第20話 制圧

 ウィンダムの大地を1台のエアバイクが走る。

 操縦はバイザーをつけた修道服の女。本体左右に取り付けられたサイドカーにはそれぞれ下着同然露出度で褐色の肌を晒す女と、ぼろ布のようなローブを纏った男。

 たった3人。

 彼等の進行方向には、開拓期においてシェルターとして使用されていた人工物が広がっている。

 というか、設備規模からして明らかに基地である。

 いくつも存在する廃墟の中でも保存状態がよく、都市国家を離れた者たちが隠れ潜むには絶好の場所。

 事実、事前情報でそこにはソリッドトルーパーを保有する武装組織が潜伏していることが判明している。


 彼等の目的は、その武装組織の保有するソリッドトルーパー用武装を奪うこと。

 そのために、拠点ひとつをたった3人で陥落させようとしているのである。


「見えた」


 目標を確認したローブの男アッシュ褐色肌の女マコは自身の武器の最終確認を行う。

 いつ大雨が降るか、雷荒れるかというウィンダムの大地を生身で駆け抜けるというだけで自殺行為に等しいが、それを恐れる様子は3人にはない。

 その理由は、エアバイクを操縦する女、ベルの能力――ウィンダム人特有の能力が関係している。


「べ……いや、ヘル。しばらく天候は安定してるってのは信じていいんだろうな」

「この獣の耳に誓って。アッシュさんの心配するような天候になるのはもっと後です」


 シスター・の頭頂部にあるネコの耳のような部位がピコピコと動く。

 ウィンダム人特有の感覚器官で、気圧や湿度の変化を感じ取り、気象現象の予測を可能とする獣耳によく似た器官。

 天気予報ができるだけ、と本人たちは言うが、その能力がこの天変地異規模の気象現象が常に発生する惑星においては必要不可欠な能力であったのは言うまでもない。

 そしてその感覚器があればこそ、今こうして生身を晒していられる。


「それ、実際に動くんだ」

「それより、ここから届きますか、マコさん」

「勿論。ちょっと横向けて」


 シスター・ヘルは急ブレーキをかけ、マコの乗ったサイドカーが基地の正門のほうを向くようにして止まる。

 完全に静止したところで両手でしっかりとプラズママグナムを構え、固く閉ざされた正門めがけて放った。

 超高熱のプラズマエネルギーの塊が、固く閉じられた門を焼き貫き、入り口を強引に作り出す。

 同時に、正門を破壊された事で施設の警報が鳴り響く。


「マコ」

「ん」


 止まっている間にアッシュはローブの内側からプラズママグナム用のカートリッジをいくつかマコに渡す。


「では、作戦通り。わたしとアッシュさんが内部制圧。マコさんはソリッドトルーパーの対応で」

「了解。それじゃあ……」

「行動開始だ」


 マコの乗ったサイドカーがパージされ、それが単独の小型エアバイクに変形。

 残った本体はそのまま基地に向かって突撃していく。

 それと入れ違いに、格納庫からソリッドトルーパーが6機姿を現す。


「あれ、ムッゾか」

「ちょっとまずいかもしれませんね」

「まあ、マコなら大丈夫だろ」


 ウッゾタイプが汎用性と拡張性を意識した機体ならば、ムッゾはパワーを意識した機体。それ故にコスト高になり派生機も作られない不遇の機体でもあるが、パワーにおいてはウッゾタイプよりはるかに優れる。

 それはつまり――相応の重量を持った武装を装備できるということである。


『アッシュ! ベル!! 流石にバズーカとか榴弾砲とかは想定外だって!!』


 通信機からマコの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 基地から出てきたムッゾは携行武器にバズーカを装備しており、肩には榴弾砲を担いでいる。

 サブウェポン程度にマシンガンも装備しているが、そっちはどうでもいい。

 バズーカも榴弾も、どちらも広範囲へ影響を与える武器である。

 いくら機動力があろうと、面制圧されてしまうと避けようがない。


「だったら撃たれる前にコクピットを潰せ!」

『後ろに気を付けなよ!! そっちに配慮する余裕なんてないんだから!』


 言う成り、プラズママグナムの閃光がムッゾの胸部装甲をいともたやすく融解させ、本来は強固なはずの装甲の奥に隠されていたパイロットすら焼き尽くす。とたん、機体が制御を失い転倒する。

 そんな様子を背に、アッシュとシスター・ヘルは門をくぐり、そのまま施設内へと乗り込んだ。


 ここからは、白兵戦だ。

 奴等もバカではない。自分たちの仲間がいる場所へバズーカを撃ち込んだり、榴弾砲を撃ったりはまずしない。

 加えて、相手が準備を整える前に一気に制圧してしまう必要がある。


「敵襲だ! 敵襲!!」


 すでにムッゾが出撃しているにも関わらず、中の人間はあわただしく迎撃の準備を進めている。


「遅ぇよ」


 が、その前にローブを纏ったアッシュが現れ、手あたり次第に側頭部めがけてエーテルガンをフルスイング。

 昏倒どころではなく、それで即死するほどの威力のある攻撃に次々と倒れていく。


「このっ!」


 男たちが倒され、女の構成員がナイフを手にアッシュに向かってくる。

 が、その顔めがけて脚を突き出し、壁際まで蹴り飛ばした。

 蹴られた女の顔にはしっかりと靴跡が残っており、前歯が砕けていることから相当な力がかかったのは間違いない。


「ヘル」

「解ってます」


 アッシュの戦いを見ていたシスター・ヘルが、後ろから迫る男へ回し蹴りを叩き込む。

 両手を組んで振り下ろそうとしていたのか、がら空きになった脇腹へブーツのつま先が突き刺さる。


「がっ、げ……?」

「どうです。クサリマムシの毒です」


 足を引き抜くと、ブーツの先端から飛び出た刃は、赤黒い液体とは別に濁った水滴が垂れる。

 クサリマムシというウィンダムに生息する蛇の毒である。

 その毒は即効性で、恐るべき速度で侵食。あっという間に神経を侵して筋肉の動きを阻害。最終的には死に至る。

 血清はあるにはあるが、早急な処置がなければ後遺症が残ることもあるレベルの猛毒である。


「……えっぐいの仕込むなあ」

「私、手加減とかしたことないので」

「生身で敵対しなくてよかった、よっ!」


 マシンガンを構え、防弾チョッキまで纏った完全装備の構成員が一斉に引鉄を引く。

 それをローブで受け止める。


「防弾仕様のローブだと!?」


 驚愕の声をあげる構成員。

 銃弾を受け止められるほどの防弾仕様ローブなど、めったにお目にかかれるものではない高級品だ。

 そんな高級品を纏った人間が襲撃してくるなんて思いもしなかったのだろう。


「んじゃあ、反撃だ!」


 エーテルガンで攻撃してきた構成員の頭を正確に撃ち抜く。

 エーテルガンは貫通力のあるエーテル弾を生成することもできるが、衝撃を与える事に特化したエーテル弾を生み出せる武器でもある。

 アッシュが好むのは後者のほう。調節すればスタンガンのような使い方もできる為、使い勝手がいい。

 それに、だ。防弾チョッキを含め鎧を着た相手には貫通できなければ意味がない実弾と違い、衝撃というのは鎧の上からでも伝わる。

 普通の銃弾に備えていた構成員の防備は無駄になった。エーテルガンの一撃は防弾チョッキの上から心臓を撃ち抜かれ崩れ落ちる。


「ったく、ソリッドトルーパー用の装備と弾薬を奪いに来たってのにここまで暴れる事になるなんてな。てて」

「無茶はしないでください。普通ならまだ動けないはずなんですから」


 ハンドガンと蹴りで向かってくる構成員を撃破していく。

 蹴りは当然急所に叩き込み、蹴る度につま先から刃が飛び出して致命傷を与え、ハンドガンは眉間を撃ち抜いている。


「結構な数始末したと思うんだけど、まだ来るのかな」

「いえ、さほど大きな組織ではないはずですからあとは――」

『こちらマコ! とりあえず全部沈黙させたよ』

「こっちも大方片付いた。キャリバーンを呼んでくれ」


 その後。中で大暴れしたアッシュとシスター・ヘルによって完全に制圧。

 敵対者はすべて死亡し、格納庫や弾薬庫にあった物資は根こそぎキャリバーン号が回収。

 その後も周辺の武装組織を壊滅して回り、同様の略奪を繰り返し――作戦の準備は整った。

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