第104話 楔

 希望の兆しは、たった一瞬瞬いただけの閃光を切っ掛けに、絶望の光景へと変わった。

 たった1機の標的を倒すために直前まで敵対していた相手と手を組み立ち向かう。

 そんな光景が、今はただ根本から焼き斬られた鋼鉄の四肢が転がり、最大戦力であったソードフィッシュは艦首部分から基地の地上施設へと突っ込んで沈黙している。


 沈黙した戦場。

 その中心に佇む巨体が、沈黙したソードフィッシュめがけて歩き出す。

 両肩のビーム砲を展開し、追撃を行おうとしている。


『カトンボ風情が、やるじゃねえかよ』


 墜落の衝撃で頭を打ったせいか、ぼんやりとした視界のの中でもわかるくらいコンソールに無数の警告表示がされている。

 そんな状態のソードフィッシュのブリッジに、巨大な機体のパイロットの声がこだまする。


「ったぁ……」


 視界が戻ってくるが、額のあたりがやけに痛くて熱くて、何か生暖かいものが鼻筋を沿うように流れている。

 それが何かは――考える必要もない。

 ただ顔を伝うその不快な感覚を腕でこすって拭い、今できる事を探す。


「シールドは駄目。エンジンも再起動に時間がかかる。レーザー機銃は……駄目だ、本体がイカれてる」


 こうしている間にもビームの集束が始まり、刻一刻とタイムリミットが迫る。


「ミサイルは――生きてる! アンチビームミサイルセット。即時に投射!!」


 後部のミサイルハッチを開放し、爆雷用のミサイルを発射する。

 滅多に使うことはないだろうと思ってはいたが、念のため少量であるが搭載していたことが功を奏した。

 実際、ミサイルが爆発するのとほぼ同じタイミングでビームが放たれ、ミサイルの中から散布された微小の粒子がビームを吸収・拡散させることで威力を大幅に減少させ、かつ連続して複数個を投入することでほぼ無力化。

 完全に殺しきれなかったビームも、艦の装甲にあらかじめ施されている最低限の対ビームコーティングで受けきれる程度にまで減衰している。


 が、これも長くは続かない。

 粒子が大気中を漂っていられる時間などたかが知れている。その時間が過ぎれば、再びビーム砲のいい的である。


『いいねえ。気に入った! けどまあ、オレのために死んどけや!!』


 タイラント・インペラトルが駆け出し、両手を組んでブリッジめがけて振り下ろそうとする。

 が、それを後方から放たれたビームが妨害する。


『あぁッ!?』

「あれは……アロンダイト?」


 その機体は、紛れもなくアロンダイト。天井をビームで破壊された格納庫から飛び出し、援護の一撃を放つとそのままタイラント・インペラトルの出てきた大穴めがけて降下していく機体。

 何が起きたのか、とタイラント・インペラトルのパイロットは困惑したような様子を見せたが、そのわずかな時間がマコを救う。


「エンジン再起動。フルスロットル!!」


 一度地に伏したソードフィッシュであるが、再び空へと舞い上がる。

 ただ、さすがにバックする訳にもいかず、突っ込んだ施設を破壊しつつ前進するような恰好にはなったが。


『逃がすか!』


 再びビットが迫る。

 さっきもらった直撃は致命傷ではなかったものの、次もそんな都合のいいところに当たってくれるとは思えない。

 だから、上昇して加速する――とみせかけて逆噴射。

 追ってきたビットが真横を通り過ぎようとしている。


「レーザー機銃!」

『警告。砲口が塞がっている為危険です』

「レーザー発振するだけなら砲口関係ないだろッ! 早く!!」


 システムの警告を無視して、レーザー機銃を起動させる。

 レーザー機銃の銃身は、発振されたレーザーを発射する方向を制御するためのもの。なので、その銃身がなくともレーザーは撃てる。

 が、そういった形式のものは発振装置のみでは指向性を持たすことができない為、四方八方に無作為にレーザーを放つことになる。

 それでも、横を通り過ぎようとするビットを撃つにはそれでいい。

 役に立たない銃身を焼き払いながら、拡散する光がいくつも放たれる。

 流石にビットにも命中するが、直撃しているのにレーザーが貫通しない。


「どうなってんのアレ!? こういうとき、シルルがいれば……!」


 単純に拡散するように発射されたレーザーの出力が弱い、というのもあるだろうがそれにしても何度も命中して無傷というのはおかしい。

 マコが口にしたように、この場にシルルがいればその原因などもわかったのかもしれないが――ないものねだりをしても仕方ない。

 後ろ向きに急降下していくソードフィッシュだが、降下しながら艦首部のブレードを展開。地面に対しほぼ90度傾いた姿勢になりながら大きく艦種を振って、タイラント・インペラトルに斬りかかる。


『ウッソだろ!? おもしろすぎるだろソレ!!』


 繋がりっぱなしの通信から、相手側の興奮した声が聞こえてくる。

 言ってみれば、200メートルオーバーの特大ブレード。本体の質量はもちろん、それが宇宙最速級の駆逐艦の全速力で振り回されればその威力はとんでもない攻撃力となる。

 当然、そんな攻撃を受けるなんてことは誰だって避けようとする。


 タイラント・インペラトルは軽く跳びあがると、スラスターを噴射させて一気に後退する。

 見てからの回避では到底間に合わない。

 ソードフィッシュが攻撃する姿勢に移った時点で、回避行動は始まっていた。

 それでも、巨大な刃の切っ先が胸部装甲に刺さり、撥ね上げられた装甲が宙を舞う。

 が、それだけだ。

 装甲が無くなったとしても、その奥にあるコクピットハッチの積層装甲が露出しただけ。

 これで決まっていれば、それでよかったが――あいにくと現実はそう甘くはない。


重力制御機構グラビコンに異常』

「なんとか姿勢復元だけはしろ!」


 ブレードを振り抜いた遠心力に振り回されるように、くるくると回りながらソードフィッシュは再び墜落する。


「イナーシャルキャンセラーッ!」


 慣性緩和装置による減速により墜落の衝撃を緩和するが、それでも艦そのものに深刻なダメージが発生してしまう。


「各オートマトン、脱出準備。ソードフィッシュは放棄する」


 脱出を決意し、ブリッジを離れようとするマコ。

 が、今度こそ完全に行動不能になったソードフィッシュに、タイラント・インペラトルが迫る。


『聞こえてんだろ、そこのカトンボ』

「ちぃっ……」

『てめえ等のせいでオレの仕事がパァだ。パァ』


 繋がりっぱなしの通信。イラついた女の声が、ブリッジに響く。

 ゆっくりと近づく巨人の足音。

 タイラント・インペラトルはソードフィッシュに近づきながら、両肩のアーマーをパージする。

 パージされたアーマーはスラスターを噴射して変形。左右共に同型のソリッドトルーパーに変形する。


『どうせもう動けねえんだろ? だからそこでおとなしくしてろ。オレは……新しく湧いたカトンボを撃ち落とす』


 かろうじてレーダーが動いている。

 それを見れば、近づいてきている機影がいくつか見える。

 大きさからして、フレスベルク級攻撃空母の編隊で間違いはない。

 それに向かってタイラント・インペラトルは両手を向ける。


 直後。その手首からビームが放たれ――る前に、センサーが新しい反応を検知する。


 それは勿論、タイラント・インペラトルも同様。

 攻撃を中断し、その反応が現れた方向へと視線を向ける。


「これは……」


 地下から飛び出してくる機体。

 姿を見せていないにも関わらず、高いエネルギーを発する機体。

 そんなことをできる機体が、クーシー基地にはいない。

 できるとすれば――勿論、1機しかいない。


『あの機体かッ!!』


 タイラント・インペラトルが出現した大穴から飛び出してくる機体。

 その機体――アロンダイトは姿を現すなり、地下にいても反応を検知できるほどのエネルギーをチャージしたビームライフルを巨体めがけて放った。

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