第18話 物体X

 本来。いくら傷が縫合してあるとはいえ、人間の身体はそう簡単に治るわけがない。

 加えて、骨に銃弾が当たったのだから、その部分の骨が砕けていてもおかしくはない。

 通常の骨折なら、痛みが消えるまでに数週間。骨が癒合するまでに2カ月から3カ月といったところか。


「……なんでブリッジにいるの、アッシュ」


 なのに、この男は普通にブリッジに上がってきて、自分の定位置についている。

 流石に痛みはなくならないのか、時折顔をしかめているが。


「俺はサバイブ人だからな。傷の治りが早いんだよ。飯食って寝てりゃ死にかけてても動けるようにはなる。流石にソリッドトルーパーに乗るのは無理だけどな」

「ははは。一時は失血死しかけていたのに寝て起きたら復活するとか。バケモノか君は」

「ちょ、ちょっとシルル! いくらなんでも失礼ですよ!」

「アタシはもう慣れたけど、やっぱ普通じゃないよサバイブ人」


 ブリッジに集まったのは、4人。

 ベルは格納庫で自分の機体の整備をしつつ考えたいことがあると言って、ブリッジには上がってこなかった。

 まだ昨日の今日だ。そうそう整理はつかないだろう。


「さて、アッシュには事後報告になったけれど。昨日の件で当初の目的については実は達成済みなんだ」

「でなきゃ手術とかできねえだろ。人工血液まであったのは驚きだったけど」

「ベルがこの艦に薬がないと聞くなり、圧迫止血だけして急いで必要なものを持ってきてくれたんだ」

「そう。だから当面の間は食料と医薬品の問題は無視していい。本題は――」

「襲撃犯の大本、ですよね?」


 これを解決しない限り、またセントール・シェルターは襲われる。

 より正確にはベルが営んでいた孤児院と、その関係者が狙われ続ける。

 シスター・ヘルとして活動した彼女ベルは、それだけの恨みを買い、それだけの事をしている。


「シルル。証拠を集めると言っていましたが、何か手がかりはなかったのですか?」

「ありましたよ? 普通に。都市防衛隊の通信ログを遡っていったら――ケリュネイア・シェルターに行き着いた」


 通信の内容まではわからないだろうが、それでもどこと通信したか程度はメインサーバーの記録に残る。

 その情報を手に入れた、と軽く言っているが治安維持組織のメインサーバーに侵入するだけでも並みの腕では不可能。さらにそこから逆探知もされずに必要なデータだけ抜き取ってくるというのは、困難を極める。

 が、それをできて当たり前だと振舞うのが、シルルという女である。


「これからより詳しい情報を集めるけれど、十中八九ここに諸悪の根源があるね」

「……彼等を放置すると、また昨日のような事が起きるのでしょうか」


 マルグリットが暗い顔をしながらそう尋ねる。

 無理もない。あの時は気にする余裕もなかっただろうが、後々になって当然の事に気付いたのだ。

 あの場で、何人死んだのだろう、と。

 命のやり取りとは関係のない世界で生きてきたマルグリットにとって、ショックはかなり大きかったことだろう。


「だろうな。俺たちがたまたまあの場にいたからあの程度で済んだ、ともいえるな」

「町が、あんなになるまで戦って。逃げ遅れた人が何人も傷ついて。それでも、ですか……」

「欲のために自分以外を蹴落とせる人間ってのは、確実にいるんだよ、姫さん。ま、アタシ等も似たようなもんだけど」

「でも、マコさんとアッシュさんは、あの人たちとは違います」

「それはな、姫さん。俺たちが最後の一線の前で踏みとどまっているからだ」

「最後の、一線……」

「それを超えた奴等をな、外道っていうんだ」

「なら……」


 マルグリットがアッシュのほうを向き、まっすぐその目を見つめる。


「討伐しましょう。この惑星の人々のためにも」

「姫さん。本気か? 都市国家ひとつを敵に回せば、最悪惑星中が敵になるぞ」

「それでも。このままにしてはおけません。お願いします」


 一国の王女であった少女が、海賊であるアッシュに頭を下げる。

 王族の態度としては普通ならばありえない光景。だが、マルグリットにはそれができる。

 しかも今彼女が頭を下げたのは、彼女が顔も見たことのない第三者のため。

 誰かのために頭を下げる。これを本心で出来るのは、十分に強い人間だけだ。


「解った。というか、もう準備を進めてるんだろう、シルル」

「まあね。今は大義名分になりそうなものを探してる最中さ」

「じゃあしばらくキャリバーンを動かす必要はなさそうだね。じゃあ、アタシは武器の手入れでもしてきますか」

「皆さん……ありがとうございます!」


 そういって満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「あとは、これに彼女が乗るかどうか、かな?」

「乗るさ。彼女も俺たち側の人間アウトローだからな」



 キャリバーン号の食堂に、5人が集まった。

 食事のタイミングをわざわざずらす必要もなく、事前に時間をあわせて自然とそうなった。

 が、空気は重い。

 原因はもちろん、新顔のベル・ムースにある。

 仕方のないことではある。仕方のないことではあるのだが、それでもいつのまにか血糊を落とした修道服姿で、両膝を抱えたまま座っているのはどうしても気になる。


「えっと、ベル、さん?」

「はい、なんでしょうか。……え、マルグリット・ラウンド王女陛下?」

「はい。マルグリットです」

「な、なんでここに!?」

「なんで、と言われましても……」

「そもそもキャリバーン号強奪はこの姫さんが計画したことだから?」


 そうマコが告げた瞬間、ベルの表情が固まった。

 世間一般的には『燃える灰』による襲撃とされている事件の真犯人がラウンドの王族だと聞けば、そうもなる。


「で、今日の料理当番誰だっけ?」

「……」


 黙ってマルグリット以外の3人に錠剤の胃腸薬の差し出すシルル。

 その瞬間。アッシュとマコの顔が絶望に満ちた顔に変わった。


「え、え?」


 混乱するベルをよそに、マルグリットが料理を載せた皿を運んでくる。

 それがテーブルに置かれた瞬間、ベルは2人の表情の意味を悟る。

 その前に、ベルは思い浮かんだ疑問を口にする。


「これ、料理ですか?」

「はい。アクアパッツァです」


 取り分け用の皿を配りながら、満面の笑みでそう答えるマルグリット。


 ――断言する。これはアクアパッツァなどではない。

 どうして紫色をしている。どうして触手(のようなもの)が生えてくるのか。

 ていうかなんか蠢いている(ようにみえる)し、魚の目がぎょろぎょろしてて、尻尾がぴくぴくと痙攣している(気がする)。

 トマトとかなんかケタケタ笑いながら、口から謎の液体を垂らしている(ような気がして来る)。


 直視するだけで自身の正気を疑わなければならないほどの異様さ。もはや料理とよべるかどうかも怪しい物体Xを凝視し、ベルはもう一度質問する。


「これ、料理ですか?」


 大事なことなので2回聞きました。


「はい!」


 自信満々なマルグリットに対して、周囲の顔は暗い。

 なので、ベルは他の3人に小声で尋ねることにした。


「どうしてこうなったんですか?!」

「誰も止めれねえんだよ……」

「あんな笑顔見せられたら、止めれる?」

「私には無理だった……」

「止めてあげるのも優しさですよ!」

「一応、食べれるから。後で腹痛くなる程度だから」

「この艦、ウィンダムに来る前は薬なかったんですよね? その間どうやってたんですか!?」

「最寄りのトイレ争奪戦……」


 想像しやすい地獄でベルが頭を抱える。


「えっと、皆さん?」

「……とりあず食べよう」


 3人が死んだ目でアクアパッツァのようなものを口に運ぶ。

 ベルも恐る恐る口へ運んで一口食べた。瞬間、無言で立ち上がって厨房のほうへと駆けて行った。


「ベルさん?」


 キッチンのほうからえずくような声が聞こえてくる。


「気にするな。ストレス性のなんかだ」

「そうですか?」


 残すのはもったいない。3人の共通認識が、どう見たって料理ではない何かを食す手を止めさせなかった。もはや気合である。

 一方、作った本人は進みの遅い3人と厨房から戻ってこないベルを不思議そうに見ながら、平然と食べ進めている。

 マルグリット・ラウンド。彼女の味覚は一体どうなっているのか。それが甚だ疑問でしかない3人であった。

 なお薬はあまり効果がなく、結局ベルを加えた4人でのトイレ争奪戦に発展したのは言うまでもない。

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