第124話 悪意ある監視者
PD-01。その名を聞いた途端、それを聞いた者すべてが困惑し、狼狽する。
報告した側であるシルルも例外ではなく、その声色は困惑を隠せず、ひどく慌てた様子であった。
現在の状況は、最後のスペースクルーザーはフロレントに守られてフロンティア号へ収容され、今外に出ている機体はクラレントのフロレントの2機だけ。
これであとは離脱するだけなのだが――。
「PD-01って……」
マリーが尋ねるように呟く。彼女自身はその存在を知らない。
が、周りはそうではない。
「惑星そのものを攻撃するための兵器プラネットデストロイヤー。そのシリーズの中で最も最初期に製造されたPD-01の性質は――」
「――空間置換による惑星の無酸素化だ」
アッシュとシルルによる説明。それを聞いて、マリーは事態の深刻さを理解する。
「そんなことをしたら……!」
「勿論、人間どころか一部の微生物を除く大多数の生命体が死滅する。それ以前に、無酸素の空間と惑星内の空間を入れ替えるということは、その都度無酸素化した空間へ大量の大気が流れ込む。つまり――その都度暴風が発生するってことさ」
淡々とマリーへと説明するシルルであるが、顔には一切の余裕がない。
「フロンティア号。そのまま惑星を離脱できるか?」
『アニマがどれだけやってくれるかが判らない以上、未知数だとしか。しかし、PD-01が起動した場合、惑星離脱どころではなくなるな』
「だろうねえ」
フロンティア号レジーナから返ってきた言葉の通り、空間置換が始まってしまえば、惑星内は暴風吹き荒れ姿勢が安定しない。
たでさえ古い艦艇であるフロンティア号が、いくらアニマの補助があるとはいえ暴風吹き荒れれる状態で姿勢を安定させながら重力を振り切れるだけの速度を得られるとは思えない。
「だとすればとれる選択肢は2つだ」
「さっさと加速して惑星を離脱するか、破壊しに行くか、でしょ」
マコの言葉を頷いて肯定するシルル。
「ちょっと待ってください。宇宙へ上がるのはともかく、どうやって衛星軌道上の目標まで到達するんですか? 素直に加速していったとしてもタイミングがずれれば接触すらできませんよ?」
「だから、近くまで一気に跳ぶんだろ。な、シルル」
「その通りだ。そして、これが一番成功する確率が高い。アッシュ、ベル。機体を艦内に」
シルルの言葉に従い、2機を艦内に収容し、格納庫まで移動して固定する。
「さて。今回はエアリアとは違って、ちゃんとした目標が存在する。その付近に座標を指定して、ワープする」
「え、ちょ……!? そんな無茶な!!」
マコが反論するが、シルルはすでにワープドライブを起動させている。
それを確認するなり、フロンティア号から離れていくキャリバーン号。
下手に接近していると、こちらのワープに巻き込まれる可能性があるからだ。
「さて、はじめようか」
「周辺を巻き込まない場所で起動させろ!!」
と、シルルに当然の非難をするマコ。
「フロンティア号は加速開始。なんとかして残った個体を突破しながら惑星を離脱してくれ」
『了解した』
その通信を最後に、キャリバーン号はハイパースペースに飛び込んでいった。
◆
惑星サンドラッドの衛星軌道上。そこに存在する巨大な球体。
それこそ、PD-01。プラネットデストロイヤーと呼ばれる兵器のうち、最も最初期に製造された惑星攻撃兵器である。
その攻撃手段は、空間置換による惑星の無酸素化。
つまりは、惑星内の空気をそのままどこかの宇宙空間と入れ替えてるというものである。
その機構としては極めて単純であり、現代においてありふれた技術であるワープドライブを、自身だけでなく特定の座標を指定して行えるというものだ。
だが、この兵器の真に恐ろしいポイントは、惑星を無酸素化させることができる、という点にはない。
座標を指定して空間を置換できる、ということにある。
やろうと思えば範囲を指定して地形を削り取る、なんて真似も当然可能だが――今回、そっちの応用的な使い方はできない。させてもらえない。
「あそんで、いい?」
「いいや。だめだよリオン。彼等の出方を見るために、わざわざあんな骨董品を掘り出してきたんだからさ」
衛星軌道上の様子を、離れた位置から監視する機体が2つ。
1つは黒く細身の機体。胴体まで細くした結果、パイロットを乗せるスペースすら失い、結果として腰の周りにまるでスカートのようなコクピットユニットを装備しているソリッドトルーパー。
もう1つは、両腕がないソリッドトルーパー。腕がないことを隠すかのように、背中から連なるバインダーがまるで外套を纏ったような印象を与える機体である。
腕のない機体は、デブリに腰かけ、つまらなそうに足をぷらぷらとさせる。
「やれやれ。おいたをするんじゃないかと思ってたけれど、その通りだったみたいだ」
「でも、なんで、だめ、なの?」
「どれだけやれるのか。それを見るためだからだよ」
そう優しく諭す。
「だからね、ダンタリオン。ワタシの言う事、ちゃんと聞いてくれるよね?」
「わかった。おねえちゃん」
「よし。もうおいたはしないね。ワタシは行くけど、ちゃんとやるんだよ」
「うん」
その返事に納得したようで、細身の機体は空間に穴をあける。
「危なくなったら逃げていいからね」
そう言い残し、自身が生み出したハイパースペースへと飛び込んでこの場を離れる。
残された腕のない機体は、装甲表面に光学迷彩を展開。デブリを蹴っ飛ばしてその姿を宇宙の闇に融け込ませる。
「がんばろう、びびあん」
コクピットで自分専用に調整されたコンソールに手を置く。
通常、操縦桿やフッドペダルといったものや、機体のコンディションを表示するモニターなどが存在するはずなのだが――存在しているのは、いくつかの小さなモニターと、シートを囲むように並んでいるピアノの鍵盤のような入力装置。
一見するとそんな無駄に大規模な装置にも思えるが、このソリッドトルーパーには通常の機体ならば搭載されていて然るべきもの――オペレーションシステムが搭載されていない。
だからこそ、この機体は自由に動く。
人の様な動きができる。自然な動作ができる。
回転するシートに乗り、自身を取り囲む鍵盤を弾く。
踊る様な指の動きで、鼻歌混じりに少女が旋律を奏でる。
その旋律にあわせ、小さなモニターに表示されているPD-01のステータスが変化していく。
「たいしょう、せってい。こうかはんい、せってい。えねるぎー、ちゃーじかいし」
ダン、とやや乱暴に両手を振り下ろす。
それを合図に、遠く離れたPD-01が本格的に起動。惑星サンドラッドの大気と宇宙空間を置換するためのエネルギーチャージを開始する。
コクピットにはPD-01起動までのカウントダウンが始まっている。
小さなモニターに少女が視線を向ける。
「きた」
少女は、それを忌々し気に見つめる。
何故なら、それは彼女にとっては絶対に倒すべき敵。
今すぐにでも攻撃を仕掛けて撃墜してしまいたいほどの敵。
「きゃりばーん。うろぼろすねすとの、てき」
思わず攻撃支持を出すために指が動きそうになる。
が、『おねえちゃん』の言葉を思い出し、踏みとどまる。
「……でも、こっちのなら、いいよね」
なので。少しだけ考えた少女は、PD-01に指示を出す。
「じこぼうえいぷろぐらむ、きどう。たいくうぼうぎょ、ぜんもん、きどう」
PD-01は、結局のところ衛星兵器の一種である。
衛星軌道上に待機し、攻撃を行う。そして、その攻撃を行う間は自前の兵装で接近する敵を迎撃する機能も、当然備わっている。
具体的には、ミサイルとビーム機銃である。
「しずんじゃえ」
人差し指で鍵盤を押す。その瞬間、PD-01の全兵装が起動した。
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