第207話 残る決着は

 回避。回避。ひたすらに回避。

 魔法による攻撃は、物理的な衝撃を持つ為、通常装備でも防御できる。

 炎は耐熱装甲で。岩塊や氷塊は単純に装甲厚による防御で。

 ひたすらにリオンはコクピット中に展開された鍵盤に指を走らせる。

 OSを搭載しておらず、操作も独特なヴィヴィアンはリオン以外の誰にも使うことができない。

 だが、それゆえの弱点もある。

 例えば、今のように思考が固定されてしまうと、それ以外の行動がとれなくなるということだ。

 それはリオンの精神的な幼さからくるものである。

 しかしだ。今の彼女には思考的な余裕が少しある。

 だから考える。が考える。


「……こたえて、しすたーず。わたしは、どうすればいいの」


 迷っている暇はない。

 少しの迷いが行動の遅延を招き、そして被弾すればが飛んでくる。

 アレに当たるのはまずい。それだけはわかる。

 科学技術に基づく物理法則での攻撃実弾やビームではなく、ましてや物理現象を発生させる超常現象魔法でもない。

 魔弾ブリットと呼んでいたそれは、リオンには理解できない。

 だから助けを求めた。に。

 だが、返答はない。

 正確には、意味のある返答がない。

 71人全員が同じ回答をする。


 ――理解不能、と。



 魔法を連射しながらヴィヴィアンとの距離を詰めるモルガナ。

 ただ、シルルの操縦は荒くなっており、それを補うようにメグがサポートに入っている。

 今のヴィヴィアンが相手ならば、シルルが本気で操縦していなくても十分である、という判断をしてのことでもあるが、メグとしては予想以上の負担である。


「シルルちゃん! どこまで追いかければいいのさこれ!」

「……」


 メグの言葉にシルルの返答はない。その理由をメグは知る由もなく、ひたすらに機体を動かし、距離を詰める。

 シルルが返答しない理由は、単純に言うと余裕がないから、である。

 無論、今の状況はシルル達の駆るモルガナのほうが有利。その点においては余裕がない、という事はない。

 余裕がないのは、思考。

 魔法の行使。状況の判断。特大の術式構築。そして機体の操縦。

 惑星エアリアにおいて時折生まれる特異な演算能力――これを並列思考と呼ぶが、シルルもそれを体得していた。

 いや、より正確にいうと――その真似事をしている。

 複数の事象を同時に処理しようとしていて、脳に負荷がかかっているのである。

 当然、言葉など発することはできない。


「ッ!」


 右腕を突き出し、魔弾バレットを放つ。

 あと5発。

 だがそれを放った効果はあった。

 ヴィヴィアンが回避行動のために身を捻りながら急加速する。

 その回避方向へ、杖の先から電撃を放つ。これは魔法ではない。メグの能力を機動兵器にも通用するレベルに増幅して放っているものだ。

 当然ながら、その速度はちょっとやそっとでは回避できない。

 直撃を受けたヴィヴィアンは動きを止め墜落し始める。


「追撃は!?」

「するさ」


 ようやく発した言葉とともに、残りの魔弾バレットがすべて発射された。

 なんとか身を捻ってその攻撃を避けるヴィヴィアンであるが、電撃の直撃を受けた事で機能不全を起こしているのか、姿勢制御がままらない。

 だからこそ、狙える。


「ディバインジャッジメント」


 そう、シルルが呟く。

 瞬間。魔弾バレット同様の淡い光がヴィヴィアンの周辺に出現。包囲するなりそれらがヴィヴィアンの全身を貫き、そのまま地面に縫い付ける。

 すべてのコンテナユニットを光で貫かれ、頭部を失い、脚まで動かすことができずただ空を見上げるような恰好で動きを封じられているヴィヴィアン。

 その真上に、ひときわ大きな光の塊が出現し、まばゆい光と共に降り注いだ。

 まさにそれは、空から降りる神の槍。あるいは、光の柱。

 神の裁き、とシルルが言うだけあり、それを見るだけで人間の本能が危険を叫ぶ。この光は、触れてはならないものである、と悲鳴を上げる。


「なっ……」


 光の柱が消えた後、そこには――ヴィヴィアンのコクピットブロックしか残っていなかった。


「手加減はしたさ」


 そう言って、シルルは肺に溜まっていた息を一気に吐き出した。



 各地で次々と決着がつく中、決着がついたはずの戦場に動きがあった。


「……避けられた?」


 アストレアがビームランチャーで造った光の剣。その一撃は、大地となった瓦礫を融解させ、地面に焼け焦げたまっすぐな跡をつけ、間違いなくタイラント・ルキウスを切り裂いた。

 それは間違いない。だが、急所には当たらなかった。

 寸前に姿勢を変えたのか、左腕のみを切断するに留まってしまったのである。


「まずい……」


 パワーブースターを使用しての攻撃は、絶大な攻撃力を誇る反面決定的な弱点がある。

 それは、短期間に連続使用すれば武器の冷却が追い付かない為、しばらく使用した武器を使った攻撃が行えないことである。

 今がまさにその状況であり、アストレアの全ビーム兵装は使用不能。

 かろうじてアルゴスビームの冷却がもうすぐ終わるところであるが、相手を破壊するための攻撃力を確保するためのパワーブースターもエネルギーチャージが行われていないため使用不能。

 とはいえ、相手も無傷ではない。

 損傷が激しく、ようやく立っているといった風である。

 が、もう今にも倒れてしまいそうな巨体は急に走り出し、その質量そのものをアストレアにぶつけようとして来る。


「ッ!?」


 後退しながら上昇しようとするベル。

 だが、そうはさせまいと残った推進器すべてを使ってタイラント・ルキウスが飛び上がる。


「うおおおおおおお!!」

「ひっ……」


 鬼気迫るものを感じ、ベルは思わず声を出す。

 それは、長らく感じたことのない感覚。人間に対する純粋な恐怖である。

 戦場のものとも、殺し合いのものとも異なる、異質な恐怖。人間が生き足掻くために必要な力を、命を捨てる事に傾ける狂気ともいえるものに対する恐怖である。

 が、それを抑え込み、ベルは引鉄を引く。


「ぬぁあっ!?」


 放たれたアルゴスビームがタイラント・ルキウスの全身を切り刻んでいく。

 が、閃光がコクピットを貫かんとした瞬間。そのハッチが開き、中からアズラエルが飛び出してアストレアにしがみつく。


「取り付かれた!?」

「聞こえるか、ベル・ムース! これが俺の覚悟ッ。我が忠誠ッ!」


 コクピットハッチを貫く男の拳。

 あり得ない。ソリッドトルーパーの装甲を貫通する拳など、とは言えない。

 あの男の身体は機械である。それくらいのことはできてもおかしくはない、とベルは覚悟を決めて、腰に携えたものに手を伸ばす。


「お前は、我が主のために死――」


 アストレアのコクピットハッチを引き裂き、中に入り込もうとしたアズラエルの言葉が途切れる。

 ――それは、なんだ。

 その言葉が彼の頭を支配し、ただ驚愕に目を見開く。

 自分の知るベル・ムースは、そんな武器を使わない。

 もっと軽い武器を使っていたはずだ。

 なのに。その大口径の銃はなんだ、と。


「お前が、死ね」


 両手でしっかりと握られた銃の引鉄を引くベル。瞬間。大きく腕が跳ね上がった。

 本来はそんな反動の銃を使えば、まともに狙いが付くわけがない。

 付くわけがないのだが――コクピットハッチの装甲という超至近距離での使用だ。外すわけがない。

 放たれた弾丸は、アズラエルの眉間の命中し、その頭を吹き飛ばす。

 頭部を失ったアズラエル――だったものは力を失い、アストレアから自然と離れ、そのまま落下してく。今の高度から叩き落されれば、いくらサイボーグといえど全身バラバラになるのは避けられないだろう。

 無論、頭部を失った時点ですでに絶命はしているだろうが。

 同時に、それだけの威力を発揮する銃を使ったベルもあまりの反動に肩を傷め、手からは握力が失われて借りものの銃ハウリングをコクピットの中に落とす。


「……はは。愛してますよ、アッシュさん」


 そう口にして、アストレアはエクスキャリバーンのほうへと飛んでいく。

 この時点で、決着がついていないのは2か所。そうのうちの1か所が、エクスキャリバーン周辺である。

 もう1か所。こちらは、誰にも介入できない異次元の戦闘ともいえる状態になっていた。

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