第91話 暴君再来

 マコは慌てて格納庫から外に飛び出る。

 そこにいたのは、巨大なソリッドトルーパー。

 なるほど。確かに。彼等にとってそれは未知の機体である。

 だが、マコにとっては既知の存在であった。


「タイラント・レックスッ!?」


 見間違うはずがない。あの異様な姿を。

 忘れるはずがない。あの驚異を。


「なんで、あんなのがここに……」


 あの棍棒のような対艦用ブレードを持っているが、左腰に接続されていたレールガンがない。

 代わりに、そのサイズ相応のライフルが左手に握られている。

 銃口の大きさからして、その弾丸ならば物理射撃に対して高い防御力を持っているバッシャーマとて鉄屑同然だ。

 その銃口が、狙いを定め始める。


「逃げろ!!」


 マコが叫ぶ。が、その声はライフルの発砲音でかき消された。

 ライフルとは言ったが、それはタイラント・レックスの図体から見た大きさでそう見えるというだけ。

 実際には、ソリッドトルーパーの使う滑腔砲や、戦艦に搭載される実弾用砲塔のそれと大差ない。

 その弾丸が、ウッゾ・ムゾへ迫る。

 狙われたウッゾ・ムゾは岩壁めがけてアンカーを射出。一気に機体を引き寄せることで回避を試みるが、弾丸が右脚をかすめて――吹き飛ばされた。

 その衝撃で宙を舞ったウッゾ・ムゾはバランスを崩し、ワイヤーが巻き取られる前に岩壁に叩きつけられた。

 あの勢いで衝突したら、機体は無事でも中にいるパイロットは無事では済まない。


「ちっ……」


 明らかに味方に動揺が広がっている。

 そんなことは判っている。そんな今だからこそ、叫ぶ。


「動け!! 動かないと死ぬぞ!!」


 そう叫んで、ようやく味方の機体が動き出す。

 すると、タイラント・レックスは巨大な対艦用ブレードを地面と水平にして振り抜く。

 その位置は、平均的なソリッドトルーパーのコクピットのある位置である。

 ある者は後退する。またある者は、スラスターを全開にして上に逃げようとする。

 そのどちらも攻撃を回避する事に成功するが、前者は振り抜いた後の衝撃波で吹っ飛ばされ、上に逃げた機体はライフルに襲われる。


「アニマ!!」

『見えました』

「頭を狙って!」

『了解』


 マコはかつての交戦経験から、制御装置が仕込まれているであろう頭部を狙うよう指示を出す。

 直後、その指示通りにアニマが放ったビームがタイラント・レックスの頭部を直撃した。

 が、ビームは弾かれ、衝撃でよろめき数歩ほど後ろに下がるだけ。


「アンチビームコーティングか……!」


 だが、全く効いていないというわけでもない。

 ビームが直撃した衝撃はあるし、アンチビームコーティングも同一箇所を狙われ続ければ流石に効果が落ちる。

 このまま攻撃を続ければいつかはそれを貫くことができるだろう。

 だが、それでは間に合わない。


 被弾したことで一瞬怯みはした。

 だがすぐに体勢を立て直し、攻撃が飛んできた方向へライフルの銃口を向けて発砲する。

 当然、センサーの範囲外からの攻撃など当たるわけがないし、ライフル自体そこまでの射程があるわけでもない。

 明後日の方向へと飛んでいく弾丸と入れ違いに、再度ビームがタイラント・レックスの頭部へ叩きつけられる。


「各機に通達。新たに現れた敵の名称はタイラント・レックス。見ての通り、とんでもない攻撃力を持った機体だ。だから、まず逃げ回れ!」

『し、しかし攻撃範囲が……!』

「反撃のタイミングはある! アタシの知っている通りの機体なら、機体内に溜まった熱を排出するために排熱フィンを展開する。その間は完全に停止する。停止時間は5秒。うち排熱フィンが展開してるのは2秒。その2秒のうち排熱フィンへ攻撃を集中すれば、倒すのも不可能じゃない!」

『無茶苦茶だ! そんなことできっこねえ!』

「アタシ達はやった! 不可能じゃない!」


 ただ、あの時の不自然な動きを、マコは覚えている。

 冷却が必要のないタイミングでの冷却行動。まるで隙を作るかのような動きを。

 あれは、生体制御装置の中にある意思がそうさせたのではないかと、今になって思う。


 何故、そんなことを今になって思いだしているのだろうか。

 その理由をマコは理解した。


「……あれは、本当にあのタイラント・レックスなの」


 違和感。あの時にはあった、視線のようなものを感じない。

 だからだろうか、惑星ウィンダムで戦った機体にはあった気味の悪さを感じない。


「まさか、あれには生体制御装置が搭載されていない……?」


 だが、ソリッドトルーパーの無人制御技術は不完全な部分が大きい。

 人間のような柔軟な判断ができない、というのが最大の理由なのだが――どうも、あの機体からはそのような欠点は見えない。

 人の視線を感じないのに、人の意思を感じるような動き。


「だとしたら、あれは有人機? いや、でも――」


 タイラント・レックスに操縦席を搭載するスペースなど、ない。

 それはウィンダムでシルルが抜き出したデータを見たマコは、それを知っている。

 あの胴体には動力炉が搭載されていて、仮に有人機とするのならばコクピットの位置は頭部くらいしか思いつかない。

 が、だとするならば無理がある。


「あの図体で、あれだけの動きをすると、中の人間はただじゃすまない……」


 タイラント・レックスが屈んで勢いをつけると、一気に跳びあがって右手の対艦用ブレードを振り下ろす。

 一撃で滑走路を粉砕し、アスファルト舗装を舞い散らすとともに爆発が起きる。

 ノックルーマが1機叩き潰され、爆発によって砕けたパーツが周囲に散らばる。

 と、そのタイミングで動きが止まり、排熱フィンが展開される。


「タイミングを逃すな!!」


 仲間の死を目の当たりにして狼狽したような様子はみられたが、マコの指示に従い一斉に火器を使って攻撃する。

 が、弾丸は装甲に命中するばかりで、肝心の排熱フィンに当たることもなく、弾を無駄に消費する。

 そうしている間に、フィンは閉じられ、機体は再起動する。


「アニマ、攻撃中止。もっと近くで撃たないと効果が薄い!」

『了解です』


 そういうなり、スラスターを吹かしてアロンダイトが姿を現す。

 右手でロングレンジライフルを腰のあたりで構え、左手には何かを握りしめている。

 なるほど、そういえばパイロットを捕まえたと言っていた。そのパイロットなのだろう。

 だが、結構な速度でこちらに向かってきている。パイロットスーツを着ているとはいえ、無事なのかどうか。


『お待たせしました』

「うわ、ぐったりしてるじゃん。それ大丈夫?」

『生命反応はあります』


 そういう問題じゃないが、気絶していることを確認すると、そのパイロットの両手両足を持っていたベルトで拘束するなり、アロンダイトのハッチを開く。


『マコさん?』

「流石に生身でいるのが危なくなってきたんでね」


 四肢を封じられてぐったりとしている敵パイロットを担いでシートの後ろに放り込むと、自分はシートに座る。


「アニマ、この場にいる全ソリッドトルーパーの中で、この機体が一番強い」

『はい。それは勿論ですけど』

「さっきも言ったけど、近づいて撃たないとロングレンジビームライフルでも防がれる。けど……」

『ノーダメージではなかった、ですよね?』

「やるよ、狙うのは頭。最大出力を至近距離でぶちかます!」

『了解!』

「各機、回避に専念しつつ攻撃! 注意をアロンダイトに向けさせるな!!」


 無茶苦茶なことを言っているが、そうする以外にこの怪物を止める手段を思いつかない。


「これを倒したら、アッシュたちに自慢してやろう」

『あの、もしかしてアレってかなり強いんですか?』

「もちろん、かなり強い」

『……でも、やるしかないんですよね』

「大丈夫。引鉄引くだけだから」

『動くのはボクなんですよ!!』

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