惑星間戦争 侵攻

第192話 あと3時間

 ウィガール要塞戦からおよそ72時間後。

 互いの想定通りに、ネクサス側の操るウィガール要塞と、グウェン要塞から出撃したラウンド側の艦隊が互いの攻撃圏内に捉えた。

 しかしその時点で即座に攻撃に出るのではなく、距離は次第に近づいていく。

 あくまでもその攻撃圏内というのは、巡航ミサイルであったり、超高出力のビーム砲であったりと、射程の長いものが使える、というだけの話。

 ネクサス側としては要塞の装備では巡航ミサイル程度しか有効打がなく、ラウンド側としても、要塞を破壊できるだけの威力を維持しての高出力ビーム砲の砲撃は不可能であるための、あえての接近である。

 本格的に互いの手札を最大に活かせる距離まではあと3時間とすこし、といったところだろう。


「各員。時間がないから手短に。およそ3時間で互いの主砲の有効攻撃範囲に入る。そうなる前に我々は艦隊を展開する必要がある。だが――」

「戦力差は圧倒的。真正面からぶつかれば勝ち目はないからねぇ」


 要塞下部に固定されたエクスキャリバーンのブリッジで、もうすぐ始まる戦いに備え、メインクルーが全員揃い、そこにレジーナも招かれていた。


『でも、籠城も拙いんですよね』

「その通り。それに、籠城したところで相手がプラズマ融合弾頭を使ってくれば当然アウト。この要塞程度ならば簡単に吹き飛ぶ。なので、こちらは搦め手を使う必要がある。そこで、敵艦隊を挟む形で向かい合った2隻で陽電子砲または重力衝撃砲グラビティブラストの照射を行い、効果範囲内の敵艦を一掃する」

『待った』


 そのシルルの案に待ったをかけたのは、レジーナであった。


『危険すぎやしないか? 陽電子砲も重力衝撃砲グラビティブラストも、そこらのビーム砲とはわけが違うだろう』

「そうだね。真正面からぶつかり合えば、中央部で力が拮抗して互いの艦に被害が及ぶことはない。けど、発射タイミング・位置・角度・出力・照射時間のいずれかがズレれば確実にこちらに被害が出る」


 重力兵器の恐ろしさは、それを生み出した人間であるシルル自身がよく理解している。

 陽電子砲についても同様だ。

 あれらは、気軽に撃っていいようなものではない。

 それに、シルルの案を実行すれば、彼女自身が理解しているように少しでもズレが生じれば自滅するリスクだって存在している。


「それでも、こちらとの戦力差は圧倒的だ。鹵獲した戦闘艦を導入したところで、あちらはすでに7000隻以上の巡洋艦をこちらに差し向けてきている。その後ろにはキャスパリーグ級も控えているだろう。それらと真正面とやり合って勝てる保証があるかい?」

『マルグリットが説得すればいい』

「わたくしが、ですか?」


 きょとん、とするマルグリットであるが、ウィガール要塞の時にも彼女の存在が決め手となり、彼女に忠誠を誓った者たちが今もなおこの要塞に留まっている。

 流石に信用しきれない為、機体や設備に一切触らせないように各自の部屋にロックをかけてミスター・ノウレッジによってコンソールの操作も制限してあるが。


「シルル。相手の艦のシステムにハッキングはできないのか?」

「残念だけどそれは不可能だ。グウェン要塞もそうだけど、ラウンドが今使っている戦闘艦に私は関わっていない。今から奴等に攻撃を仕掛けるとしても、割り出しに時間がかかりすぎる」

「ミスター。あんたならどうにかできるんじゃないの?」


 と、マコの質問に対し、しばしの沈黙の後、ミスター・ノウレッジは返答する。


『不可能ではない。だが、リソースが足りない』

「まあ、そりゃあ……」


 ネクサス本星の防衛網の制御にウィガール要塞内のシステム管理。

 ラウンドの監視と情報収集。偽装情報の送信。

 本体はエクスキャリバーンにあり、ハイパースペースリンクでネクサスとも接続して処理を行っているのだ。

 流石に同時並行での情報処理はオーバーテクノロジーの塊である始祖種族の遺産であるミスター・ノウレッジであっても負担が大きい。


『ミスターの仕事は現状増やせない、か。しかし危険だとわかっていて実行するのも……』

「まあねえ。ウチ戦闘艦の数があちらに比べて圧倒的に少ないから。それに、重力兵器ばかり使っていると、それをコピーされる可能性だってゼロじゃない。理論的には重力制御機構グラビコンの応用でしかないんだから」


 と、シルルは言うが――周囲の反応は『えっ、そうなの?』といった感じである。

 もちろん、彼等とて重力兵器の基礎が重力制御機構グラビコンである事は知っている。

 彼等が疑問符を浮かべたのは、コピーされる可能性がある、という部分である。

 あんなもの、見ただけで簡単に真似できるとは思えない。


「えっと。シルルちゃん。言葉通りの素人質問なんだけど、君は自分の知らない兵器が運用されている様を見るだけで、その構造や理論が理解できるのかな?」

「え? 技術は基本見て盗むものでしょ?」

「Oh……」


 妙にいい発音でメグが天を仰ぐ。

 その発言ではっきりした。シルルは、自分ができるから他の人間にもそれができると考えていたのだ。

 あと見て盗むというのは工業製品の製造技術についてであって、完成品を見てその構造を理解するというものではない。


「あのですね、シルル。そう言うことができるのは貴方だけです」

「えっ、そうなの?」


 周囲を見渡すと、全員が頷く。


「そうか……」

「話が逸れてますよ。で、結局はどうするんですか」

「ああ。そうだった。ようは左右から挟み撃ちにするというわけだが――」

「なあシルル。それ向かうあう必要あるか?」

「えっ? ……あっ、そうか。これずらして配置すればいいのか……」


 なんとも間抜けな解決。普段のシルルなら絶対にやらないはずの見落とし。

 よくよく顔を見てみれば、やけに化粧が濃い。特に目の周り。

 普段の彼女はそもそも化粧なんてしないし、そんな場所を入念に手を入れているということは隈を隠しているのだろう、と察しが付く。

 そして皆顔を見合わせて言う。


『『「「「「いい加減休め」」」」』』

「仮眠しなさい、シルル」

「……そうさせてもらうよ。流石に疲れすぎていた」

「とはいえ、できれば戦闘を避けたいというのが本音だよな」

「はい。相手側の死者も少なくしたい、とわたくしは考えています」


 陽電子砲や重力兵器では、それも不可能だろう。

 なら別の手段を考えるしかない訳だが……。


『提案があるのだがね』


 と、ミスター・ノウレッジが言う。


『提案、ですか?』

『エクスキャリバーンは転送用ゲートを任意の場所に展開できる。そしてそのゲートの大きさを調整することも』

「それはそうだが……何を?」

『極小のゲートを複数個同時に出現させる。そこからタリスマンを投入し、いくつかの敵艦を制圧する。これだけでも数百隻は動きを止めることができるだろう』

「だが、それでも6000以上の艦艇が残っているそれをどうするんだ。タリスマンだけでは数が足りないぞ」

『レイス人がいるだろう。彼等が宿ったオートマトンを送り込めば――』

「それでも2000だ。しかもそれだけ投入すると、今度はこっちの戦闘艦の9割が機能不全を起こすぞ」

『構わない。重要なのは、相手の戦うべき相手を減らすことだ』


 なるほど。それならば、と納得する。


「頼めるか、レジーナ」

『ああ。構わない。皆に伝えてこよう』

『制圧後は制圧した戦闘艦で他の戦闘艦を攻撃。ただし、互いの位置情報はちゃんと共有しておいてくれ。もし味方の乗った艦に攻撃が当たった時、肉体を失っても活動可能なアストラル体のレイス人はともかく、タリスマン達は光を吸収できても、ビームの熱やミサイルの直撃には耐えられない』


 味方から突然攻撃される。それ以上に恐ろしいことはないだろう。

 これならば相手を混乱させつつ、確実に戦うべき相手を減らせる。


「あの、ひとつだけわたくしから。攻撃するときも、できるだけ相手の武装や航行能力を奪う事に専念してください。わたくしも、前に出ます」


 そう、マルグリットは言い切った。

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