第84話 夜襲

 最初の酒場の後も、街中の酒場――より正確には、店収容人数があまり多くないバーや、個人経営の飲食店なども回ってマコとアニマは情報を集めていく。

 その都度、酔いが回る前に注文した酒が吸収される前に吐き出すマコの姿を近くで見る事になるアニマは、その光景が若干トラウマになりそうになっていた。

 しかも吐いたところでどうやってもアルコールは吸収されているし、少しずつではあるが酔いも回り出している。


「そろそろ喉焼けそう」

『無茶しないでください。というか、そもそもソフトドリンクを注文すればいいじゃないですか』

「いや、だってその街限定の酒とか飲みたいし」

『後で買えばいいじゃないですか……』

「ていうか、飲んだのに吐くってすごく勿体ない……」

『……』


 ――だったら最初から飲むなよ。


 と、あきれるアニマ。まあ、気持ちはわかる。

 というか、金を払ってまで飲んだものをほぼほぼ吐き出しているのだから、アニマとしても資金が勿体ない。

 何度も嘔吐を繰り返したマコの体力もそろそろ限界。時刻も日付が変わるくらいの時刻になっている。流石にこの時間にもなると宿を探すというのも一苦労。

 ビジネスホテルのようなものでもあればよいだろうが、ある意味ここは敵地。

 そんな場所で無防備を晒すというのは避けたい。

 よって、2人が選べるのはソードフィッシュへの帰還である。


『とにかく、急ぎますから背負いますよ』

「待った。アニマのその身体の速度で走られたら確実にろっぱーする」

『ろっぱー?』


 お構いなしにマコを肩に担ぎ、重心を落として中腰のような恰好になるなりその姿勢のまま地面を滑るように駆け始めた。

 実際、脚は一切動いていない。


「え、ちょ。何その機能」

『ローラーダッシュですけど。足の裏に仕込まれてました』

「これならあまり揺れないからそこまで……ッ!?」


 殺気。

 それも1つや2つではない。


「アニマ」

『解ってます。殺気というのはボクには解りかねますが、息を殺して気配を消そうとしても、この義体のセンサーは騙せません。速度、上げますよ』


 包囲網ができつつあるのを、アニマは察知していた。

 どうやらアッシュとシルルが用意したというこの人形。相当いろいろ手が加えられている。

 あるいは、元々バトルドールだったものに手を加えただけのものかもしれない。

 が、そんなことはどうでもいい。今はその多機能さに感謝しつつ、状況を打開するためにどう行動をするか、である。


『接近してきてます』

「とりあえず様子見だ。変に事を荒立てたくない」

『それはわかりますけど。でもボク、万が一の時は手加減できるような装備じゃないですよ?』

「ま、大体こういう時ってのは……襲われるもんだ!」


 そも。どうということのない相手が殺気など放っているわけがない。

 その殺気が、より強烈なものに変わる。

 即ち、本気で仕掛けてくるということだ。


『ッ!』


 制動をかけながら反転し、空いている左手から刃を吐出させ、振り下ろされた攻撃を受け止める。

 夜の空気に、ぶつかり合った金属の甲高い音は良く響く。

 耳に痛い音だが、攻撃を受け止めたことによって相手の武装を観察することができた。


「鉤爪!? んな武器真面目に使ってる奴初めてみた!」


 肩に担がれた状態のマコはその状態で銃を抜いて襲い掛かってきた相手の額めがけて発砲した。

 流石に街中で使用する可能性があったので、サイレンサーを付けているが、それでも消音しきれてはいない。

 しかも、至近距離であったのに普通に避けられた。


「今のを避けるのか!」

『このまま撒けますかね』

「いいや。難しいだろうね。ていうか、こんな奴等に艦までついて来られたくない!」

『同感です。とはいえ――』


 正直、アニマの武装ならば十分に対応可能であるし、マコのプラズママグナムもある。

 だが前者はどうしても騒音によって一般人の注意を引く事になるし、プラズママグナムに関しては街中で使えば大惨事を引き起こす。


「とりあえずこのままドラウから離れる!」

『賛成です!』


 後ろ向きに加速しながら街の出口を目指すアニマ。

 進行方向を確認せずとも、各種センサーが周辺情報をアニマに伝えてくれているからこそできる無茶である。


「アニマ、街の出口が近づいたら一度止まってミサイル発射」

『なるほど。目晦ましですね』

「勿体無いけどね!」


 速度を上げながら、追っての位置を確認するアニマ。

 流石に機械と生身では移動速度に差があり、どんどん離れていく。

 そして、出口が近づいたところで停止。マコを降ろし、膝を曲げてミサイルを露出させる。


『これ、使いにくいですよね』

「今後使うかどうかわからないけどな」

『耳を塞いでください』


 アニマに言われた通り、マコは両手で耳を塞ぐ。

 それを確認すると、膝からミサイルが発射され、放物線を描いて地面に落ち、深夜の街に爆音を響かせる。


「今だ撤退ッ!」


 再度マコを抱え、全速力でソードフィッシュへと向かう。

 その間、アニマはずっと後方から接近してくる相手を警戒していたが――追ってくることはなかった。



 ソードフィッシュに戻るなり、アニマは格納庫に戻り、いつもの身体アロンダイトに戻る。

 抜け殻になった人形のほうは、オートマトンたちに運ばれ、メンテナンスへと回される。


『まずは情報を精査しますか?』

「いや、待って。マジで」


 マコは自室のトイレにしがみつき、嘔気と戦っていた。

 酔いが残った状態で激しく揺さぶられたのだ。当然の帰結である。


「……波は越えた。とりあえず集まった情報をまとめて」

『まず、ドラウの街の地下には国営の何等かの研究施設が存在する。これは街の住民なら誰でも知っている公然の秘密』

「この研究施設がどんなものかまでは流石に知らない、と」


 だがそれがある事で街は革命軍から守られ、戦火からは遠ざけられている。

 仮に襲撃を受けたとしても、駐屯している正規軍が即座に対応できるようになっている。

 ただ奇妙なことに、マコ達は1日かけて街中を巡ったが駐屯部隊が待機しているような場所は見当たらなかった。


「ドラウの目と鼻の先にあった森林を焼き払った理由は、革命軍の生産拠点が隠されていたから、という噂については?」

『十分に可能性があるかと。ただ痕跡も何もかも焼き尽くされていて……』

「だよねえ。それに、あのジッパーヒット。アレ、絶対上空で待機してる母艦か何かがいたよ」

『もしかして、監視用、ですか?』

「でなきゃ強襲用ブースターなんて装備しないって。ソードフィッシュじゃなきゃ振り切れてなかっただろうし」


 焼けた森の上空で遭遇した強襲用ブースターを装備したジッパーヒット。

 あれがあの場所を監視している者たちの差し向けたものだと考えれば、彼等にとって不都合なものがあの場所にはあるのかもしれない。


『つつきますか?』

「うーん。とりあず保留で。相手の規模が判らない。キャリバーンならともかく、ソードフィッシュだと戦う相手は慎重に選びたい」

『確かに、現状戦力になりそうなのはアロンダイトくらいですし』

「んじゃあ、次は――」

『やはり、あの襲撃者、ですか』


 なぜ攻撃を受けたのか。その理由には大体察しが付く。

 街で情報を聞いて回るよそ者がいる。しかも片方は痴女同然の恰好だし、もう一方はメイド服を着たアンドロイド。

 確かに、怪しいと思われても仕方ない。むしろ怪しさしかない。

 しかし、だ。それだけであんな連中に襲撃を受けるとまでは思わない。不審者ならば警察の案件だ。

 では、なぜ襲われたか。


「……正規軍の可能性が高いよねぇ」

『何故ですか?』

「だってさ。目と鼻の先でうろちょろするネズミなんて鬱陶しいことこの上ないじゃない?」

『まあ、そうですけど』

「とにかく、情報はまだまだ足りない。特に――避難民の避難先について」


 流石にその情報はこのドラウの街では出てこないだろう。

 どうもきな臭い動きを見せる政府の息がかかっている街だ。

 政府にとって都合の悪いこととはそもそも知らされていないか、下手に教えたとしてもそうやすやすとは信じてはくれないだろう。


『……あの、今思ったんですけど』

「ん? 何、アニマ」

『なんであの街の人間は、重要施設があるから襲われるって発想に至らないんでしょうか』

「……」


 確かに、その通りだ。

 政府にとって重要な施設があることは、あの街の住民は皆知っていた。

 にもかかわず、街に革命軍が攻めてきても正規軍が守ってくれると信じて疑っていなかった。

 何故攻撃を受ける可能性があったのか、などという事を一切考えていないようにも見える。


「ねえ、アニマ。もしかしてだけどこの惑星ほし、アタシ達だけじゃどうにもならないんじゃない?」

『ボクもそんな予感がしてきました』

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