第172話 残る疑問

 大蛇の動きが止まる。

 クラレントの自爆によりできた大穴よりもはるかに大きな穴をあけられ、いつそこから崩れてもおかしくない状態のゾーム。

 直径1キロの大穴があいてなお、姿勢を崩していないのだから、どれほどこの巨大兵器が頑丈なつくりをしているのかがうかがえる。

 その大穴から、小さな人影が飛び出してくる。


「アニマのビーコン確認! マコのも確認した」

「作戦は成功、ってところか。後の問題は――」

「惑星環境のことは忘れよう。統括システムが言うには、避けられない事だったんだろう?」


 ゾームを放置していれば、惑星中の拠点という拠点が吹き飛ばされていただろうし、今のように機能を停止させたとしても時間経過とともに海洋環境が崩れて、50時間後には海洋生物が死滅。

 陸地のない惑星で酸素を生み出すサンゴ礁が失われることで、やがて惑星中の酸素が消滅。人間どころか普通の生物は生息できない環境になる。


 さて。最大の危機は脱したし、このタイミングでもうウロボロスネストと再度接敵するということもないだろう。

 アクエリアスの部隊と衝突する可能性があるため、警戒は維持しつつも少しだけ気を緩める。

 同時に。考察が始まる。


「なぜゾームは攻撃的になったんだろうな」


 そんなことは決まっている。ウロボロスネストが何らかの刺激を与えたからだ。

 ではその刺激とはなんだ、というアッシュの問い掛けに、皆が思考を巡らせる。


「そりゃあセキュリティーシステムに引っかかる様な事をしたんでしょ」


 と、メグは言う。が、それならばそれでどうやってそこまでの事をやったのか、と疑問を持ち、オームネンド統括システムにシルルは問い掛ける。


「ウロボロスネストが攻撃を行ったことでゾームが覚醒した可能性は?」

『ゾームの装甲に対し現代の科学技術でダメージを与えられるものは、重力兵器以外存在しません。ゾームは自身に損傷を与えるほどの規模の攻撃が観測されてはじめて戦闘モードが起動します』

「つまり、普通の科学技術で造った機体の武装や兵器ではアレを攻撃して暴れさせるのは不可能、ってことか」

『肯定です』


 だったら別の手段があったのだろう。

 ゾームを刺激する何か。


「……もしかして、なんですけど」

「ベル?」

「ウロボロスネストは、各惑星で何等かのアーティファクトを入手。それを接近させたことで、ゾームは他の惑星からの侵入者が現れたと判断したのでは?」

「それは、あり得るかもしれないな」


 と、シルルは考えながら言う。

 事実、今まで『燃える灰』が関わってきた騒動のほとんどにウロボロスネストが関わっている。

 ウィンダム。レイス。アルヴは間違いない。エアリアはなんともなところだが、機械偽神の覚醒に関わっている可能性は非常に高い。

 あとはサンドラッドに突如現れたPD-01を送り込んできたのもそうだし、ネオベガスの件は裏で絵を描いていたのは間違いない。

 そしてアクエリアス――今回の戦いで確信したことがある。


「ウロボロスネストの動きが派手になってきているな」

「言われてみれば。アルヴの時は女王に成り代わることで支配しようとしていましたけど、それ以後はまるで自分達の存在を誇示しようとしているかのようにも見えます」

「けど――いや、言いにくいんだが、その。ウロボロスのトップはアッシュやマコの知り合いで、マコ曰くアッシュ以外に興味がないんだろう? そんな女が、何を企んでいると……」

「知らん!」


 苛立ち半分にアッシュは声を荒げる。

 直後、謝罪をする。


「駄目だな。アイツの事を考えるとどうも冷静さを欠く」

「アッシュさん。アッシュさんと、そのあの人――えっと、アルビオンと名乗ってましたっけ。あの人とはどういう関係なんですか」

「幼馴染、だな。アイツもサバイブ人だ。俺が『燃える灰』として活動し始めた後も何度かサバイブで会ったが、ある日突然旅に出るといってそれっきりだった」

「それが半年ほど前、あちらから連絡がって、アクアティカ1で会っていた、と」

「ああ。……って、なんだ。ベル。その目は。あとマリー、なんで顔を赤くしている」

「……なんでもありません」

「アッシュさん、今のはちょっとベルさんがかわいそうです」

「訳が分からない」

「「鈍感」」

「鈍感、だねえ」


 何故か全員から貶され、混乱するアッシュ。

 そうしているうちにも、生き残ったクレスト隊が引き返してくる。全機が無事、というわけではなく、残ったのは出撃した機体のうち半数程度。残った機体も各部がガタガタで、いつ壊れてもおかしくないように見える。

 そんな状態だからだろうか、クレスト隊を守るようにモルドが続き、その手の上には推進剤を使い切って飛べなくなったアニマとマコを乗せている。

すでに通信は回復している。


「マコさん。あのアリアさん、でしたっけ。あの人について何かありますか?」

『何か? 多分だけど、アタシ達全員抹殺リスト入りしたくらいしかわからないかな』

「……は?」


 以外にも、最初に言葉を漏らしたのはメグであった。


「いや、なんでですか!?」

『だってアリアはアッシュに対して引くほどの独占欲を持ってる。本人にすればそれは愛情なんだろうさ。まあ、外から見るとずいぶんと歪んだ愛だけどね』

「いや、だからといって……」

『だってアッシュ。戦闘中のアタシ等の名前出したじゃん』


 しばしの沈黙。

 その後、アッシュは静かに立ち上がり――綺麗な角度で頭を下げた。


「厄介事に巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「まあそれもそうだけど! とにかく、後のことは惑星連盟に任せ、一度ネクサスに戻ろう。少し、計画に手入れをする必要が出てきたみたいだしね」

「計画……ああ、次世代機の開発、だったな」

「そ。今の我々の戦力はガタガタ。主力量産機の数も型落ちのクレストに頼っている状態だ。だからこそ、新型量産機が必要だし――アッシュとベルの操縦に耐えられるだけの機体も必要なんだよ」



 惑星ネクサスの工廠で、建造が進む機体が3機。

 ほとんど同じ規格で造られた、ソリッドトルーパーとしては大型の12メートル級の機体が並んでいる。

 ほとんど装甲も取り付けられていない状態ではあるが、この時点ですでに各機の特色が出ている。

 1機は、スタンダードな人型。これといって特徴がないように見える。

 その隣の機体は、フレームの見た目こそ変わらないが、素材がより軽量なものに交換された高機動仕様。しかしそれでいて新型のパワーエクステンダーも採用し、瞬間的な出力向上も可能となっている。

 そして最後の3機目。これにはコクピットが存在しないだけでなく、両腕の肘が腰のあたりにくるほど長く、手を開けば地面に付くほど長い腕部が特徴的だ。

 各機、それぞれがそれぞれの搭乗者を想定して作られている、専用機。

 それと同時に各機が、新型量産機開発のための試作機でもある。


「レジーナさん。この機体は?」

『クラレント量産計画、その試作型にしてテストパイロット用に調整されたネクストステージ機体、だそうだ』

「造ってる我々としちゃあ、コクピットがない機体ってのも変な感じですがねえ」

『それはアストラル体のレイス人用の機体、とのことだ。実質、人が乗るようにできている2機が、主力量産機になるのだろうな』


 そう言いつつ、レジーナは改めて、もっとも特徴のない機体を見上げる。

 その機体の主が誰になるのか。それはこの場にいる誰も知らされていない。

 だが、なんとなくわかるのだ。

 自国の主力量産機の開発と銘打って、その実はアッシュ達の専用機としてこれらの機体は建造されているのだ、と。

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