第233話 覆る前提

 突然、立ちはだかってきたイクシーズ。

 重力場による攻撃すら防ぎきる圧倒的な力を見せつけてくるそれは、両手を突き出したまま微動だにしない。

 アッシュは、ヘルメットのバイザーを上げ、自分の顔を殴りつけて痛みにより思考を切り替える。

 状況を整理し、目の前にいるイクシーズ――アリアを敵として残敵的にではあるが認識する。

 とすれば、その敵にどうやれば勝てるか、という話になるが……勿論それは不可能だ。

 単純に出力が違いすぎるし、仮にイクシーズのエネルギー量が今のハイペリオン・ノヴァと同等であったとしても、小さいあちら側のほうが余剰エネルギーが多く、それはつまりその分だけ攻撃に回せるエネルギーが多いという事になる。

 スピードの面でも、同様。そも、サイズが小さすぎて攻撃が当たるような気がしないし、当たったところで恒星規模のエネルギーを持っている相手に通じるかどうか、と言えば間違いなくノーだろう。

 それに、だ。


「シルル、もう1発ノヴァブラスター、いけるか?」

「それ、今のパラーメーター見てから言ってるならぶっ飛ばすよ」

「……それもそうだ」


 本来の仕様とは異なる方法でノヴァブラスターを発射したせいか、機体のあちこちでエラーが出ている。

 さっき重力制御機構グラビコンで重力場の槍を作ったのがトドメとなり、ハイペリオンはエネルギー供給に異常をきたし、ノヴァブラスターは勿論、重力場推進は可能であるが、攻撃のための超重力場生成は不可。4門のビーム砲すら使用不可となり、完全に戦闘継続能力を喪失していた。


「さて、どうするか……」


 しばらくにらみ合いのような状態が続くが、イクシーズのほうが腕を降ろした。

 どうも、こちら側に戦う力がないと見抜いたようで、それでいて警戒は解かずまっすぐハイペリオンとキャリバーン号を見つめている。


「様子見するしかないだろう。こちらはまともにやり合える状態じゃないし、そもまともにやり合って勝てるような相手でもないのはわかるだろう」

「ああ」


 状況を静観するしかない。

 インベーダー――ヴァーゲの反応がある以上、それを駆逐するのがアッシュ達の今やるべきことであるはずだ。

 だが、それをイクシーズによって阻まれている。

 その理由がわからない。

 ここでヴァーゲを守るのならば、女王群体を倒す必要はなかったはずだ。

 現在のハイペリオンの状態からして、あの時小型化した女王群体とまともに戦闘していれば、倒されていたのはハイペリオンのほうだっただろう。だから、最初からヴァーゲに味方するつもりはなかった、と考えるのが自然だ。

 だからこそ、今こうしてヴァーゲを守るために立ちはだかった理由がわからない。



「シルル、最低限の戦闘はできるように調整できるか?」

「サブ動力回路に切り替えればなんとか。だが、出力は60パーセント。条件付きで80パーセントだ」

「それでもいい。やってくれ」


 イクシーズが何を考えているにしろ、何かが起きるのは間違いない。


『アッシュ。サンゴみたいな……ヴァーゲ? の様子はどうなってる』


 マコに尋ねられ、改めてサンゴのようなヴァーゲのほうを見る。

 変わった様子はない。

 形状としてはテーブルサンゴと呼ばれるものに近い。勿論、それ以外にも珊瑚と言えば、といった形状のものは一通り視界の内にはある。

 と、それらが一斉に輝きだし、何かを放出した。


「これは……? 見えるか、マコ」

『それはもうばっちりと。まるでサンゴの産卵だ』

『えっ、さんごってたまごをうむの?』

『アレでも生き物だからね。繁殖のために卵を産むのさ。そのあとは、まあ……水棲生物のよくある繁殖方法さ』

「ということは、だ。もしや……アレすべてがヴァーゲの卵だというのか!?」


 シルルは戦慄する。あれだけの卵が一斉に孵化した場合、どれだけのヴァーゲが誕生する事になるだろうか。

 いやそもそも。単細胞生物なのに産卵するとはどういうことか。


「……サンゴの生態を模倣しての細胞分裂か」


 早いうちに対処したいところだが――目と鼻の先にいるイクシーズが立ちはだかっている。

 まともにやり合っても勝てない相手が、そこにいる。


『――――』

「えっ……」


 突然。アッシュの頭の中に声が響いた。

 かすかな声。だが、それでいてよく知る声だった。


「アリア、なのか……?」

『アッシュも聞こえた?』

「マコもか。シルルは?」

「私もだよ。おそらく、この場にいる全員が、アレの声を聴いている」


 かすかに聞こえる声に集中し、その声を聞き取ろうと試みる。


『――――を殺してはいけない』

「何だって?」

『あのヴァーゲを殺してはいけない』

「ヴァーゲを殺すな、というのはどういう意味だ?」

『あれは、宇宙そのものの安全装置。宇宙そのもののデストルドーを取り込み、霊素へと変換する存在』

「デストルドーを取り込み、霊素……エーテル……ああっ! この宙域の霊素エーテル濃度の濃さはそれが理由か!」


 この宙域で霊素エーテルが生み出されている。それならば、異様なまでの霊素エーテル濃度にも納得がいく。

 そして、その言葉がすべて正しいとするならば、当初の大前提であるインベーダー=ヴァーゲが倒すべき存在である、というものがひっくり返る。

 それに、だ。ひっかかる言葉がある。宇宙そのもののデストルドーというものだ。


『デストルドーって、どういう意味?』

『大昔の精神科医が提唱した、死へ向かおうとする衝動のことですよ』


 通信に割り込んできた声に、それはもう、傍から見ても喜びが隠しきれていないことが判るほど、アッシュの表情が明るくなる。


「ベル! 目が覚めたのか」

『はい。心配させてしまったようで。それよりも、イクシーズとは戦う必要はありません』

「? どういうことだベル」

『9番目のシスターズの子が教えてくれたんです。イクシーズの目的は、宇宙を存続させるのに必要なヴァーゲを守りつつ、ヴァーゲを抑え込む事だって』

「つまりそれは……」

『最低でも次の1万2000周期まで、イクシーズはこの場でヴァーゲを守り、そして戦い続ける。それが始祖種族の目的で、アリアさんの願いでもあるんです』


 ベルから告げられたアリアの願い。ナイアに自身をエクスキャリバーンに乗せるように仕向け、そうなればヴァーゲの巣の中心で終わる事のない孤独な戦いを続ける事になると理解していて、イクシーズを纏っている。

 納得は、できない。

 なぜアリアなのか、と。何故アリアがそんな役目を引き受けなければならなかったのか、と。

 だが同時に、理解はできる。

 アッシュやマコが良く知るアリアならばそういうことをする。そういう自己犠牲的な行動ができてしまうのだ、と。

 だが、マコはアッシュよりも深く彼女の事を理解している。だからこそ、少し違った視線で彼女の行動を推測する。


『……多分。アリアは絶望したんだと思う』

「マコ?」

『アッシュは鈍いからさ。アッシュのためならどんな事でもできるってくらい、自分がアリアに愛されている事に気付いてなかったでしょ』

『アッシュさんが鈍いのはその通りですね』


 ベルが言葉で鋭く突き刺してくるが、実際あの瞬間までベルから向けられていた感情に気付いていなかったので、アッシュは全く反論できなかった。


『だから。どうやっても勝てない存在が人類を滅ぼしかねないと知った時、絶望したと思う。けど、戦う力を得たのならば。少しでも人類を存続させる可能性があったのだとしたら。当然、アリアはその選択肢を選ぶよ』

「……その結果、人類をまとめるための共通の敵ウロボロスネスト」

「そして、自身の肉体を捧げて稼働する始祖種族の生み出した超兵器イクシーズ、か」


 イクシーズの行動の意味。それが理解できた。

 だが。それにばかり気を取られ、アッシュ達は完全に油断していた。

 すべてが終わったのだ、と勘違いしていた。


『ッ!? アッシュ!』

「ちぃっ!?」


 センサーがを感知するなりけたたましいアラートがコクピットに鳴り響き、それがなり始めるよりも前にアッシュはスラスターを全開にして緊急回避を試みる。

 直後に。真横を何かが通り過ぎ、そのままイクシーズへと衝突。

 その体躯を、人間大のものが受け止め、弾き飛ばした。


「まだ動けるヤツがいたのか!」

「……違う! こいつは、女王群体の生き残りだ!」


 そこには、他の群体を取り込み、先ほど同様にハイペリオン・ノヴァを再現した女王群体の姿があった。

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