第165話 半球崩壊

 マルミアドワーズに突き刺さったエクスキャリバーンが後退する。

 大打撃を受け、バランサーが壊れたのか、墜落していくマルミアドワーズは、もう行動不能だとみていい。

 それを遠目でみていたカムランとヴィヴィアンが戦闘を中断して合流。

 コントロールユニットとなる本体をカムランが抱え、ヴィヴィアンにおぶらせる。


「大損失だね。とはいえ――時間は稼げた。撤退するよ」

「しかし、お嬢……」

「これいじょうは、むり。このくうかんは、もうもたない」

「ああ、なるほど。そりゃああれだけドンパチ撃ちまくったらなあ」


 シェイフーは下半身のない機体の両腕をしっかりとヴィヴィアンにしがみつかせて身体を固定する。


「待て、アリア!」

「アッシュ。時間切れだ。この空間はもうじき崩壊する」

「まだ決着は……」

「ついたさ。痛み分けだ。こちらは1人殺され、ルキウスは大破。マルミアドワーズは戦闘用ユニットを使用不能。弾薬も相当数使った」


 対して、『燃える灰』は人的被害は出ていないが、フロレントとアロンダイトの損失。

 受けた被害からすれば、たった2機の損失で敵1機、タイラント系の機体1機、戦艦を1機と考えれば、相当な戦果ではあるが――それでも、痛み分けだ。


「お前、手を抜いてただろ……」

「……じゃあね、アッシュ。今度はもっとじっくり、ゆっくり話をしようじゃあないか」


 3機の頭上の空間が歪む。それは、ハイパースペースに通じる穴であることは、誰の目にも明らかであった。


「逃げるなッ!!」


 クラレントがハンドビームガンを構えて引鉄を引く。が、ビームが出ない。

 エネルギー切れではない。激しい戦闘の結果、放出するための粒子を使い切り、チャージが間に合っていないのだ。


「チィッ」


 ならば、とビームソードを展開し急接近して斬りかかろうとするアッシュ。

 しかし、それをモルガナに止められる。


「離せ、シルル!」

「バカを言うんじゃない! あそこに突っ込んでどうなる!! 遭難する気か!!」

「くそっ……!」

「それに、さっき奴等の通信を傍受した。――いや、、か。ともかく、それによるとこの空間はもうすぐ崩壊するらしい。アニマはともかく、ベルは回収しないと拙い」

「そうだ。そのベルは!?」

「あそこだ」


 空間の中心にある人工物。ウロボロスネストが出てきたそこへ入っていったベル。

 彼女はまだ、戻ってきていない上、シューターとの通信も途絶している。


「悪いが、モルガナは帰艦する。その意味、解るよね」

「ああ……」


 呼吸可能な空間が広がっていて、自然の光と大差ない明るさの空間であるから忘れそうになるが、今いるのは深海である。

 それも、人類未踏のはずだった、水深10000メートルよりも深い場所。当然、それだけの深度で発生する水圧は、この場にあるあらゆる物体を容易に押しつぶす。

 それを回避できるのは、この場では重力制御機構グラビコンによる重力場生成により水そのものを押しとどめる事のできるエクスキャリバーンとクラレントのみだ。

 しかも、一度重力場を展開すれば、安全圏まで浮上するまでは解除できず、その場合はクラレントの出力で耐えきれるかもわからない。


 視線を、もう一度上に向けるアッシュ。

 すでにそこには3機の姿はなく、この場に残されたのは自分達だけであると知る。


「……逃した獲物は大きすぎたな」


 そう呟き、クラレントを最大速度で空間の中央へと飛んでいく。


「ベル! アニマでもいい! 応答しろ!!」


 近づきながらも呼びかける。

 シューターにも通信装置はついている。アニマがシューターに憑依しているのならば、それに気付かない訳がない。

 つまり、あの建造物の中は通信ができないということだ。

 嫌な予感がしている。

 アッシュの頭から離れない、アリアの――いや、ウロボロスネストのアルビオンの言葉から感じた冷たさ。

 まるでアッシュ自身以外には興味はなく、むしろ排除したがっているとも感じられた口調。

 なのに、もうすぐこの空間が崩壊するという事を知らせてきた。

 それが意味することを考える。

 考えて、考えて、最悪の結果を想定して行動する。


 ――それは、ギリギリのタイミングで教えた可能性。


 アッシュが脱出するのには十分な時間。

 だが、別行動をとった仲間を助けにいくとなれば、間に合わないかもしれないというギリギリの時間。

 普通の人間なら、自分の命を最優先に考える。

 それが普通。普通の事。誰だって死は遠ざけておきたいものだと考える。それがいつか必ず訪れる運命であるとしても。

 最前線で命のやり取りをする兵士とて、自分の命を守りながら戦っている。守るために、戦うのだ。

 一方で。時にして人はそういった、所謂本能的な行動とは真逆の行動をとることがある。

 往々にしてそういう場合は基本的に突発的に起きるもので、それはその場の空気がそうさせたり、一時的な高揚感がそういう風に身体を突き動かしての事。一種の英雄的衝動、とでもいうべきものだろう。そういう行動ができる者が、歴史上何人も現れている。

 が、そういった英雄的衝動に突き動かされずとも、自分の命を捨てて行動できる人間も存在する。

 その実例が、まさにアッシュ・ルークという男である。


 速度を落とすことなく、建造物へと突入するクラレント。

 流石に内部に入ってからは制動をかけて静止。周囲を確認してそれをメモリーに記録する。


「やはり、遺跡か……」


 タイラント系の機体が中に入れるほどの大きさがある遺跡。

 眼下には螺旋状に続く階段。

 ベルたちはここを降りて行ったのだろう、と察して機体を進ませる。

 横幅はクラレントくらいならなんとかギリギリ通れる程度。すれ違うのは無理だ。

 一気に階段を下っていくクラレント。

 速度はほぼ最大速度。

 時折壁面に激突し、削りながら進んでいくと――接近警報が鳴り、急制動をかけた。

 それは、相手も同じであり、真正面からベルの乗ったシューターが駆けあがってきていた。


「ベル!! 通信は?!」

「すいません。この遺跡そのものそういうものを遮断するみたいで……それより、奥には――」

「いいから、乗れ!」

「ちょっと待ってくれアッシュくん! すでに僕がここにいるのだけれど!?」

「あと1人くらい入る! それに、機体の制御はアニマがやりゃいい!」

『了解です。シューターのデータをそちらに転送します』


 コクピットハッチを開き、アッシュとメグが無理やり座っている状態のコクピットに、ベルの顔がひきつる。

 ここに入るのか、と。


「時間がない。我慢してくれ」

「ああ。僕も聞いた。この空間が崩壊するらしい」

「なら、仕方ないですね」


 ソリッドトルーパーのコクピットに3人。

 完全に定員オーバーであり、そこまでになると身動きなど一切とれず、操縦は不可能になる。

 が、ここにはアストラル体であるアニマがいる。

 彼女がクラレントに憑依することで、クラレントは行動を開始。

 重力場を形成したまま、一気に上昇。迫る天井などお構いなしにぶち破りながら最短距離で脱出を目指す。


「きゃっ!? 誰ですか今わたしの胸触ったの!」

「僕じゃないよ! ていうか、僕も股間触られてるんだけど?!」

「え、膝にあたってるのこれもしかしてメグさんの……」

「ちょ、やめろ! 変に動くなベル!」

「えっ!? アッシュさん!?」

『緊張感なさ過ぎでしょ!!』


 クラレントが建造物――改め、遺跡から脱出した直後。空がひび割れ始める。

 重力場だけでなく、何らかのシールドで守られていた空間が壊れ始めているのだ。

 と、エクスキャリバーンがクラレントを発見し、回頭。

 クラレントも解放された着艦用のデッキへと滑り込んで帰艦する。


「マリー!!」

「解ってます!!」


 その後はもう、最大出力でシールドと重力場を形成。

 可能な限り加速し、空間の壁をぶち抜いての脱出である。

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