第95話 嫌がらせ
アニマはドラウで使った人型に憑依し、マコを探す。
後始末の準備、と言われたので手当てができるようなものを手あたり次第医務室から持ってきて、それ用の技術を持っているオートマトンの協力も取り付けた。
が、肝心のマコが見つからない。
格納庫にいたと思ったのに、素手に移動してしまっている。
『いったいどこへ……』
オートマトンへ視線を落とし、光通信でやり取りを行う。
内容は、当然マコの行方。
それを受信したオートマトンは自身等のネットワークを通じて他のオートマトンに連絡し、艦内の情報を取得する。
と、すぐに反応があり、光通信でアニマへと伝えられる。
『え、独房? なんでそんなところに』
ともかく、移動したのならばそちらに向かうだけである。
医療技術をもったオートマトンと物資を抱えると足裏のローラーを回転させ、艦内を高速移動する。
ほぼほぼ速度を落とすことなく角を曲がり、独房のほうへと向かう。
『マコさん、なに、を?』
「ん? 拷問のなりそこないみたいなのかな? あと、そこの傷の手当よろしく」
扉を開いた途端飛び込んできた光景に、アニマは言葉を詰まらせる。
パイロットスーツのまま気を失ってベッドに寝かされたミーナ。
その身体はベルトでがっちりと固定され、身動きを取れないようにされている。
さらには、首の角度すら動かせないようにがっちりと固定され、顔の上には――点滴の薬液が入った袋が吊るされていた。
その光景が理解できず、アニマは沈黙する。
一方、連れてきていたオートマトンは早速マコがマイナスドライバーを突き刺した痕の処置を始めている。
『あ、えっと、それ、なんですか?』
「さっきも言った通り拷問のなりそこない。今用意したヤツじゃ不快なだけかな」
『いや、なんで拷問?! ていうかこれのどこが?!』
「ああ、ちょっと待った。拷問って言うと、直接身体を攻撃するようなものばかりだと思われてるみたいだけど、実際は違うんだよ」
『……で、なんで点滴セットが?』
「それはね、これが一定時間ごとに微量の液体を垂らし続けることができるからさ」
と、落ちる液量とそのペースを調整し、ミーナの額に垂れるような位置に置く。
水滴が袋から落ちてくる間隔はおよそ30分に1回。
そのペースなら半日程度といったところの量が袋には入っている。
「知ってる? 人間って、こうしていると寝られなくなるんだよ」
「ぎゃああああああ!!」
あえてオートマトンが処置を行っている傷口を軽くつねってミーナを痛みで無理やり覚醒させる。
作業の邪魔をされたオートマトンはポーズで怒りをあらわにし、それにマコは軽く謝罪をした。
「な、何……」
「ミーナさん。水責めって知ってる?」
「水責め……? 一体、何を」
「解りやすいのは窒息の恐怖を与える方法。頭の回りを容器で囲って水を入れるとか、密室に閉じ込めて部屋に水を流し込むとかね。あとは無理やり飲ませる、とかね。でもそれって下手をすれば死ぬわけじゃない? だからアタシはより比較的安全かつ確実に相手を追い詰める手段を取るのよ。それが、これ」
ぽたり、とミーナの額にわずかな水滴が落ちる。
「これね、窒息する可能性はゼロ。もちろん、これ以上危害を加えることはない。けど……数日もこの状態が続くとどうなると思う?」
『……精神状態が不安定になる?』
「アニマ正解。原理はアタシも知らないんだけどね、ただひたすらに延々と水が垂れてくると、いずれは発狂する」
「……」
どうやら、先ほどドライバーで刺された事のほうが強烈に記憶に焼き付いていて、こちらのほうがまだマシだと思っているような様子を見せるミーナ。
実際マシなのだが。
「まあ今回はお試し。ただひたすらに不快なだけで、耐えきれると思うよ」
『……それ、やる意味あります?』
「うん? 嫌がらせと趣味以上の意味あると思う?」
アニマは呆れて何も言えなくなった。
一応、本気でやるつもりならばやるぞ、という脅し程度にはなるかもしれないが――正直、やる意味がまったくわからなかった。
それこそ、マコ自身が語ったように趣味だと言われたら、そうなんだろうと納得するしかない程度には、アニマには理解できない行動である。
何やら釈然としない、と考えているうちにオートマトンが傷の処置を終え、マコが独房を出る。当然、アニマもその後を追って独房に施錠を施した。
その間、何かミーナがわめいていたが、それを聞かないふりをした。
◆
ミーナを捕まえ、独房に放り込んでから一夜明け、ブリッジでは何食わぬ顔でブリッジの操舵席に腰かけたマコが情報の整理を行っていた。
『あの、マコさん。やはりやりすぎでは?』
「大丈夫。確かに水責めのやり方ではあるけど、あのまま放置したって半日もすりゃ全部出し切るから大した効果はないよ。もうそろそろなくなってる頃だろうし」
『だったら、今すぐにでも――』
「でもね。相手が蛇に関わってるとなると、生半可な方法じゃ口を割らない。だから、徹底的にやるんだよ。効果がなくたって、脅しとしては有効さ。しゃべらないなら、本気のをやる、ってね」
それはそうかもしれないが、やり方があまり気に入らない、とアニマは露骨に嫌悪感を示す。
マコもそれを理解しているのか、特に気にした様子もない。
「あ」
『なんですか』
「ベルには点滴セットをあんなことに使ったってこと黙っててね。多分ブチ切れられる」
『……まあ、でしょうね』
医療器具を拷問(効果薄)に使いました、とキャリバーン号の医務室を預かっているベルに伝えれば、そりゃあ即座に怒りが頂点に達するだろう。
『それで、現状どのくらいの情報を聞き出せたんですか?』
「成果ゼロ。だから別のアプローチを考えてる」
マコは自身の携帯端末に転送されてくるアケオロス基地の地下施設の調査結果を閲覧し、何か手がかりになりそうな情報がないかと報告書の単語1つすら見落とさないように何度も目を通す。
『……あの、ちょっといいですか?』
「何?」
『この建造物、おかしくありません?』
「おかしいって、なに、が――」
改めて調査報告を確認する。
マコ達がいた時よりも調査は進み、より深い場所まで調査が進んでいる。
「現在の調査深度――30キロメートルオーバー?!」
冗談でスペースコロニーが縦になって入っているなんて言っていたマコであるが、すでにシリンダー型コロニーの大きさに匹敵する規模の人工物が地面に埋まっていることが、現時点までの調査で判明している。
『そんな巨大建造物、今の人類に造れますか?』
「……」
無理、とは言い切れない。科学は常に進歩し続け、採掘技術も進歩し続けている。
だが、技術的に可能なのと、実現可能なのは別の話。
直系6キロメートルオーバーの縦穴を垂直に30キロメートル以上採掘するなんて真似どうやってそんな装置を用意する。
加えて、この30キロメートルの間、一切直径が変わらない。
ここまでくると困難ではなく不可能だ。
「ここまでの科学技術をアルヴは持っていたということ……? 違う。そんなわけがない」
これほどの巨大地下建造物、いちいち造ったとは考えにくい。
そもそも、必要な設備を用意するだけならば30キロも掘る必要はないし、わざわざ円柱形に掘り進む必要もない。
「初めから、存在していた?」
直後、新しい調査報告が届く。
そこに添付されていた画像に、マコとアニマは驚愕する。
見覚えのある紋様と様式の絵。惑星レイスから離れる前に見た、始祖種族が遺したと思われる壁画に酷似している。
というより、それにしか見えない。
『つまり、あの基地は――』
「奴等にとっては奪われたくない場所だったろうね。それをあの基地の連中が知っていたかどうかはわからないけど――いや、待てよ。なんで特殊部隊の人間がいて、この地下施設の事を知らないんだ」
『特殊部隊だから、じゃないですか?』
「あー」
自分の身分を明かせないから、その重要性を伝える事もできなかった、と。
「いや、だとしても基地の責任者とかは知ってないとおかしいって。第一、地下施設も使ってるんだしさ」
『確かにそうですけど……』
「革命軍にあの地下施設を運用する必要があるほどの戦力はない。それに――」
『仮に見つかっても、その価値を理解される可能性は低い、と』
「だから奪われても問題はなかった。仮に奪われても他の戦力で奪い返せる、か――待てよ。他の戦力……拙い!」
口にして初めて気づいた。
アケオロス基地は確かに攻めづらい立地の基地であるが、何も無敵というわけではない。
加えて、政府軍――いや、その後ろにいる連中にとって重要なのは基地の設備ではなくその地下の縦穴と、そこの記されている始祖種族の壁画である。
つまり、あちらからすれば自分達の管理下に戻すだけならば、地上施設を全て破壊しつくしてしまえばいい。
「アニマ!! 通信機!!」
『はいッ!』
「緊急通達。ただちに総員地下施設に避難せよ!」
気付くのが遅かった、とマコは苦虫を嚙み潰す。
基地が制圧されたことを知るには、一晩あれば十分。そこから即座に攻撃部隊を編成して飛んでくるのには、そう時間がかからない。
「エンジン起動。侵攻ルートの選定開始!」
『基地制圧から現時刻までの間に攻撃可能な基地数は20。うち、現実的なものは5』
「80パーセントで外れる賭けか……分が悪いなんてもんじゃないなあッ!」
そう吐き捨てるように言いながら、マコはソードフィッシュを離陸させた。
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