第3曲目 第15小節目:ぼくはぼくでいるのが
翌朝。
少し前までは背負っていたベースは普通の学生カバンに替わっており、おれは勝手に少し寂しくなる。
「おはよう、
「げっ、小沼。……おはよー」
「言ってない」
いや、心を読むな心を……。
「そうすか……。で、どうした? 寝不足?」
「べ、別に?」
「何取ってつけたようにキョドッてんだよ」
吾妻らしくもない。と、首をかしげてみると、吾妻は数秒おれの顔をじっと見た後に目を細めた。
「……あんた、もしかして、
「……ナニヲデスカ?」
問われたおれはすーっと目を
「やっぱり見られたかあ……」
いや、おれはうんともすんとも言ってないのだが……。とはいえ、吾妻に隠しごとをしても無意味なので、早めに認めることにする。
「まあ、そうだな……。昨日マック行ってて、その帰りに」
「まじか……。え、マックって誰と?
他に誰に見られたのか、ということが気になったのだろうか。なんか、答えが答えなだけに答えづらいな……。
「いや、
「はあ!? あんた、それ……!」
「い、市川の許可は取ってるから!」
「そう……? ならいいけど……」
この場合、『市川の許可』の威力はさすがに強い。
「昨日の昼休み、『放課後予定がある』って言ってたのは、あれだったんだな」
「そう、なんだけどね……」
「……?」
どうも歯切れが悪いな。
「あ。ていうか、別にあたしと
なぜか言い訳がましく説明してくれる吾妻ねえさん。
「おお、そうか……。じゃあ、昨日はなんで?」
「まあ、そうなるよね……」
あはは、と苦笑いで頬をかいた。
「ごめんね、小沼。昨日何を言われたかは、一旦聞かないで。……ちゃんと追って話すから」
「ああ、すまん。
なんか悪いことしたな、と
「……あんま興味ない?」
じっとおれの目を覗き込んで来る。
「いやそれ、『ある』と『ない』どっちが正解だよ……」
おれが呆れたようにいうと一瞬キョトンとした顔をしてから、
「……はは、どっちも不正解だよ。よく気づいたじゃん」
その口から、乾いた笑いがこぼれた。
「罠すぎる……」
『ある』といえば『セクハラだ』とか言われて、『ない』といえば『じゃあそもそも聞いてくんな』とか言われるだろう。
「……そんで、その回答も不正解。あたしは別に『正解』が聞きたいわけじゃない」
「なんだそれ……?
「そんなに簡単でたまるかってのよ」
ますます何言ってるかわからん。朝から吾妻との会話はおれにはレベルが高すぎるな……。
「まあ、いずれにせよそんなのは吾妻の自由だろ。別に追って話す責任もないっていうか。言いたい話なら聞くけど」
「いやー、それがそうでもないんだよね……。まあ、ちゃんと話すから、ちょっと待ってて」
吾妻はわずかにため息をつく。
「おう……分かった」
よく分からないが、待っててと言われたのだから待ってればいいのだろう。
「あ、そうだ」
ふと、昨日の電話での話を思い出す。
「ん?」
「ライブのエントリーの締め切りっていつだっけ? 昨日市川と話したんだけどさ。吾妻が言う通り、『言いたいこと』なかったら、ライブしないのもありかもなあ、って話してて」
「あー、そうなんだ。えっとね……ああ、今週末がエントリー締め切りだわ」
吾妻はスマホをスワイプしてスケジュールを確認して教えてくれた。
「おお、結構時間ねえな」
「それまでに曲を作る必要はないんだけど、出る出ないの判断はしないとって感じ。ライブもそんなに先じゃないから、そこまでに1曲も影も形もなかったらやめた方が賢明かもとは思う」
「そうかあ……」
期限は近づいている。今週は水曜と土曜が練習だから、土曜日の方までには決めないといけないな。
「ちなみに、さ。あんたに『言いたいこと』がないことについては、天音はなんか言ってた?」
「『小沼くんにはないのかあ』と
「それ、呆れたんじゃなくて寂しがってるんでしょ。……良いなあ」
「別に良くはないけど……」
こいつ、amane様の反応と言えば全部欲しがるな。
「そっちもだけど、そっちじゃなくてね。まあ、そうだよね……。昨日はああ言ったけど、別にいいんだよ? その思いを曲にしてもらっても」
苦笑してから、ニヤリと
「いやいや……昨日市川にも言ったんだけど、誰かに
「何をいきなり詩的な表現してくれちゃってんの。そんなこと言ったって、誰かへのメッセージが曲に出来るのと出来ないのとじゃ、作れる曲の
「そうなあ……」
たしかに、自分の中にあるテーマだけでは限界があるのかもしれない。
「……まあ、そのうちな」
「はいはい、そのうちね。……最初の曲は誰宛の曲になるんだろうね」
「どうだろうな……。家族とか?」
「あはは、いいじゃん。感謝は伝えられるうちに伝えときなさい」
おお、意外と好感触で嬉しい。
「まあ、いずれにせよ」
吾妻はたたっと少し前に進んで、その表情が分からなくなる。
「その人は幸せ者だと、あたしは思うよ」
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