第83話 酒場
ドラウの街は、目と鼻の先で戦闘の痕跡があったというのに妙に活気にあふれていた。
いや、そんな言葉で片づけられるものではない。
はっきり言って、異常だ。
普通は戦火が近付けば避難してゴーストタウン化していてもおかしくないし、人が暮らしていたとしてももっと不安に満ちた表情をしていたりしてもいいはずだ。
だが、この街の住民はいずれでもない。
当たり前のように談笑する。
当たり前のように仕事をする。
当たり前のように、当たり前のように、当たり前のように――暮らしている。
「不気味」
と、マコが呟く。
その後ろをついて歩くアニマは、どこか落ち着かない様子で、歩きにくそうにしている。
「どうしたの、アニマ」
『あの、ボク流石にこの恰好は目立ちすぎだと思うんですが』
「……仕方ないでしょ。恨むならアッシュかシルルを恨んで」
メイド服。それを纏った女性型アンドロイド。
これが目立たないわけがない。
嫌でも、衆目を集め思わずマコも速足になり距離を取ろうとしてしまっている。
一方でアニマのほうも、マコが速足になっていることに気付いており、離されるたびに追いつけるような速度で歩いており、つかず離れずといった距離を保っている。
『ところでどこへ向かっているんですか?』
「情報収集するのはやっぱり――酒場っ!」
『行くのは構いませんが、注文は駄目ですよ』
「……駄目?」
『駄目です。アッシュさんどころか、他の3人からも止めるように言われています』
アニマとて、マコの酒癖の悪さを目の当たりにしたわけではない。
だが、アッシュからはその詳細を聞かされている。
「まあ、まずはこの店だね」
『この店って、こんな明るい時間から空いている酒場が……あった』
マコはテンション高く、見せの扉を開く。
しかたない、と諦めてアニマもそれに続く。
店内は薄暗く、太陽が高い場所にあるというのに、これでもかとアルコールと紫煙のにおいで満たされていた。
とはいえ、雰囲気としては治安の悪い場所、といったものではなく、気の合う仲間同士が集って酒を飲んでいるといった雰囲気で、
「マスター、とりあえずビー……あっ」
『……』
無言の圧。入ってすぐカウンターに座ったマコが注文しかけたところでアニマが止める。
「アタシだってビール1杯程度じゃあ酔わないって」
『……まあ、酒場でお酒を注文しないというのもどうかと思いますし、1杯だけですよ』
「そうこなくっちゃ。んじゃ、改めて。マスター、ビール、ピッチャーで」
『は!?』
とんでもない注文に、酒場のマスターも一瞬目を見開き驚き、それどころか周りの客たちも一斉にマコのほうを向く。
その場にいた誰もが思うことは1つ。
『いや、いやいや。おかしいでしょう!? 普通1杯って言ったら大きくてもジョッキでしょ!?』
それを代弁するアニマ。
戸惑いながらマスターが差し出したピッチャーになみなみと入ったビールを受け取るなり、それに口をつけて一気に1/5ほど飲み干す。
「ひっさびさの酒だー! っかぁ! 沁みるぅ」
『そんなオーバーリアクショ……泣いてる!?』
「そりゃあアイツ等、マジで1滴たりとも飲ませてくれないからさー」
『酔ったら暴れて出禁食らうレベルだと聞きましたけど?』
「まあ、このくらいの量ならダイジョウブらいジョウブ」
『もう呂律が怪しいんですけど!?』
すでに顔が赤くなり出している。
どう考えても大丈夫じゃあない。
「っと、本来の目的を忘れるところだった。マスター、ちょっと聞きたいんだけどいい?」
「は、はい。なんでしょうか」
「アタシ、便利屋やってるんだけどね。ちょっとこの
「ええ。最近は革命軍と名乗る者たちが現在の王政に反発して惑星中で発起したようですね」
「革命軍、ですか。もしかして、あの焼け焦げた森も?」
その言葉に、一瞬空気がひりつく。
何か、突いてほしくないことでもあったかのように。
「いやね。アタシも結構危ない仕事もしてるからね。リスクヘッジってやつよ。何も知らずに藪蛇突いて痛い目見たくないのさ」
「なるほど。そうですか」
「それで、あの焼けた森はどうしたの」
「実は、あそこには革命軍の秘密工場があったとかで。それで――」
なるほど、と納得しピッチャーに口をつけるマコ。
しかし、やりすぎではないかとも思う。
わざわざ派手に森を燃やす必要はない。工場に工作員でも送って内部から爆破してしまったほうが、よっぽど安く解決できる。
「でも、それにしてはこの街は活気にあふれてる。目と鼻の先でドンパチやった割にはね」
「そりゃあもちろん。この街には国軍が来ることはありませんから」
「? それはどういう……」
「……ちょっとお耳を」
マスターに言われるままに、耳を向ける。
と、小声でマスターはその理由を語ってくれる。
「この街の地下には巨大な研究施設がありましてね。どうもそれが女王陛下にとっては重要らしくて」
「小声で話すってことは、あまり大っぴらにできないってことですかね」
「ええ。公然の秘密、という奴ですよ」
マコは視線でアニマに指示を出し、アニマも頷いて応じる。
小声での会話であったが、アニマはそれを聞き逃さず、また完璧に録音していた。
「というわけで、この街は安全なのですよ」
「だからあの惨状を眼前にしながらも、か」
国の正規軍から襲われる心配はない。
革命軍からの攻撃を受けた場合は、重要拠点である故に正規軍が守ってくれる。
たしかにここ以上に安全な場所はないかもしれない。
同時に、過剰なまでの攻撃の理由もわかった。
それはそうだろう。重要施設の目と鼻の先に敵に生産拠点ができたとなれば、その詳細を調べるよりも候補地をすべて焼き払ったほうがてっとり早く、確実だ。
「とはいえ、さすがにあれだけの被害を見せられては避難を考える人間も多くなってましてね。これでも人が減った方ですよ」
「でも、避難するといってもどこもかしこも革命軍が潜んでいる可能性があるなら、どこに逃げても安全とは言い難いんじゃ……」
「なので、避難希望者は国の指定する都市に集められる訳ですよ」
うん、とマコの眉が上がる。
無論。言葉に不審な点はない。革命軍とそれ以外を振り分ける為に、避難場所を指定するのもまあ間違ってはいない。
だが、マコには事前に得ている情報がある。
惑星国家アルヴを治める女王エル・アルヴは、自身の後継者となる実子を手に掛けた可能性が高いということ。
加えて、エンペラーペンギン号に荷物として積み込まれていた第3王女リーヴァ・アルヴを含む革命軍と思われる約5万人に使用された薬物。そしてその原材料がアルヴで採取されるということ。
さらに、こういうことに後ろから糸を引く存在に心当たりがある。
だからこそ、人が1か所に集められていると聞くと、どうしてもいやな想像をしてしまう。
何らかの人体実験のために集められているのでは、と。
「……って、あれ?」
いつの間にかピッチャーに入っていたビールはなくなっていた。
無意識のうちに何度も口をつけていたマコは、残念そうにピッチャーをカウンターに置く。
『マコさん、飲み終わりましたね?』
「ま、監視もあるしこのくらいか。んじゃ、これ代金置いておくよ」
「はいまたのお越しを――って、お客さん。お釣りが」
「情報料。私にとっては有益な情報だったからね」
ひらひらと手を振りながら店を出るマコと、その後ろに続くアニマ。
しばらく歩いて薄暗い路地に入る。
「で、どう思うアニマ」
『大分怪しいと思います』
「だよね」
事前情報がなければ、そう思うこともなかったのだろう。
『とにかく一度、ソードフィッシュに戻りましょう』
「そうだね。その前に……吐いていい?」
そういうマコの顔は、とんでもなく青かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます