第17話 拒絶
礼拝堂へと突っ込んできた鋼鉄の巨人――ソリッドトルーパー・クレスト。
瓦礫を吹き飛ばし、ライフルで武装した男たちを薙ぎ払っていく。
一瞬で形勢が変わる。その隙をベルは見逃さない。
「はっ?! 子供たちを殺せ!!」
「させない」
指示を受けて発砲しようとした男たちの眉間を即座に撃ち抜きつつ走り出し距離を詰める。
接近してきたことで命の危機を感じた男たちは子供たちをそっちのけでベルのほうへ銃を向けた。
流石に多勢に無勢。弾幕を展開されてはベルも避け切れない。
「させるかよ!!」
が、今は乱入者が、アッシュがいる。
クレストのコクピットを開くなり、エーテルガンを放ち頭に強烈な一撃を与える。
現在の設定では貫通力はないが、その分打撃力が高い。側頭部に一撃食らわせれば簡単に気絶させることができる。
それでもすべてを処理しきれるわけではない。
ベルめがけて銃弾は発射されてしまう。
が、その軌跡が見えているかのように回避し、鉛玉の返礼をする。
「なぜだ。何故たった2人に手こずる!」
「場数が違うんだよ、場数が!」
エーテルガンの弾を撃ち尽くしチャージを開始。その間、エーテルガンは――鈍器となる。
銃身そのものがかなり重たいため、それを振り回すだけで十分な威力がある。
殴られた男の首から、聞こえてはいけない類の鈍い音がする。
「んなろぉが!!」
顔面めがけて足裏で蹴り飛ばし、子供たちの周囲から男たちを排除したアッシュは、そのまま残る最後の1人にエーテルガンを向ける。
「あとはアンタだけだ。
「くっ……!」
「あの子たちに手を出したお前は、お前だけは!!」
「ッ! やめろベル!! 殺すな!!」
アッシュの静止もむなしく、怒りに突き動かされたベルは最後の1人の眼前まで近づき、顎に銃口を押し付けて発砲した。
飛び散る血と脳漿。
倒れ込む前に、ベルは回し蹴りで力を失っていく身体を吹っ飛ばす。
「ベル……やりすぎだ」
「やりすぎ、ですか?」
「武器を構えた相手なら仕方ない。
「でも、子供たちに手を出したヤツを許せるわけが!」
「お前はッ! その子供たちのこんな顔を見るために銃を取ったのか!!」
「えっ、あ……」
アッシュの言葉で、頭が一気に冷えた。
彼の後ろにいる子供たちは、ベルの姿を見て安堵ではなく恐怖。
そしてその顔から見えるのは――有無を言わさぬ拒絶である。
何故そんな顔をするのか、と狼狽する頭で考えて……手を見る。
「あ、ああ……ッ」
最後の1発。あの時の返り血が、銃と手を赤黒く染めている。
割れたガラスに反射する自分の顔も、服も、靴さえも自分が殺した人間の血で染まっている。
散々殺した。子供たちの前で、命を奪った証。そんな人間を、幼子たちはどうして受け入れられる。
「ちが、わたし、は!」
弁明すらできない。できるはずもなければ、聞いてくれるような状況でも状態でもない。
守りたかった者たちから向けられる恐怖と拒絶の念。
――ああ、だから彼はわたしを止めたのか。
その真意に気付いても、遅かった。
自分の犯してしまった過ちに、ベルは慟哭しながら膝をつく。
悲痛な叫びが木霊する中、死体の山が少しだけ動いた。
それに、誰も気付いていなかった。
「……貴様、だけは」
「ッ!? ベル!!」
ほとんど虫の息となっている男が、最期の悪あがきでベルへ銃口を向ける。
そのタイミングになって、はじめてアッシュが気付いて動く。
引鉄が引かれる前にアッシュが割り込みその身で凶弾を受け止める。
「ぐっ」
「えっ?」
「やりやがったなッ」
エーテルガンを抜き、発砲してきた男の頭へエーテル弾を叩き込む。
死にかけた人間には、軽い脳震盪を起こす程度の威力であっても十分致命的だろう。
「アッシュさん、アッシュさん!」
「安心しろ。急所は避けた……はずだ」
「はずだ、って……その出血量は」
そうは言うが、瞬く間に服が赤くなっていく。
急所を外したとはいうが、出血量が多いように見える。
「めっちゃ痛ぇ……」
「しゃべらないで。今すぐ助けを呼んで――」
「ああ、頼むわ。ちょっと、げん、か……」
それだけ呟くように伝えると、ベルにもたれかかるようにして倒れ込み、意識を手放した。
◆
アッシュが目を覚ますと、知らない天井を見つめていた。
はて、と思いつつ首を動かして周囲を見渡すと、自分はベッドに寝かされているということは理解できた。
上体を起こしてより広い範囲を見渡そうとしたが、起き上がろうとした時に左の脇腹のあたりに痛みが走った。
しかも、顔をしかめるほどの激痛だ。
「――――」
悶絶。そしてその痛みで、どうしてこんなことになっているのかを思い出した。
ベルをかばって銃撃を受けた。それだけは間違いない。
だがその後、どうなった。
「目が覚めた?」
「マコか? ってことはここは――」
「キャリバーン号内の医務室。運んできたのはもちろん、ベル・ムース」
「そうか。で、弾は?」
「摘出済み。肋骨に当たって止まってたけど、ちょっとでもずれてたら肺直撃だったって、執刀担当した彼女が言ってたわよ」
「彼女?」
マコの後ろから現れたのは、血濡れの修道服を着たままのベルであった。
心なしか、アッシュが最後に見た時より赤黒いシミの面積が多いような気がする。
いや、気のせいではない。きっとその増えたシミの原因は、マコの言葉もあわせれば、彼女がアッシュの身体から銃弾を取り出した際についたものだと判断できる。
「彼女、医療知識も持ってるみたい」
「無免許ですけど」
「いや、それでも助かった」
「いえ。わたしのほうこそ、助けられましたから。というか、なんで生きてるんですか貴方。正確に量を測ったわけではありませんが、常人なら致死量の出血でしたよ」
「まあ、そういう体質だとしか」
立ち上がろうと移動したところ、即座に走ってきたベルに肩を押さえられた。
撃たれた跡が痛んで力をいれにくいとはいえ、女の力で押さえつけられただけで身動きひとつ取れない。
「絶・対・安・静。です」
「ア、ハイ」
「大体肋骨に当たって止まったってことは、折れてるんですから。無理に動くと治りが遅くなります」
「……で、あの後どうなったんだ」
おとなしくベッドに横たわりながら、自分が気絶した後のことを尋ねる。
一瞬、ベルの表情が曇った。
それを察して、マコが代わりに説明を始める。
「ベルはアッシュをつれてフロレントで着艦。シェルターのほうは孤児院で襲撃者が全滅したから、それに合わせて外の敵は撤退したよ」
「シェルターは?」
「シルルが集めた証拠の上映会中。政府の中枢部まで蛇の毒が入り込んでいたみたいで、今は善良な民衆と良識ある公務員の皆様方が結託して抗議活動の真っ最中じゃない?」
犯罪組織との繋がりが暴露されたのだから、それに関わった政治家や警備隊上層部なんかは今頃ひどい目にあわされているだろう。
よくて拘束。最悪法の裁きを待たずに私刑もあり得るか。
だが一切の同情はない。自分が蒔いた種であるし、ここでアッシュたちが介入せずともいずれは起こるべくして起きたことだろう。
「それで、ベル。お前さんはなぜキャリバーンに乗ったままなんだ?」
「……帰る場所が、ないので」
「一度は沈めようとした相手のところだぞ」
「そっ……それ、は……」
言い返す言葉もない。都合のいいことだと、本人も自覚はしている。
が、その2人の間にマコが割って入るなり、アッシュの傷口のあたりを軽くつついた。
「いぃっ!?」
激痛にアッシュが跳ね起きる。その際にまた傷口が痛み、ゆっくりと横になっていく。
「いじめすぎ。命の恩人ではあるんだから感謝くらいしたら? 第一、そんなことは気にしてないでしょう、アッシュ」
「解ってるよ。わるかった、ベル。いい過ぎた」
「いえ。アッシュさんの言う通りですから」
「……とりあえず処置してくれて助かった。まだしばらく俺たちはこの惑星に留まるから、それまでの間、考えをまとめるといいさ」
元の居場所に戻れなくても、陰ながらあの孤児院を守るという手段はある。
ウィンダムの中で活動するにしても、他の都市国家へと移住するという方法もある。
それをベル自身が見つけられるかは別として、選択肢はいくらでもある。
無論、その中にはこのままアッシュたちと共に旅立つという選択肢も存在している。
そんなベルの迷いと嘆きを察したかのように、静かだった天候はいつのまにか暴風雨となっていた。
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