未確認宙域

第222話 7:3

 陽電子砲の衝撃波を回避するために飛び込んだハイパースペースで、エクスキャリバーンは復旧作業を行っていた。

 交戦が確定的になった時点で、多少の破損は覚悟していたので、それを修復するために、あえて一瞬で目的地に到着するのではなく、ハイパースペースを経由することにしたのである。

 結果、その判断は正しかった。

 シールドジェネレーターは安全装置が起動したものの、ダメージを受けておりその修復。各部砲身もビーム発振装置の点検が必要で、重力制御機構グラビコンとイナーシャルキャンセラーも無茶なマニューバをしたせいでエラーを吐いてはいないものの要点検。


「とりあえず急ピッチで作業を進めているが、かなりギリギリになる」


 と、シルルが現状を報告する。

 流石にハイパースペースの中まではインベーダーの襲撃はないようでとりあえずは一安心、と言ったところか。


「ワープアウトまでは?」

「あと12時間。とりあえず今度こそ正真正銘の最後のインターバルだ」

「では。何か作りましょうか?」


 と、ベルが提案すると、皆がそれはいいと頷く。


「ああ、でもパイロットは加速の問題もあるから、あまり重たいものは……」

「そのあたりも考えてますよ。わたしの機体も、加速はキツいですし」


 最後の晩餐――というつもりはない。

 士気を高めるという目的での食事会、というのはままあることだ。

 事実、直前の遭遇戦で、こちらとの戦闘力の差を見せつけられ、ブリッジの空気はお通夜のような状態である。

 エクスキャリバーンの各砲門が単発ではまともに通じない。ピンポイントに全火力を叩き込んでようやく有効打。

 そんな相手に実弾が通じるとは思えず、ミサイルの爆発もどこまで有効かわからない。


「……シルル、ちょっといいか」

「なんだい、アッシュ」


 アッシュは他の面々とは離れた場所にシルルを呼びつける。

 こういう事をする、ということはできるだけ周りには聞かせたくない話だ、ということで、そんなことをアッシュがしたのは、キャリバーン号がラウンドを飛び立った時以来初めての事である。


「先の戦いの結果、エクスキャリバーンでどこまでいけると思う?」

「……かなり厳しいね。機械と融合していたあっちならともかく、防御特化していた個体を突破するのに、発振器が強制冷却寸前までいってる。これが繰り返されるとなると、勝ち目はゼロだ」

「やはり、最初に重力兵器で数を減らせないとキツいか」

「アッシュはどの程度の規模だと思っているんだい?」

「最低でも億。天文学的な数字を相手にすることも考えている」

「それを私達だけで、か。自殺行為も甚だしいね」

「でも、やらなきゃ今の科学力では人類は滅ぼされる。だろう?」


 シルルは、静かにうなずいた。


「冥界下りというのを知っているかい?」

「それは神話でよくあるやつだろ。何故か異なる文化圏なのに、似たような話が多いとか」

「ある神話では、そこへ踏み入った者は自力では帰ることができなかった。他の神話では、死した想い人を蘇らすべく挑むも最終的には失敗した」

「……でも、行くしかねえだろ」

「ああ。できれば、最悪の事態になる前に彼女だけでも帰してやりたい……と、いうのは私の我が儘だな」

「でもないさ。ここに居る全員、マルグリットには甘いからな」



 ハイパースペースを進み、11時間と50分程度。

 あと10分もしないうちに決戦の場に到着しようとしているエクスキャリバーンのブリッジには、マコ以外の姿はなかった。

 すでに全員が自分の機体のコクピットシートに座り、ワープアウトに備えている。

 尤も。いくら備えたところで限界はあるが。


『我々の攻撃は通用するのだろうか』


 と、レジーナはこぼす。

 彼女等の戦闘力は確かにソリッドトルーパーと同等であるし、機動力においてはソリッドトルーパーを上回る。

 だが、だからといってそれがインベーダー相手にそれが通じるかというと――おそらくは通じない。

 実際、出発前の計画ではタリスマン達の役割は攪乱。

 インベーダーそのものへの対処は重力兵器を搭載したソリッドトルーパーとエクスキャリバーンで行う。

 だが、それはそれとしてタリスマン達自身を守るために攻撃する必要もある。

 その攻撃が通用しなければ、相手が怯んだりしなければ、ろくな抵抗もできず潰される可能性が高いのである。


「随伴する無人機に頼ってくれ。流石に我々も手が回らないだろうし」

『ああ。せいぜい足掻いて見せるさ』

『ワープアウトのカウント、始めます』


 アニマが各機のコンソールに、ワープアウトまでの時間を表示する。

 残り時間は5分程度しかない。

 各々の想いを抱え、皆が皆死を意識しつつも、その恐怖を飲み込む。


「緊張したって無駄無駄。オレたちはやれることをやるだけだろ」


 と、ナイアは自分用に調整された量産型Mk-Ⅱマークツーのコクピットでひょうひょうとした口調でそう言う。

 肩の力を抜け、ということだろうとその場にいる人間は理解し、大きく深呼吸をする。


「足掻いたって仕方ないってのは解ります。やれるだけのことはやりましょう」


 そう、マルグリットが場を締めた。

 それは丁度、ワープアウトまでのカウントがゼロになった時であった。

 瞬間。

 けたたましいアラームが鳴り響く。


「何があった!?」

『てきせいはんのう。かこまれてる』

「はあッ!?」

『ぜんほういに、てき。あちらはまだこうげきのいしをしめしていない』


 リオンの報告によって出撃前から不穏な空気が流れる。

 だが、動かないことにはどうにもならない。


「とにかく、出るぞ」


 まずはアッシュのハイペリオンが発艦する。

 それに続き、アストレア、ネメシス、カリオペ、モルガナと続き、最後にナイアのMk-Ⅱマークツーとタリスマン達がエクスキャリバーンから飛び立つと、彼らの目は絶望を映し出した。


宇宙そらが……」

「見えない……」


 目視できる範囲に存在するインベーダーのあまりの数に、空が埋め尽くされている。

 勿論隙間はある。だが割合は、敵が7で宇宙そらが3といった割合。

 加えて、それらすべてがインベーダーだとしたら、見た事のないものばかりであり、今まで遭遇してきたあの怪獣のようなインベーダーも、多数存在する群体の1種類でしかなかったことを思い知らされる。


『てき、せっきん。かいじゅうがたたいぷあるふぁ』

「ちょっと待てそれは何のことだ!?」

「最初に遭遇したヤツでしょ!!」


 戸惑うアッシュを横に、モルガナが接近してきた怪獣型インベーダーに向けて電撃を放つ。

 バックパック部分のコクピットに乗るメグの能力であるが、かなりの電圧の電撃であるはずだが接近する怪獣型インベーダーは少し怯んだ程度でなおもエクスキャリバーンへと接近してきている。


「やっぱり無理かッ!!」


 体表が多少焼け焦げて破損した程度で、大きなダメージには達していない。

 それに、破損した傍から細胞分裂を行い破損部位を修復させている。


『仕方ないッ!』


 モルガナの前に割り込んだネメシスが重力場を発生させて一瞬にして圧壊させる。

 だがそれを切っ掛けに、他のインベーダーまでも襲い掛かってきた。

 ある者は古代魚のような姿をしていた。ある者は巨大なイカのようであった。

 ある者は甲殻類のような姿をしていた。ある者はトカゲのような姿をしていた。


「ずいぶんと不気味な水族館だなここは!」


 と、アッシュは襲い掛かってくるインベーダーの姿を見てジョーク混じりの言葉で自分を振る立たせながら操縦桿を握りしめる。

 出し惜しみなんてしていられない。ハイペリオンは両手で抱えたGプレッシャーライフルを構えてその引鉄を引いた。

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