第232話 乱入者

 ハイペリオン・ノヴァの胸部に装備されているノヴァブラスターは、本来ならば複数機に機能を分割し、そこにエクスキャリバーンの全ビーム砲で不足しているエネルギーを補給。膨大なエネルギーを蓄えた状態で初めて使用可能になる。

 だが、実際に必要なパーツは限られている。

 メインの制御装置とトリガーとしてのハイペリオン・ノヴァのコクピット周辺と、発射に必要な4つの砲身。

 外部からのエネルギー供給を受けるリフレクター兼エネルギー貯蔵装置としてのアストレア・フルドレスのフルドレスユニット。

 ノヴァブラスター使用時の従慮kすえいぎょを行うための増設重力制御機構グラビコンとしてのネメシスの両腕。

 そして、起動キーと各種演算を行うためのモルガナ・フルパッケージのバックパックユニット。

 これらが揃っていさえいれば、あとはエネルギー供給の問題さえ解決できればノヴァブラスターは使用可能である。

 現状において。エネルギー供給はエクスキャリバーンからは受けることができなくなった。より正確には、ローエングリン2隻を失ったことで足りなくなった、である。

 だが同時に。モルガナ・フルパッケージのバックパックユニットに装備されたエーテルコンバーターにより、際限なくエネルギーが供給されている状況である。

 この宙域には、それほどの霊素エーテルが存在している。だからこそ、そのような状態になっているのだろう、という事は推測できる。

 故に。

 ネメシスの両腕を装備し、フルドレスユニットとバックパックユニットを装備し、エーテルコンバーターから無限のエネルギーを供給されているハイペリオン・ノヴァは、ノヴァブラスター使用のためのすべての条件が揃っている状態である。


「全ビーム砲展開。ドッキングシーケンス短縮。それに伴う各種ロック強制解除。重力制御及び霊素構成開始。仮想バレル展開……」


 アストレアを介さずエネルギーをチャージできるし、ネメシスを介してモルガナからシルルが調整を行う必要もない。

 様々な工程をすっ飛ばし、ネメシスの腕の重力制御機構グラビコンを使い自身を守りつつ、同時にハイペリオンのもので仮想バレルを構築していく。

 同時に。ハイペリオンが両肩と両腰から展開したビーム砲の砲身の間で稲妻がほとばしる。


「事象演算開始。照準固定。射角誤差修正は……必要ないッ! アッシュ!」

「ああ。これで……終わらせるッ!!」


 すべてを終わらせる最後の一撃。そのつもりで、アッシュはトリガーを引く。

 以前使用した時と同様、まばゆい閃光がモニターがホワイトアウトする。

 勿論、そう見えているだけ。視覚情報として、放ったそれを認識しようとすればそう見える、というだけであるが――それは見事に女王群体を撃ち抜いた。

 だが、相手の質量が大きいせいか、それ1発だけでは完全に崩壊させているようには見えない。


「嘘だろ……!?」

「……そうか! 奴等は単細胞生物の群体だ。だから、物質情報を改竄かいざんしたところで、被弾箇所周辺以外は効果の伝播が遅いのか!」


 被弾した胸部とでもいうべき場所周辺は確かに消滅している。

 だがそれでも、まだ形が残っている。

 とはいえ、全く効果がないわけでもなく、命中箇所から物質の崩壊という概念そのものが浸蝕していき、女王群体の崩壊が始まっている。

 このまま待っていれば……などという淡い期待は抱いていない。


「まだ、来るな」


 身体の大部分を失いながらも、女王群体は無事な部分を切り離し再度合体。

 その形を大きく変化させ、今のハイペリオンのような姿と大きさに変化した。


「おいおい……」

「マジか。流石に私もこればかりは想定外だ」


 キャリバーンのほうを見る。周辺には群体が群がっており、それらをシールドとレーザー機銃やミサイルでなんとかしのいでいる。

 こんな状況では援護など期待はできないし、頼むこともできない。

 むしろよくあれだけの武装で持ち堪えているものだ。


『アッシュ、緊急事態だ』

「こっちも緊急事態だ。手短に頼むよ、マコ」

『じゃあ単刀直入で。アリアが居なくなった』

「はあっ!?」

「いや、待て……アレはなんだ」


 シルルが空間の異常に気付き、その情報を即座に集め始める。

 だが、その観測結果は――不可思議なものであった。

 質量は人間大。だが、それが抱える総エネルギー量は恒星規模。

 そんなことはありえない。

 そんな物質があってたまるか。


『それが、アリアおねえちゃん』

「リオン!? どういうことだ。説明しろ!」

『アレは始祖種族が生み出した、対ヴァーゲ用決戦兵装だ』

「ナイア! 無事だったかのか」

「いや、アッシュ。そうじゃない。もう彼女は……」

『ああ。気にすんな。下半身がなくなっただけだ。どうせ生き返れる。が、時間がねえから手短に言うぜ。お前等が言うインベーダーの本当の名前がヴァーゲ。それに対抗すべく生み出されたのがあの装備。恒星規模のエネルギーを抱えた決戦兵装。それをアリアはその身に宿した』

「それってつまり……」


 空間の歪みが正常な値になると同時に、人間大で恒星規模のエネルギーを発するそれは、はっきりとした姿をアッシュ達の前に現した。

 幾重にも薄い装甲が重なり合って形作られた鎧。だが、鎧というには生物的過ぎる。

 どちらかといえば、人型の甲殻類、と言った方が近いかもしれない。

 その人型の甲殻類が女王群体のほうを向き、その両腕から光の剣を発生させ女王群体を切り裂いた。

 一瞬の出来事。あまりにもあっけなすぎる幕切れに、アッシュ達は言葉をなくす。


『はっ! 流石は始祖種族サマサマだ……ぜ……』

「……ナイアの生体反応が消えたよ」

「いや、そんなことよりも、今は目の前の問題をどうするか、だ」


 人型の甲殻類。それがこちらを向く。

 一撃で女王群体を消し飛ばしたあの光の剣を受ければ、間違いなくハイペリオンなど蒸発してしまうだろう。


『あれは、いくしーず。そうおねえちゃんはいっていた』

「イクシーズ……」


 そのイクシーズの中にアリアがいる。だが、イクシーズからは彼女の意思というものを感じない。

 だが一方で、確かに意思の様なものは感じる。

 ――尤も。アッシュにとってそれはひどくノイズの混じった気持ちの悪い感じのものであった。

 まるで1つのコップに決して交わらない液体を複数種同時に注いで無理やり押し込めたような、としか表現のしようがない混沌とした感覚。


「アリア、なのか……」


 その問いかけに、人型甲殻類――もといイクシーズは首を振る事もなく、背を向けつつ、片手を払う。

 その手から放たれた閃光は、女王群体が消滅した事により機能不全を起こしていたキャリバーン号周辺の群体をまとめて蹴散らし、その進路を開く。

 それを含め、イクシーズはまるでついてこい、と言っているようだった。


『どうする、アッシュ』

「行くしかないだろ……」


 いまだ数が減っていない群体たちは、その場から動くことなく、まるで死体のように宇宙を漂い始める。

 さっきまでの地獄の様な攻勢もなく、障害物となる群体が目障りなことを除けば、誰もが良く知る静寂で満ちた宇宙が広がっている。

 しばらくして。イクシーズの動きが止まる。

 その視線の先には――色とりどりのサンゴの群生地のようになった小惑星帯が存在していた。


「なんだこれは……」

「あれすべてがインベーダー……いや、ヴァーゲだよ。アッシュ」

「なっ!?」


 それを聞くなり、アッシュはトリガーに手をかけ、重力制御機構グラビコンを操作し、超重力場の槍を生成。それを即座に投射した。

 が、その槍の前にイクシーズが立ちはだかり、両手を前に突き出して展開した力場で槍を受け止めて消滅させた。


「何故だアリア!!」


 そう叫ぶアッシュであるが、アリアであるはずのそれは沈黙していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る