第76.1小節目:Happy Halloween

「……小沼、そんなとこでなにしてんの?」


 朝、うら昇降口しょうこうぐちの外側、少し離れたところ。


「あ、吾妻あずま……」


 声をかけられて振り返ると、普通に・・・制服を着た・・・・・吾妻ねえさんが立っていた。


 通学カバンを左肩に、右肩には器楽部引退までほぼ毎日かついでいたベースケースの代わりに、ビニール製のナップサックみたいなやつをかけている。


「良かった、吾妻は普通だ……!」


「普通……?」


 吾妻はいぶかしげに眉をひそめてから、校舎内に広がる光景を見て、その表情を苦笑いに変えた。


「……ああ、そういうことか」


 その視線の先、昇降口しょうこうぐちの内側では。


「健次ぃー! 一緒に写真撮ろうよぉー!」


「おう!」

 

 悪魔風のツノと羽を生やし、血なのかなんなのか知らんが頬に赤い線を入れた英里奈えりなさんと、ドラキュラのつもりなのかえりの長いマントを羽織はおったはざまの姿があった。(英里奈さんコスプレする意味ある? ただの真の姿じゃない?)




「今日、ハロウィンだからねえー……」


 あははー、と笑う吾妻。




 うちの高校はハロウィンが異様にさかんだ。


 もともと校則が厳しい高校というわけではないが、それにしても、ハロウィンへの寛容かんようさは異常だと思う。ハロウィンでは何故かコスプレをして授業を受けていても怒られない。


 理由は、十数年来じゅうすうねんらい、生徒会が公式のイベントとして行なっているからだ。生徒会の一存いちぞんで決めていいのかそんなこと。どうなんだいキー君?




「……で、校舎に入れなくてこんなところでまごついてるってわけ?」


 吾妻の問いかけにおれは、そっとうなずく。


「おれ、こういう雰囲気苦手なんだよ……。そもそもみんながどんな感覚でやってるのかよく分かんないんだよな……。おれだったら、自分が派手な格好をすることを他人が喜んで見るはずないだろうと思っちゃうし、おれ自身は勿論もちろん当たり前に普通に全然見たくない」


「……ふむ」


 吾妻がナップサックをぎゅっと掴んで、なぜか神妙しんみょうにうなずいた。


「というか、吾妻は、ああいう、その、コスプレみたいなのはやらないのか? 吾妻なら……ほら、リア充っぽいじゃん」


 吾妻なら容姿が良いからやっても似合うんじゃないかと思うけど、という言葉をゴクリと飲み込んで、そう言うと。


「はは、ありがとう、小沼。口に出さなかったのは偉い」


 ナチュラルに、飲み込んだ言葉の方に返事をされた。


「心を読むなし……」


「読まれて困るようなことを思うなし。ほんと、天音がスキル持ちじゃなくて良かったね」


「……そっすね」


 憮然ぶぜんと答えると、吾妻は「あはは」と姉みたいな顔で優しく笑う。ていうか、自分からスキル持ちを認めやがった……。


「それで、やらないのか? そのナップサック、着替えとかじゃないの?」


「いや、あたしはやらないよ」


 おれがナップサックをゆびさしてたずねると、案外淡白たんぱくな答えが返ってきた。じゃあそのナップサックは別のものか。ベースかつがなくなって肩が寂しいだけかな。


「ほー、意外。どうしてやんないの?」


 おれは質問を重ねる。


 すると、


「ねえ、高校の登校日って、何日あるか知ってる?」


「はい?」


 いきなり話題を変えてきた。


 おれが眉間みけんにしわを寄せて戸惑っていると、


「550日くらいなんだってさ」


 と、みずから出した問いかけの解答を教えてくれる。


「へえ、結構多いんですね……」


「そうかなあ、あたしは一生のうちにたったそれだけかー、と思うけど」


 吾妻は、んー、とうなる。


「つまり、高校の制服着られるのって、550回なんだよ。そんで、もうその内300回くらいは終わってる。もう半分も残ってないんだよね」


 そう、神妙な顔をしたままつぶやいた。


「だから、あたしは、着られる限りは制服を着ていたい」


「そう、なのか……」


 吾妻の青春への執着は相変わらずすごいなあ……と、しげしげ眺めていると、


「……せ、洗濯はしてるからね!? 勘違いしないでよね!?」


 吾妻は顔を赤くしてそんなことを言った。


「別にそんなこと疑ってねえよ……」


 なんだよその間違ったツンデレテンプレ……。


「……ところで、小沼」


「はい?」


「あんた、これ、着ない?」


「……はあ?」


 吾妻が、ナップサックからまんして取り出したのは。


「……学ラン?」


「うん」


 じいっと、吾妻はこちらを見ている。


「……そんなのどこで手に入れたんだ? 闇取引?」


「闇取引ってなんだし……。お兄ちゃんの中学時代の制服だっての」


「いや、中学時代なんだ……」


 っていうか吾妻ねえさん、お兄ちゃん呼びなんですね……。




「……で、着てみない?」


「やだ」


 やや上目遣いで訊かれたものの意味が分からないので普通に即答で答えると、吾妻はむうー……という顔でこちらを見たあと、


「お願い、小沼様!」


 と、手を合わせておがみ込んできた。


「な……!?」


 そして顔を上げ、ずいっとナップサックごとおれの胸に押し付けながら、ぐいっと顔を近づけてくる。


「あたし、中学、女子校でしょ? うちの高校の制服、ブレザーでしょ? だから、学ランの男子と同じ学校通ったことないの! 学ランの男子と学校歩くの夢なの! 大好きな漫画の主人公、みーんな学ランなの!」


 吾妻の必死の形相ぎょうそうにおれはくいっとる。


「だからお願い! これ着て、学校の中を一緒に歩いて!」


 った分、吾妻は前のめりになった。


「は!? 着るだけじゃなくて校内歩くの!? もっと嫌だよ! 他のやつに頼めよ!」


「軽く1、2周するだけでいいから! そうだ、売店行こう! カルピスおごるから! いや、学ラン男子とカルピスとか最高じゃない!?」


 他のやつに頼む件無視された!?


「いやだって、おれは今……」


「大丈夫! 天音あまねには言わないから!」


 言いかけたことを先回りして吾妻がまゆをキリッとして鼻息荒くうなずく。


「いや、そういう問題じゃないだろ!」


「そもそも天音だって、校内をあたしと一緒に歩くくらいのことで浮気だなんて言わないって!」


「ただ歩くだけじゃないだろ! それ着て歩くんだろ!」


「ほらほら、キャンディーもあげるから!」


 ポケットから飴玉あめだまを取り出して、立派な交渉材料のようにちらつかせる。


「いらねえよ! なんでポケットに飴とか持ってんだよ!」


「ハロウィンだからだよ! トリックオアトリート!」


 そんなやりとりをしながら、学ランの入った袋を押し付け合ってると。




「……由莉ー、そんなところで何してるのー?」





 ゴゴゴゴゴ……という背景音と共に聞こえたそのよく通る綺麗な声に、


「「ひいっ……!!」」


 二人でギクリ、肩を跳ねさせる。




「……いたずら、かな?」


「「いえ、お菓子です!」」

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