第231話 アリアがいない
ベルが目を覚ますと、そこは自分が良く知る天井があった。
直前まで戦場にいたはずだ、と混乱しながら上体を起こそうとするが、オートマトンが現れそれを阻害する。
言葉を発しないことから、それに入っているのがアニマではないと理解しつつ、再びベッドに横になる。
「……ああ、そうか」
ここ――キャリバーン号の医務室のベッドで目覚める前の記憶を思い出し、納得する。
自分めがけて突っ込んできた直角貝型群体を避け損なって、アストレアの上半身はボロボロに。コクピットハッチまで破損し、その時の衝撃で頭を打って気を失った。
状況は悪い。ベルが抜けた事で、戦力が落ちたのは間違いなく、加えて直前にネメシスが戦闘不能になっているし、目前でナイア機も大破した。
直前に確認した被害状況からして、おそらく2隻のローエングリンももう駄目だろう。
「……」
自分がどれだけの間気を失っていたのか。
医務室の状態からして、キャリバーン号そのものは無事なようだが……やはり戦況が気になる。
「アニマさんと通信はできますか?」
そうオートマトンに尋ねると、作業用アームを動かして肯定のポーズをとる。
しばらくするとザザザ、という音が流れ、チューニングの後音が綺麗に聞こえるようになる。
『ベルさん! 目が覚めたんですね!』
「なんとか。状況は?」
『ローエングリン2隻損失。今戦っているのはノヴァブラスター使用に必要なパーツを全て装備したハイペリオンと、タンホイザーを装備したこのキャリバーンだけです』
思ったより状況が悪い。おちおち寝ている事もできないな、ともう一度起き上がる。
今度は妨害してきたオートマトンを抱えて退かす。
が、実際に立ってみると足元がおぼつかない。
「これは……」
『頭を打ったんです。無理はしないでください』
「……」
流石に自分でも理解できる。こんな状態でソリッドトルーパーに乗って戦場に出るなど不可能だ。
諦めてベッドに腰を下ろす。
と、ふと違和感に気付く。自分の寝かされていたベッドの隣に寝かされているはずの人物がいない。
「アニマさん。緊急事態です」
『どうしたんですか?』
「アリアさんの姿が見えません」
『えっ!? すぐに艦内をチェックします!!』
眠り続けているはずのアリアがいない。
何もしないのであればそれでいいが、最後に起きていた彼女の状態からして何をしでかすか想像がつかない。
ただ艦内をふらついているだけならまだしも、機体を奪って外に飛び出すなんてことも可能性としては――限りなくゼロに等しいが、ないわけではない。
「流石に、寝てられないか」
オートマトンが制止するが、そんなことを言っている場合でもない、とベルはふらつく足にどうにか力を入れて歩き出す。
幸い、艦の重力制御と慣性制御は無事なようで、外では激しい戦闘が繰り広げられているはずであるが平時のように歩くことができる。
「よし……ッ!?」
気合を入れ、医務室を出ようと扉を開けた途端。少女とぶつかりそうになる。
それは、シスターズの1人であった。
「えっと……?」
「9番目のわたし達は怪我をしたので」
「大丈夫ですか?」
変わった一人称だ、とベルは感じたが、彼女たちシスターズにとってはこれが当たり前。
彼女たちは皆全く同じ遺伝子を元に作られた存在であり、全員の意識は繋がっていて、自分を識別するのにシスターズとして製造された番号で各個体を表現する。
9番目のわたし達、ということはそのままシスターズの中で9番目に製造された、という事である。
「かすり傷。ただ10番目と13番目がうるさかったから医務室へ来た」
そういって、腕をベルに見せる。確かにかすり傷で、この程度ならば消毒の後絆創膏を貼るだけでよさそうだ。
「……そうだ。シスターズのみんなに聞きたいことがあるんですけど」
「何?」
「アリアさんがいなくなったんです。見かけませんでしたか?」
「!」
ほとんど無表情に近かった9番目のシスターズは明らかに動揺したように目を見開く。
「今、手が空いているシスターズ全員に連絡をした。全力で探す」
そういって張り切って走り出そうとする少女の肩を掴んで、ベルは医務室に引きずり込んだ。
「貴女は処置が先」
「……やむなし」
「救急箱から絆創膏と消毒液。後ガーゼ」
オートマトンに指示を出すと、それに従い救急箱を開け、指示されたものを持ってくる。
それを受け取り、ベルはささっと処置を済ませた。
消毒液を付けた瞬間のシスターズの顔はなんとも味があった。
「それじゃあ、わたし達も行きましょう」
「一緒に?」
「一緒に。でなきゃ他のシスターズが見つけてもわたしがわからないので」
「なるほど」
2人そろって医務室を出る。その後を、オートマトンもついてくる。
理由は勿論、他のオートマトンがアリアを見つけた時にベルに知らせるためである。
とはいえ、だ。
長期間眠り続けたアリアが歩いて移動できる場所など限られている。
おまけに、医務室周辺のエリアは人間が隠れられるスペースなどほぼなく、通路を歩ているのならばすぐに見つけることができるはずだ。
そう思いながら、しばらく歩いていると、オートマトンがピコンピコンと音を鳴らし、何かがあったのだとベルに伝える。
「どうしたんですか?」
そうオートマトンに尋ねると、ジジジ、という音の後、アニマの声が聞こえてきた。
『ベルさん。数分前の監視カメラの映像で、アリアさんを確認しました』
「どこにいたんですか?」
『それが……医務室を出た後、格納庫に突然出現して……』
思わず、耳を疑った。
そんなことがあるはずがない。だが、アニマの言い方からして、そうとしか感がられないのだ。
「思い違いかもしれませんけど、その言い方だと医務室から格納庫まで瞬間移動した、みたいに聞こえるんですけど?」
『その通りですよ。彼女は瞬間移動して……その後眩い光に包まれてキャリバーン号およびタンホイザーから完全に姿を消しました』
あり得ない。そんなことが人間にできるわけがない。
確かに、ワープドライブのように2つの地点を繋いで超短期間で移動することができる技術は存在する。
だがそれを、生身の人間ができるわけがない。
もしそれが可能だとするのならば――それこそ、始祖種族か何かの技術でもなければ不可能だ。
「……お姉ちゃんは、選ばれているから」
そう言うと、9番目のシスターズは、ベルの服を強く掴んだ。
その様子からして、彼女は何かを知っているのだ、と確信したベルは少女に視線を合わせる。
「すべて話してください。アリアさんは、どうしてそんなことができるんですか」
「わたし達は71番目のわたし達と記憶を共有している。けど、あちらから閲覧に制限がつけられた。それでもいいのならば」
「はい。お願いします」
「お姉ちゃん……アリアは、世界の真実の一端を知っている。貴女たちがインベーダーと呼ぶ存在――ヴァーゲの真実を」
「ヴァーゲ……? 何故その真実とやらを我々に隠すんですか? もしかすると、こんな戦い、必要ないかもしれないのに」
「それが、アリアの、その中に宿った始祖種族たちの総意だから」
「始祖種族の総意……? ちょっと待ってください。理解が追い付かない……」
少ない情報でありながらも、そのインパクトは絶大である。
アリアの常識では考えられない行動と、その行動原理の大本が始祖種族の意思である、という事だけでもベルはその情報を処理しきれないのに、9番目のシスターズは総意という言葉を使った。
それの意味する事とは――いや、それよりも重要なことがある。
『アリアさん――いえ、始祖種族たちはアリアさんの身体を使って何をしようとしているんですか?』
オートマトンを通じてアニマが尋ねる。
その質問に対して、9番目のシスターズは少し言い淀みながらも、その質問に答えた。
「なっ!?」
『そんな、そんなことって……』
そしてその言葉は、自分達の想定を根底から覆すような言葉であった。
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