第76.1小節目:Happy Halloween
「……小沼、そんなとこでなにしてんの?」
朝、
「あ、
声をかけられて振り返ると、
通学カバンを左肩に、右肩には器楽部引退までほぼ毎日かついでいたベースケースの代わりに、ビニール製のナップサックみたいなやつをかけている。
「良かった、吾妻は普通だ……!」
「普通……?」
吾妻は
「……ああ、そういうことか」
その視線の先、
「健次ぃー! 一緒に写真撮ろうよぉー!」
「おう!」
悪魔風のツノと羽を生やし、血なのかなんなのか知らんが頬に赤い線を入れた
「今日、ハロウィンだからねえー……」
あははー、と笑う吾妻。
うちの高校はハロウィンが異様に
もともと校則が厳しい高校というわけではないが、それにしても、ハロウィンへの
理由は、
「……で、校舎に入れなくてこんなところでまごついてるってわけ?」
吾妻の問いかけにおれは、そっとうなずく。
「おれ、こういう雰囲気苦手なんだよ……。そもそもみんながどんな感覚でやってるのかよく分かんないんだよな……。おれだったら、自分が派手な格好をすることを他人が喜んで見るはずないだろうと思っちゃうし、おれ自身は
「……ふむ」
吾妻がナップサックをぎゅっと掴んで、なぜか
「というか、吾妻は、ああいう、その、コスプレみたいなのはやらないのか? 吾妻なら……ほら、リア充っぽいじゃん」
吾妻なら容姿が良いからやっても似合うんじゃないかと思うけど、という言葉をゴクリと飲み込んで、そう言うと。
「はは、ありがとう、小沼。口に出さなかったのは偉い」
ナチュラルに、飲み込んだ言葉の方に返事をされた。
「心を読むなし……」
「読まれて困るようなことを思うなし。ほんと、天音がスキル持ちじゃなくて良かったね」
「……そっすね」
「それで、やらないのか? そのナップサック、着替えとかじゃないの?」
「いや、あたしはやらないよ」
おれがナップサックを
「ほー、意外。どうしてやんないの?」
おれは質問を重ねる。
すると、
「ねえ、高校の登校日って、何日あるか知ってる?」
「はい?」
いきなり話題を変えてきた。
おれが
「550日くらいなんだってさ」
と、
「へえ、結構多いんですね……」
「そうかなあ、あたしは一生のうちにたったそれだけかー、と思うけど」
吾妻は、んー、と
「つまり、高校の制服着られるのって、550回なんだよ。そんで、もうその内300回くらいは終わってる。もう半分も残ってないんだよね」
そう、神妙な顔をしたままつぶやいた。
「だから、あたしは、着られる限りは制服を着ていたい」
「そう、なのか……」
吾妻の青春への執着は相変わらずすごいなあ……と、しげしげ眺めていると、
「……せ、洗濯はしてるからね!? 勘違いしないでよね!?」
吾妻は顔を赤くしてそんなことを言った。
「別にそんなこと疑ってねえよ……」
なんだよその間違ったツンデレテンプレ……。
「……ところで、小沼」
「はい?」
「あんた、これ、着ない?」
「……はあ?」
吾妻が、ナップサックから
「……学ラン?」
「うん」
じいっと、吾妻はこちらを見ている。
「……そんなのどこで手に入れたんだ? 闇取引?」
「闇取引ってなんだし……。お兄ちゃんの中学時代の制服だっての」
「いや、中学時代なんだ……」
っていうか吾妻ねえさん、お兄ちゃん呼びなんですね……。
「……で、着てみない?」
「やだ」
やや上目遣いで訊かれたものの意味が分からないので普通に即答で答えると、吾妻はむうー……という顔でこちらを見たあと、
「お願い、小沼様!」
と、手を合わせて
「な……!?」
そして顔を上げ、ずいっとナップサックごとおれの胸に押し付けながら、ぐいっと顔を近づけてくる。
「あたし、中学、女子校でしょ? うちの高校の制服、ブレザーでしょ? だから、学ランの男子と同じ学校通ったことないの! 学ランの男子と学校歩くの夢なの! 大好きな漫画の主人公、みーんな学ランなの!」
吾妻の必死の
「だからお願い! これ着て、学校の中を一緒に歩いて!」
「は!? 着るだけじゃなくて校内歩くの!? もっと嫌だよ! 他のやつに頼めよ!」
「軽く1、2周するだけでいいから! そうだ、売店行こう! カルピスおごるから! いや、学ラン男子とカルピスとか最高じゃない!?」
他のやつに頼む件無視された!?
「いやだって、おれは今……」
「大丈夫!
言いかけたことを先回りして吾妻が
「いや、そういう問題じゃないだろ!」
「そもそも天音だって、校内をあたしと一緒に歩くくらいのことで浮気だなんて言わないって!」
「ただ歩くだけじゃないだろ! それ着て歩くんだろ!」
「ほらほら、キャンディーもあげるから!」
ポケットから
「いらねえよ! なんでポケットに飴とか持ってんだよ!」
「ハロウィンだからだよ! トリックオアトリート!」
そんなやりとりをしながら、学ランの入った袋を押し付け合ってると。
「……由莉ー、そんなところで何してるのー?」
ゴゴゴゴゴ……という背景音と共に聞こえたそのよく通る綺麗な声に、
「「ひいっ……!!」」
二人でギクリ、肩を跳ねさせる。
「……いたずら、かな?」
「「いえ、お菓子です!」」
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