第102話 女の顔
女王を取り逃がしてしまったミーナであるが、彼女には女王が逃げる場所に心当たりがあった。
より正確には、直前に知った。
それは、ガバガバな作戦をたてる前にソードフィッシュで見たクーシー基地の見取り図。
なぜそんな機密情報をマコ達が持っているのか、という疑問はさておき。その見取り図によればどうも用途不明の区画が存在する。
図面によれば、そこは貯水槽とされているが、それが地下深い場所にある。
が、しかし。そこへ繋がる通路が見当たらない。
水をためておく場所なのに、そこを整備するための通路がない、というのは不自然である。
だから、そこに何かがある。
だからこそ、そこへのルートを探そうと女王の私室を漁っていたところで、強烈な振動と共に起きた停電。
予定通り、アロンダイトのビームライフルによる発電装置の破壊が行われた合図である。
すぐこの部屋は予備電源が入り、本来の照明と比べて光量の落ちる照明に部屋が照らされる。
と、同時に隠し通路の扉が開く。
誤作動、だろうかと訝しむミーナであるが、それが閉じようとしたので慌てて足で押して抵抗する。
『ミーナさん!』
と、固く閉じられた扉を蹴破って部屋に入ってきたアニマがミーナを確認し、閉じかけてきた隠し通路の扉を掴んで折り曲げる。
これで仮に閉じたとしても隙間ができ、どうにでもなる。
『この部屋は電気が通っているんですか? リフトのあったエリアは完全に停電していましたけど』
「ここは本体と切り離された予備電源が用意されているか、たまたまここには電源が届いたのか。とにかく、これで奴等を追える」
『行くんですか?』
「勿論」
言う成り、ミーナは通路をこじ開けてそこへと飛び込んだ。
それを見届けてからアニマも続いた。
◆
女王エル・アルヴは滑り台のようになった退避用通路を抜け、自分専用に用意した脱出用の機体格納庫へ向かう。
ただし、航空機ではない。そこにあるのはソリッドトルーパー。ただし、通常のそれよりも大きい。
尤も。その姿は電源供給が止められた結果、現在位置からはその全貌は確認できないのだが。
「機体の準備はどうか」
「問題ありません。制御装置の同期も順調です」
「そうか。ならば、出るぞ」
「あなたがですか? しかし、あの機体は……」
「問題ない。使い方は知っている」
そう言ってエル・アルヴは笑みを浮かべる。
が、その笑みは見たものを怯えさせるには十分な凶悪なものであった。
ひっ、という短い悲鳴を上げた機体の整備主任は脂汗を浮かばせながら、エル・アルヴを機体へと案内しはじめる。
「エル・アルヴ!!」
その声に、エル・アルヴは不敵に笑いながら一瞥する。
◆
「エル・アルヴ!!」
眼前にある女王の背中めがけて、ミーナが叫ぶ。
隠し通路を抜けてすぐに駆け出し、黒曜石ナイフを投げつける。
投げられたナイフを、エル・アルヴは笑みを浮かべて振り返りながらやや長い袖で払った。
「ミーナ・アレイン。どうやってここに入ってきた? いや、聞く間でもないか」
ミーナの後ろからメイド服姿の女が近づいてきて、エル・アルヴも察する。
「なるほどな。その女は記憶にないな。そもそも、お前は人間か?」
『ええ。中身は人間ですよ』
メイド服の女――アニマが右手を突き出す。
『抵抗をやめて投降してください』
「はっはっは! 投降だと? 冗談にしても程度が低い」
瞬間、アニマの指先から弾丸が1発放たれ、それがエル・アルヴの頬を掠めた。
『次は当てます』
「……んだ」
「陛下?」
弾丸が掠めた頬に触れてわなわなと震えるエル・アルヴに整備主任が恐る恐る近づく。
「何してくれてんだてめぇぇぇ!?」
が、そんな整備主任を突き飛ばし、エル・アルヴは銃を取り出してマガジン1つを使い切るまで引鉄を引き続けた。
狙いなど一切つけていない攻撃であるが、万が一のこともある、とアニマがミーナの前に立ち迎え撃つ。
ほとんどの弾丸は避ける必要もないような、明後日の方向へと飛んでいったが、2発ほど直撃コースのものがあったのを、アニマは払って防ぐ。
「オレの顔に傷がついたらどうするつもりだぁ?! あぁッ!?」
突然の豹変に、アニマとミーナだけでなく、整備主任すら驚いた顔をしてエル・アルヴを見ている。
と、エル・アルヴの顔に異変が起き始める。
銃弾が掠めた痕から
着ていた衣服はそのままに。生身の部分が黒いスーツに変わっていく。
「あー、クソが。銃弾が掠めた程度でぶっ壊れやがるのかこいつは」
叫んだことで頭が冷えたのか、ひび割れてすでに意味のなくなったヘルメットを乱暴に剥ぎ取って投げ捨てる。
そのヘルメットの下にある顔は、先ほどのエル・アルヴとは性別以外の共通点がない全くの別人であった。
「誰だ、お前は……」
「いい質問だぁ、ミーナ・アレイン。だが名乗ってやる必要性を感じねえ」
『……ウロボロスネスト』
アニマがそう口にした瞬間、女王に成り代わっていた女の表情が変わる。
「お前、どこでその名前を?」
『なるほど。どうやらボク達の推論は根本から間違っていたようで』
「待って、アニマさん。どういうことです?」
『至極単純な話です。ボク達は女王そのものがウロボロスネストの協力者かその構成員だと思ってアルヴへとやってきた。けど、その前提が間違っていた、という話です』
「それはつまり――」
「このオレ、ナイア様が本物の女王と入れ替わってたって事さ。っと、そういう場合じゃあねえな」
アニマ達に背を向けて走り出そうとするナイアと名乗った女。
その背に向けてアニマはマシンキャノンを発砲する。
「っと、あぶねえな!」
「なっ、え、があっ――」
近くにいた整備主任の男の首根っこを掴んで放り投げ、自身とアニマの間に割り込ませる。
当然、放たれた弾丸はすべて男に命中し、対人用としては高い威力を持つそれを受けて瞬く間に男の身体が血と肉に変えられていく。
同時に、男の身体が視界を塞いでいる間にナイアは逃走する。
――否。断じて否。
明らかに通路とは違う質感の足音が響き、モーターの駆動音が聞こえる。
『何か、いる……?』
遠く暗闇の中に灯る光。そして激しくなる駆動音。
センサーを切り替え、アニマは慌てて後退。困惑した様子のミーナを抱えて一気に下がる。
「どうしたんですか、アニマさん」
『……ソリッドトルーパーです』
「え?」
瞬間。まばゆい光が2人の視界を塞ぐ。アニマはともかく、薄暗い中で強烈な閃光を目に浴びたことで視界が塞がれている。
先に回復したアニマが見た光景は、太陽の光が差し込む中にたたずむ巨大な機体の姿。
『これがタイラント・インペラトル! やる事はやった以上、この
異様に張り出した両肩と背中。タイラント・レックスと同等の大きさを持つそれが、全身の推進器を全開にして地上向けて飛んでいく。
『マコさん、ヤバいのが地下から上がります! グランパは、ボク達の回収を!』
◆
クーシー基地の地下から、再び閃光の柱が空へと延びる。
だがそれは先のものと違い、2つ同時に延びていき、それが通った跡には何も残らず、巨大な縦穴が生み出される。
あまりの光景に、バッシャーマの動きが止まり、空からレーザーの雨を降らせていたソードフィッシュすら攻撃をやめる。
ほどなくして、縦穴に反響する轟音を響かせながら、巨体が地下から上がってくる。
その名は、タイラント・インペラトル。
大きく張り出した背中と両肩を持つ、異形の巨大ソリッドトルーパーである。
そのコクピットで、ナイアは口元を大きく釣り上げて笑う。
肩をゆすらせ、声を殺して笑う。
が、その笑みはすぐに消える事になる。
「あ?」
何故、地上の部隊が全員こちらを向いている。
何故、銃を向けるのか。
何故、引鉄を引くのか。
ナイアが施行している間に放たれた銃弾はタイラント・インペラトルに殺到し、コクピットを激しく揺らした。
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