第19話 ブリーフィング
物体Xの惨劇を乗り越え、改めて5人そろってのブリーフィングとなる。
とはいっても、シルルだけはブリッジで情報収集を続けており、他の4人は食堂で軽食のサンドイッチをつまみながらである。
なお、サンドイッチを作ったのは昼食に続いて厨房に立とうとしたマルグリットを止めたベルである。
「……おいしい」
マコが涙を流しながら呟いた。
見た目からして安全性と味が保証されている食物のすばらしさに感動していた。
この世の全ての食材に感謝するくらいには、感動していた。
『私の分は残しておいてくれよ。まずは、だ。ベル。君が気にしているであろうセントール・シェルターについての最新情報だ』
「……ッ」
『結論から言うと、たった1日で政権がひっくり返った。理由は、今回の一件に関わったか、それ以前から犯罪組織と繋がりのある人間全員が拘束されたから。今は臨時政権が都市国家を立て直そうと必死になって動いている』
「孤児院は……あの子たちはどうなったんですか?」
『こっちはローカルニュースで記事になっているね』
食堂のモニターに、そのニュースサイトの記事が表示される。
見出しには『セントール・シェルター襲撃!』とでかでかと書いてある。
『これによれば、襲撃犯に襲われた事によるPTSDを発症した子供が多いが、それ以外はいたって健康。その後は新造された孤児院に移されるらしい。ま、治療の必要がなかった子は引き取り手が見つかった子が多いみたいだけど……ま、そっちは調べておくよ』
「ありがとう、ございます」
血みどろの惨劇を目撃したのだ。トラウマになってもおかしくはない。
それも、その状況を作ったのが自分たちが慕っていたベルだというのだからなおさらだ。
「それで、攻め込むにしたって情報がないと攻めようがないぞ。そっちはどうなんだ」
『焦らないでくれ。今、発信元のデータを漁ってるところだ』
「えっ。それってほぼ敵の位置がわかったようなもんじゃないの?」
『だから焦るなと言ったろう。マコ。位置がわかっても、こちらが攻撃するだけの大義名分が必要なのさ。何せ、今の我々は『燃える灰』だ。悪を以て悪を滅ぼす、と認識されている以上、相手がこちらの都市攻撃を上回るか、そうするに足る悪党でなければならない。だろう?』
「ま、そうれもそうか」
と、納得して足を組む。
「で、現状どの程度の情報が出てきてるんだ」
『都市防衛隊の配置から、各セクションごとの防衛戦力比。あ、これ普通に横領してる。あとでメディアに流そ。んで、他には……待った。見つけたかもしれない』
シルルの表情が一気に険しいものに変わる。
眉間に皺をよせながら、コンソールを操作する手は速度を増していく。
『ビンゴだ。とんでもない内容だよ、これは。そっちにも回すが……あまり見ない方がいい。特に姫様は』
「いえ、お願いします」
『そうかい。では、いくよ』
モニターに送られてきたのは、いくつものデータ。そのうちのひとつに、アッシュは気になる単語を見つけ、眉をひそめた。
「おい、シルル。これの事か?」
『そう。それだよ。生体制御装置』
「これ、は……」
「なんて、酷い」
中身を見れば見るほど、言葉を失っていく。
マコとベルは完全に言葉を失い、マルグリットは顔を青くしている。
生体制御装置。
ソリッドトルーパーのさらなる性能向上を目指し、パイロットの操作をダイレクトに機体へ伝える為の手段である。
無論、そのアプローチは様々な手段を以て行われていた。
その中でも最悪の結論に至ったのが、この生体制御装置。
身体機能を必要最低限にまで制限した人間の脳を機体と接続し、制御装置にするという悪魔の技術である。
『必要なのは脳だけ。それを生かすための最低限の臓器以外は不要。視覚情報は機体のカメラが、聴覚情報は収音マイクが。それらで得られた情報は即座にメイン制御システムである脳が判断し、行動する』
「ですが、人間は機械ではありません。機械には、なれません」
『姫様、その通りだよ。人間の脳は、所詮人間の身体を制御するのが限界だ。数キロ、あるいは数10キロ先を360度見渡す目や、人間の知覚できない音まで収音する耳にはたかが人間の脳では耐えきれるわけがない。つまり――』
「人間を使い捨てにする技術って訳だ。だから定期的に素材を入手する必要性が出てくる」
「だから、孤児……」
『しかもこれ、自分たちが犯罪組織を動かして故意に孤児を生み出したり、人を攫ったりしてるね。帳簿も見つかったよ。必要なのは子供だけ。それ以外の人間は資金に変えられたみたいだね。消しておけばいいのに、売買記録まで残ってるよ』
「最ッ悪……」
倫理観もなにもない、暴走した科学の行き着く最悪の結末。そのひとつがこれだろう。
科学の発展のための尊い犠牲とでもいうのだろうか。
そのためにならば、人を殺し、その遺族を実験台にしてもいいというのだろうか。
絶対に、そんなことはない。
マコとベルの顔は険しく、マルグリットは気分が悪くなってきたのか目を閉じて俯いている。
『これで黒確定。あとはどう攻めるかだけど、こちらの戦力はキャリバーン号とクラレント。そして』
「わたしのフロレント、ですか」
『ああ。機体の数だけでいえばクレストが1機格納されているが、アッシュがクラレントで出ると、ブリッジ要員が足りなくなるから、今回は戦艦1隻とソリッドトルーパー2機でやるしかない』
「この艦はワンマンシップなのでしょう。だったら、ブリッジ要員はもっと減らせるのでは?」
ベルの疑問は当然である。ワンマンシップとは元々、個人でも運用できるような艦船として開発されたもの。
最悪、たった1人でも運用できるようにはできている。
事実、キャリバーン号のクルーはアッシュ、マコ、マルグリット、シルルの4人だけ。
未だ本格的な艦隊戦の経験はないものの、わずか2人で運用したにも関わらずセントール・シェルターでの戦闘においては十分な活躍をしていた。
しかし、だ。ブリッジ要員を必要とするのはちゃんと理由がある。
「実のところ、オートメーションよりマコの操舵ほうが優秀だ」
「火器管制に関してはアッシュやシルルが勝ってる。まあ、今は学習の最中だからってのもあるんだろうけど」
「……で、マルグリット殿下は?」
「わたくしは基本的にオペレーターをしています」
「なるほど」
機械よりも人間のほうが優秀。それは別におかしな話ではない。
誤差を一切生じさせない精密な部品を生み出すのは職人の手作業でしか成し得ず、一般的には人間より正確性に勝るはずの機械ではどうしても誤差を生じさせてしまう。
ボードゲームにおいても、何万通りあるいは何億通りもの手を打てるはずの機械が人間に敗北することだってある。
尤も、機械を上回る技量を持つ人間などそうそう居るものではないが。
『それに攻め込むにも問題がまだある』
「ソリッドトルーパー用装備、か」
『ああ。セントール・シェルターから逃げ出すように離れたからね。ベルが一度薬を取に戻っているけど、状況が状況だ。装備を用意する時間なんてほとんどなかったはずだし』
「ええ。フロレントの装備一式は持ち出していますが、弾薬のほうが少し不安です」
「加えて、クラレントは非武装だしなあ」
『だからどこかの都市国家で武器を調達する必要もある。あるいは――』
「武器なしでも戦える方法を探す? いや、そんなの無理か」
それはあまり現実的ではないな、とマコが自分で言った言葉を否定したが、それを聞いたベルは何か思うところがあるようで考え始めた。
「シルルさん。この周辺のマップ出せますか」
『お安い御用さ。はい』
モニターに表示されるウィンダムの世界地図。
その一部が拡大表示され、現在地が判りやすくマーキングされる。
「……弾薬、どうにかなるかもしれません」
『なんだって?』
「ここと、ここ。それからここ。たしかソリッドトルーパーを所有する武装組織が根城にしている廃墟です。だから当然そこに」
「武器がある、か。でも交戦状態になったら――」
「その前に、潜入して潰します」
そう言いつつ、ベルはにっこりと笑う。
シェルターを離れた時はどうなるのかと思っていたが、当面の目標が見えたことで少しだけ踏ん切りがついたらしいことは解る。
「ところで、俺の肋骨まだ完全には繋がってないんだけど……」
「どうせあと数日でつながるでしょ。サバイブ人だし」
だがとりあえず、やることは決まった。
『さあ。ド派手なお掃除を始めようか』
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