第197話 自爆

 その瞬間は、果てしなく長いものであった。

 ヘルメットどころか宇宙服スーツすら着ていなかったシェイフーにとって、コクピットハッチを切り裂かれたということはすなわち、死である。

 コクピット内の空気は一気に外へと流れていく。

 身体もシートベルトをしていなければそのまま放り出されてしまいそうで。


 ――そんなことはどうでもいい。


 思わずにやけてしまいそうになる。

 最初から、彼はこの戦いを生きて帰るつもりなどなかった。

 それは命じられたからではない。そうすることが最も効率的であり、自分がいないほうが後々にとっては都合が良いと自分で考えたからだ。


 ――我は、どうやっても引鉄から指を外せぬのだ。


 シェイフーという男は、銃声に魅入られた。

 それが齎す悲鳴を、破壊を、危険を愛した。一種の戦闘狂といえばそうなのかもしれない。

 戦時であれば、そういう人間は生きていく術があり、生きていける環境がある。

 が、それらすべてが無くなった後は?

 戦いのない世界があるとするならば?

 その世界に、そういう異常者の居場所はない。

 平和な世界において異物になりうるシェイフーという存在は、真の意味で平和な世界を望む彼女のそばにいるべきではない。

 そう、彼自身は考えた。


 ――ああ、そうだ。我は、いつか消えるべきであった。それが、今この時だったというだけの話だ。


 だから、ここで。空気が無くなって言葉が出せなくなる前に。


「まとめてくたばれ」


 そう口に出し、コンソールめがけて拳を振り下ろした。



 ハイペリオンとアストレア。その2機の銃が閃光を放つたびにレジーナの目に届く合図。その指示に従って、行動を起こすレジーナ。

 飛んでくる味方の攻撃の合間を縫ってマルミアドワーズの制御ユニット――正確には本体になるソリッドトルーパーに接近。コクピットのある胸部に腕を変化させた刃の一閃をお見舞いしたが、裂いた装甲の隙間から見えた男の顔に、レジーナは一瞬思考が止まる。

 何せ宇宙戦であるというのに、男は宇宙服を着ていなかったのだ。

 生身で、そこに座っていた。

 宇宙空間での活動において、戦闘以外の何らかの原因で装甲が破損しコクピット内の酸素が流出するのは珍しい事ではない。

 安全性の事を考えれば、生身でソリッドトルーパーに乗るというのは、レジーナからすれば、命を捨てているとしか思えない愚行。

 だが、その直後に彼が言ったのだ。


「まとめてくたばれ」


 流出し、人間の言葉が聞き取れなくなる前に。そう口にし、右手を振り上げた。

 その瞬間。レジーナは本能的な恐怖を感じて一気に後退する。

 自分に出来うる最大速度で。身体が軋む音を感じながら、それでもまだ足りないと速度を求める。

 そんな様子を見た出撃中のハイペリオン・アストレア・モルガナの3機も後退を始める。


「レジーナ、何を感じた」

『わからない。けど、とにかく危険な感じが……』

「彼女の直感はバカにならない。念のため、エクスキャリバーンに先に戻っている」


 モルガナがレジーナを抱きかかえ、空間跳躍を行う。

 エーテルマシンとしての側面を持つモルガナだからこそできる、エネルギーを大量消費することで行うそれにより、エクスキャリバーンのすぐそばにに移動。そのまモルガナは着艦する。

 それと時をほぼ同じくして、マルミアドワーズの機体が内側から膨張していく。

 自爆か、とも考えたアッシュとベルであるが――それにしては時間がかかりすぎている。

 その答えは――各機のセンサーが訴えてきた。


「プラズマクラウドの反応だと!?」

「まさか、マルミアドワーズが……!?」

「間に合わん。乗れ、ベル!」


 変形したハイペリオンがアストレアに近付き、それを背に乗せて加速する。

 その背後では、ついに巨体を内側から突き破ってプラズマクラウドが漏れ始め――あとはもう堰を切ったかのような勢いで、マルミアドワーズの巨体は吹き飛ばされ、大量のプラズマクラウドが拡散していった。

 それは戦場にいたすべてのものを飲み込んでいく。

 艦艇も、ソリッドトルーパーも、それらの残骸ですらも飲み込み、その中でほとばしるプラズマによってすべてを焼き切り、破砕していく。


「無茶苦茶だ!!」


 広がり続けるプラズマクラウドの中で、幾度も爆発が起きる。

 銃火器に残っていた火薬が爆発したか、ソリッドトルーパーの推進剤がそうなったのか。あるいは――艦艇の動力炉が爆発したのか。

 その爆発のたびにプラズマクラウドは拡大していく。


「シルル、拡散予測範囲は!?」

『今、要塞の核パルスエンジンを止め、逆噴射をしている。そういえば、わかるだろう?』

「ちっ。振り落とされるなよ、ベル!」


 アストレアを乗せ、出せる限りの速度でエクスキャリバーンに向かって飛んでいくハイペリオン。

 その前方に空間跳躍用のゲートが開き、迷うことなくそこへ飛びこむ。

 ゲートを抜けた先は、エクスキャリバーンの目と鼻の先で、そのまま開かれたハッチへと変形しながら突っ込んで急減速をかける。

 流石に減速が足りないのか、ハイペリオンの足裏と格納庫の床が擦れて火花が散る。

 その後ろでもアストレアが同じような着艦をしており、ハイペリオンと衝突しそうになるがなんとか回避し、2機とも無事に帰艦する。

 だが、問題は増えた。


「くそっ……後味が悪すぎる」

「ええ。すっきりしませんね」


 戦いには、勝ったのだろう。こちらは無傷で、相手側は文字通りの全滅。

 形だけでみれば確かに、勝ったと言える結果だろう。

 だが――意味が分からない。

 何故ウロボロスネストの機体が介入してきたのか。そして何故、マルミアドワーズは自爆したのか。

 そしてその自爆した跡として残されたプラズマクラウドはなんなのか。

 その答えは、彼等の中にはない。それを知っている者は――プラズマの雲の中に消えた。



 マルミアドワーズの自爆。それに伴うプラズマクラウドの発生は、アルビオンにとっては想定内の出来事であった。

 彼ならばそれくらいはするだろう、という確信もあった。


「ワタシの望みをかなえてくれたんだね、シェイフー」


 ラウンドの衛星工廠で、改造されている自分の機体を見ながらアルビオンは微笑んだ。

 それは散っていったものへの哀悼――というよりも、素直な感謝。

 シェイフーはアルビオンの――アリアというひとりの女の望みをかなえるために死んだ。そのことへの感謝を、微笑みという形で彼女は表現した。

 きっとそれを見たものは、その光景を異様なものだと感じるだろう。

 仲間の死を悼んでいるような様子はなく、むしろ喜んでいるかのように見える彼女の反応は――やはり、異常に映る。

 無論、あえて明るく騒いで送る、という風習があにわけではない。

 だがそれはそれ。大衆は、他人の死を笑う人間は忌避するし、嫌悪感を抱くものだ。


「アルビオン様。シスターズの準備が完了しました」

「そっか。ありがとう。機体のほうは?」

「奴の死と引き換えに稼げた時間があれば、問題ない」

「悪いね。特に、リオンには負担をかけることになるけれど」


 アズラエルの後ろから顔を出したリオンは、無言でサムズアップする。

 問題ない、というアピールだろう。


「本当に、いい仕事をしてくれたよ。シェイフーは」

「……なあ、アルビオン。なんでオレじゃ駄目だったんだ? オレなら、死んでも時間があれば何度だって生き返る。たった1回しか死ねないアイツが、あんなことをする必要はあったのか?」

「ワタシとしては、


 そう、ナイアの質問にはっきりと答えるアルビオン。

 そんな答えを聞いて、ナイアは一瞬殺気を放ち、アズラエルはそれに反応し懐に忍ばせた銃に手を伸ばすが、それをアルビオンは制止する。


「ああ、その殺意は当然さ。けど、本当にワタシには彼を死なせる理由がない。ただワタシは、足止めしてくれと頼んだ。そして、彼は自らの命を捧げてくれた。彼なりに考えた結果だ。それを尊重しようよ」

「……だとしたら、ヤツは馬鹿だ。死ぬならもっと先で死にやがれ」

「……そうだな。その点では、俺もお前に同意する」


 アルビオンは手を天に向けて伸ばす。


「そうだね……本音を言うと、だ。彼とはもう少し、長くつるんでいたかったよ」

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