燃える灰』の名前は有用だ。が、もしそれを行ったことで彼女の信用を失った時、今目の前にあるその銃が我々に向けられないと、君は保証できるか?」

「加えて言うなら――我々には『燃える灰』を裏切った、などと言われるでしょうね」


 と、エニグマと呼ばれた男も加わり、何か言いたげなミステリオを制する。

 ミステリオのほうはまだ何か言いたげであったが、レーツェルとエニグマだけでなく他の面々の視線もあり、それを飲み込んだ。


「ま、作戦立案なんてアタシは専門外だから、これを実行するなら1つだけ守る約束事だけを決めておきたいんですけど?」

「ああ。何だね」

「それはもちろん。ヤバいと思ったら逃げる、ですよ」



 アケオロス基地に衝撃が走った。

 それは大多数が未帰還となったニクス攻撃部隊の生き残りから得られた情報。

 謎のソリッドトルーパーの介入によって形勢逆転され、そのまま大多数の機体が撃破されてしまい、かつその時の母艦である攻撃空母も撃墜された。

 とてもではないが、たった1機のソリッドトルーパーの登場で戦況がひっくり返るなんてことは信じられなかった。

 が、その報告をした兵の様子から、嘘だと言い切ることはできず、戦力を派遣してその正体を探ることにしたのである。

 そしてその決定の後、すぐさま部隊編成が行われ、ニクス攻撃が行われた時点からはずいぶんと時間がかかり、日を跨ぐことになってしまった。


「とはいえ、俺達は完全に貧乏くじだよな」

「おいおい。なんだよいきなりネガティブ発言とか。お前らしくもない」


 閑話休題。

 要塞都市ニクスへ向け、アケオロス基地を飛び立ったフレスベルク級攻撃空母の機体格納庫では、いつでも出撃できるよう、バッシャーマのコクピットで待機するパイロットたちは、今から向かう革命軍――尤も彼等にとっては反乱軍と称するほうがより正確であろう、敵地には、先に出撃した便の部隊が全滅させられている。

 そんな場所に時間をおかず出撃となれば、気も滅入る。


「でもたかが1機の機体でしょ。そんなのが防御に優れるバッシャーマを倒すって、どんなトンデモ機体なのよ」


 今回の部隊での紅一点が、まだ見ぬ敵についてそう語る。

 それほどまでに、彼等、彼女等はバッシャーマの防御性能を熟知し、それを突破するのが容易ではないことを知っている。

 無論、無敵の機体ではない。大質量で殴られれば装甲は砕けるし、ビームを1か所に照射され続けても装甲は融解する。

 だが、ソリッドトルーパーの通常使用するマシンガンやアサルトライフルと言った射撃武器に対しては高い対弾性によって防ぎ切り、ビームライフルに関しても装甲に施された対ビームコーティングによって大抵のものを無効化してしまう。

 ソリッドトルーパー同士の射撃戦において圧倒的なアドバンテージを持つ機体。それこそが、惑星国家アルヴの主力機、バッシャーマである。

 故に、それが容易に撃破できる機体など、そうそう居ないと彼等は言い切る。


「ま、どうせあの街はもうおしまいだろうさ。短期間で2度の攻撃。今まで渋っていたのが嘘みたいだな」

「確かに、一気に制圧してしまえば楽だったのに

「上の考えていることはわからな――」


 会話が途切れた。いや、途切れさせられた。

 激しい衝撃と共に、爆発音が聞こえ格納庫が激しく揺れる。


「ブリッジ、何が起きた!?」

『こ、攻撃が! 正面の方向から攻げ――』


 ぶつん、と乱暴な音を立てて通信が途切れる。

 ブリッジが破壊されたのだ。

 これは拙いことになった、と各機が降下の準備を始める。

 その間にも高度は下がりはじめ、今にでも跳び出さなくては危険な状況であるというのは誰の目にも明らかであった。


「ハッチはどうする!?」

「ぶっ壊せ!!」


 バズーカを構え、強引にハッチを破壊して外へと飛び出すバッシャーマ達。

 空中に躍り出るなり、自分達が乗っていた機体の左翼のエンジンが消し飛んで、その爆発によって翼が折れる様を目撃することになり、ブリッジも綺麗にえぐりとられ、それがもはや鉄の棺桶と化していたのを知る事になる。


「何がおこっ――」


 閃光が走る。瞬間、1機のバッシャーマの胸部がごっそりとえぐり取られた。

 パイロットもろとも蒸発している。


「今の光はッ!? どこからだ!?」

「そんな。こちらのセンサー圏外からの長距離射撃? しかもそんな距離なのにバッシャーマの装甲が……!?」


 信じられない光景に、パイロットたちは戦慄する。

 ――生きて地上に降りられるのだろうか、と。

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