第93話 制圧

 プラズママグナムの一撃によってむき出しになったコクピットから、廃人同然のパイロットを強引に引きずり出すと、タイラント・レックスはただの巨大な鉄の案山子と化し、天を仰ぐような恰好で静止していた。

 マコは自力で動こうとしないパイロットを担いで差し出されたアロンダイトの手に乗ると、アロンダイト――アニマはタイラント・レックスの胸を軽く蹴る。

 当然抵抗する力を持たないそれは力のかかった方向に倒れ込み、その巨体を大地に沈める。


「……各員、状況は」

『管制塔、制圧完了』

『こちら司令室。制圧完了しました』

「死傷者の数は」

『パイロットが2名死亡。制圧部隊も負傷者がいますが、問題なく処置は終わっています』

『基地にいた兵士はすべて降伏。現在拘束して監禁しています』


 2名の使者。たったそれだけの被害での基地制圧。かつその設備のほとんどがそのまま使える状態での制圧。

 これ以上ない成果ではある。だが、それは数字で見た時のこと。


「できれば、誰も死なせたくはなかった」


 それは嘘偽りのない、マコの本心である。

 だがそれは困難であることも理解していた。


「さて、基地のほうはそれでいいとして、だ」


 問題は、地下施設のほうである。

 フレスベルク級攻撃空母なんてものを2つも運用できるのだから、相当に広大な設備がこの地下にはあるのだろう。

 加えて、タイラント・レックスを配備しておけるだけの設備もあり、そのパイロットの状態から見れば、件の薬物に関する情報も得られるかもしれない。


「どうしたものか」


 マコは頭を悩ませる。

 地上の設備は制圧できたが、地下の設備はいまだ手付かず。

 下手をすると地下から押し寄せてきた増援によって再度奪還されるなんてこともあり得る。


「司令室。そこにリフトの昇降ボタンらしきものはないか?」

『流石にそんなものは……』

「だよねー」


 できるだけ設備を壊さず――というか、丸ごと奪うつもりでいるマコとしては、リフトを破壊して地下に降りる、という選択肢は取りたくなかった。


『マコさん、ニクスから連絡が来ました』

「なんて言ってる?」

『拠点を追われた同胞を受け入れ、戦力も少なからず増強された、と』

「……拙いな」


 戦力の増強は嬉しい事だ。だが、増えた人口は即座に別の問題を招く。

 具体的には、生活必需品の不足である。

 拠点を追われた、ということは着の身着のままである可能性が高く、機体を連れてきたのはあくまでも護衛としてで、離脱に必要のなかった物資などは放棄したに違いない。


『あと、周辺の革命軍がアケオロス基地に到着する、と言ってきています』

「遅すぎる! あ、いや。むしろ遅くてこの場合はよかった」


 一応打診はしていたが、周辺の革命軍は本当に正規軍の基地を制圧できるなどと思ってはいなかったようで、様子見を決め込んでいた。

 それはマコも肌で感じていた。どこかから見られているような感覚があるのに、その視線が遠く、まるで近づこうとしてこなかったので、どうせそんなことだろうと思っていたら……案の定、というやつだ。

 とはいえ、初見でタイラント・レックスの攻撃を読み切るのは難しい。

 切っ先が音速を超えるブレードによる一撃。砲弾がアサルトライフルのような間隔で飛んでくるライフル。

 もしあの場に他の革命軍機がいたら、逃げ惑う数が増え、互いに妨害し合う形になり余計な被害が増えていただろう。


「誰かが言ってたっけか。臆病なくらいでちょうどいいって……」

『なら、遅れてきた人たちに地下の調査に向かわせては?』


 と、アニマの提案にそれだ、と手を打つ。


「あー、基地に接近中の友軍機に通達。基地施設の地下調査に加わってくれ、と」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 マコとしては、蛇の尻尾くらいは出てほしいところではある。



 基地制圧から数時間後。合流してきた革命軍の人員を使った地下施設の調査も継続されているが、その中間報告が上がってきた。

 施設の規模は1つの階層の床面積だけでも地上施設の2倍以上。深さも探索が終わったエリアだけで10キロメートル以上という、とんでもない広さである。

 うちフレスベルク級攻撃空母を格納していたと思われる階層、タイラント・レックスの整備と生産を行える施設がある階層も発見。

 加えてなんらかの研究設備と思われるものと、それと併設された農業プラント。


「なんていうか、これもうスペースコロニーを縦にして埋蔵しているような状態じゃない?」


 アロンダイトのコクピット内で受け取った調査報告に目を通しながらそんなことを言う。

 だが言い得て妙だ。

 マコが想像しているシリンダー型コロニーが縦になったような形である。

 これに酸素の発生装置や水の浄化装置と、その他の食料を生産できる設備があればそのままコロニーとして運用可能ではないか、と思えるが――流石にそこまでの設備が揃っているわけがない。

 あくまでもここは軍事設備であり、研究施設。食料品の運搬などは地上の施設から行われればそれで済む。

 空気だって循環システムがあれば地上からの供給で十分間に合う。

 重要なのは、どうしてそこまでの巨大設備が必要だったのか、という話だ。


「アニマ、どう思う?」

『全部繋がっているんじゃあないか、と』

「全部、ねえ。それは女王も、蛇も、薬も、ってこと?」

『少なくとも、ウロボロスネストの息がかかった機体であるタイラント・レックスが配備・運用されていることで、正規軍との繋がりは間違いありません。そして、それを有人機として動かすのには――』

甘き死ズューサー・トート。薬が必要だったってワケ、か」


 だとすれば、ますます薬の効力がわからない。

 人間を廃人にするような効力を持っていながら、それを使ってタイラント・レックスを操縦するための人間を用意する。

 意味が分からない。


『でもこれでアルヴと蛇の繋がりは確定しましたね』

「状況証拠が揃いすぎてる」


 マコが呟くとほぼ同じタイミングで、新たな調査報告が届く。

 それは、研究設備のある階層に存在する薬品製造プラントで製造されていた薬品の種類が判明した、ということ。

 そしてその薬品こそが甘き死ズューサー・トート


「真っ黒すぎてもう何も言うことないなあ」

『とりあえず、シースベースに現状のデータを送信しておきますね』

「ミスターにもね」

『それはそうと……』

「何?」

『後ろの、どうします?』

「……」


 ――完全に忘れていた。

 シートの後ろに拘束した状態で放り投げた正規軍パイロット。

 気を失っているわけではないが、身動き一つとれないので視線だけで抗議してきている。

 自分で直接引っ張り出したタイラント・レックスのパイロットは医務室に放り込んで念のために拘束はしているが、こっちに関しては完全に放置した状態であった。

 その状態で、とんでもないことをべらべらと言ってしまった、とマコは顔を覆う。


「解ってたんなら止めてよアニマ」

『いや、気付いてて言ってるものだと』

「いや、完全に失念してた。やっちまった……」


 抵抗されないように猿轡もかませていたせいで、声による抗議も行えない女性兵士が、マコを睨んでいるが――だからといって今手を出すのも危険な気がする。


「とりあえず、この場はレーツェル達に引き継いで、一旦艦に戻ろう。調査結果も引き続き送ってもらおう」

『え、つまりこの人連れて行くんですか?』

「だって、捕虜でしょ? ならやる事って決まってるじゃないの」

『尋問、ですか』

「アタシ得意なんだよねー。ほら、アタシってアクエリアスだと死刑囚だったじゃない? その罪状は殺人なんだけど、それに至るまでにいろいろとをする必要があったワ・ケ」

『……』


 アニマはしばらく沈黙する。

 それはどう質問すべきか、と考えるための時間であり、当たり障りのないように尋ねようと試みた。


『あの、一応の確認ですけど、そのお話を伺った相手は……』

「全員サメの餌にした」

「――?! ――――――!!」


 さっきまで視線以外での抗議を行っていなかった女性兵士が命の危機を感じ取り暴れ出す。

 が、まともに動ける訳のないスペースで暴れても、大した問題はない。ただうるさいだけである。


「さて、いくよアニマ」

『気が重いです……』

「――――――!!」

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