第68.1小節目:My Friend

 スタジオでの、amane演奏組の練習を終えて、沙子さこと2人、電車に揺られて一夏町ひとなつちょうまで帰ってくる。


 駅のホームに降り立つと、


『いぃーしやぁーきいもぉーーー』


 と、例の歌(?)が、線路沿いの道からホームまで響いてきた。


(どうでもいいけど、『いぃーしやぁーきいもぉーーー』って、CV:英里奈えりなさんで再生可能じゃないですか? 別にそうでもないですかそうですかじゃあいいです)


「焼き芋」


 沙子がフェンスの向こうを指差すので、


「そうなあ、もう9月だもんなあ……」


 なんだか、おじいちゃんみたいな返事をしてしまう。


拓人たくと、食べよう」


「いや、いいよ。夕飯入らなくなるじゃん」


「いいから」


 沙子はそういうと、おれの袖口そでぐちを引っ張って、ずんずんと改札の方へと向かった。




 改札を出て、駅舎えきしゃを出て、まっすぐに焼き芋の香りのする方に向かう沙子の横顔を斜め後ろからみていると、その口角こうかくがわずかに上がっているのが見えた。


「沙子、焼き芋そんなに好きなんだっけ?」


「うん」


 たずねた声に沙子が立ち止まる。


 夕日を背にこちらを振り返り、


「拓人、覚えてないの」


 と、軽く首をかしげた。


「何を?」


 おれが訊き返すと、沙子は口を0.数ミリ『へ』の字に曲げて、「そっか」と小さくつぶやいて、またゆっくりと歩みを進めた。おれの袖口そでぐちはその不機嫌ふきげんな左手につままれたままだ。


「小学校低学年の時に芋掘り大会ってあったじゃん。みんなでサツマイモ掘るイベント」


「ああ、そんなんあったなあ……」


 懐かしい。たしかに、学年のみんなでどっかの畑に言って、大きなかぶの絵本みたいに芋を引っこ抜いてどろんこになる行事ぎょうじがあった。


「それで、掘った芋を学校に戻ってから焚き火で焼き芋にしてみんなで食べたじゃん」


「ああ、それはなんとなく覚えてる」


 おれがいうと沙子は前を向きながらコクリと小さくうなずく。


「うち、焼き芋って多分その時初めて食べたんだけど、すごく美味おいしくて、自分の分、すぐ食べ終わっちゃったんだ。ほら、うち、昔小さかったから、先公せんこうに小さい芋を渡されて」


「いやだから、先公せんこうって……」


 小学校の先生のことを先公せんこうと呼ぶ生徒はあまりいないとは思うが、沙子の言っていることは理解できた。


 今でこそ沙子は女子の中では背がやや高めだが、昔はかなり小柄で、背の順も前の方だった。


「それで、食べ終わって暇だったから、拓人が食べてるのをじーっと見てたんだよね」


 いや、暇つぶしに人が芋食ってるの見るなよ……。


「そしたら、拓人がうちの視線に気づいて、『芋食べる?』って言ってくれて」


「へえ……」


 何それ、優しいじゃない。


「うちが『いいの』っていたら、クラスの別の男子が近づいてきて。今思ったら多分そいつももっと食べたかったんだろうね、うちに向かって、サツマイモをたくさん食べたら……あの……アレが、出るぞって言ってきて」


「アレ……?」


 アレって何? おばけ?


「サツマイモたくさん食べたら、出る、アレ……」


 なんだか言いづらそうに自分の金髪で口元を隠した。


「ああ……」


 そういうことか。いきなり恥じらいとか出すなよ、逆に無駄に卑猥ひわいっぽくなるだろ……。


 おれがあきれ顔を作っていると、


「ていうか、ほんとに覚えてないの。ここまで言っても」


 と、こちらをにらんでくる。


「ああ、うん……?」


「ふーん」


 そう言って、口をつぐんでしまった。


「……え、何? 結局、芋はどうしたんだよ」


「知らない」


「知らないわけなくない?」


 そっぽを向いて再びスピードを早める沙子に、別に焼き芋が食べたいわけでもないのにおれも早足になってついていく。





 そうこうしているうちに焼き芋屋台のトラックにたどり着いた。


「おじさん、焼き芋、1つください」


 おじさんというよりはおじいちゃんといった年齢の店主(っていうのか?)に500円玉を渡しながら沙子が言った。


「はいよ! お嬢ちゃんべっぴんさんだね! サービスでこの一番大きいお芋にしてあげよう」


「ありがとうございます」


 褒められているのににこりともせずに受け取る沙子と、自分になつかない猫をそれでも可愛かわいがるようにニコニコとしているおじいちゃん。


「すみません、こいつ、ちょっとコミュニケーションがあれで……」


「さすがに拓人には言われたくないっつーの」


 むすっとした沙子をまあまあ、となだめつつ、おじいさんにお礼を言ってトラックから離れようとすると。


「少年」


 と呼び止められる。


「は、はい?」


 すると、焼き芋屋は、おれに向かって良い笑顔で親指を立てて、言い放った。


「彼女を手放すんじゃないぞ?」


 ……いや、今、結構それセンシティブな話題なので!


「おじさん、良いこといいますね」


 沙子も珍しくニターっと笑いながら気さくに気まずいこと返すなよ。


「焼き芋いただきます!」


 おれはいたたまれなくなり、沙子の背中を押して、早足でそこから離れる。

 




 道沿いにある大理石だいりせきのベンチに、ふたり腰掛けた。


「『下校道、電車を何回も見送って ホームで日が暮れるのを見て』……」


 さこはす、なんか歌ってる……。


 さっきまでの不機嫌は焼き芋をゲットしたことで(?)、おさまったどころか一気に上機嫌になっているらしい。まあ、それなら良かった。


 歌いながらアルミホイルを剥がして、沙子が大きく口を開けた。


「おい、沙子……!」


 やばい、と思って、おれがめるのも間に合わず、はむっと焼き芋にかぶりついた沙子は、


「あつっ」


 と、舌先を出す。


「沙子は猫舌ねこじたなんだからふーふーしてから食えよ……」


「……うん、ありがとう」


「いや、ありがとうとかじゃなくて……」


 舌をやけどしたくせになんか顔まで紅潮させているさこっしゅ。大丈夫か?




「ねえ、拓人も食べなよ」


「おれはいいよ、夕飯入らなくってゆずに叱られるわ……」


「いいから、食べて」


 そう言いながら、ずいっと、食べかけの芋を差し出してくる。


「ていうか、これ、そもそも……」


「そもそも、何」


「あ、いや……」


 間接キスだろ、と言おうとするも、なんというか今さら『間接』がどうとか言うと間接じゃない方の話に飛び火する気がして、口をつぐんだ。


 ぎこちなくなってるおれにまた不機嫌がぶり返してきたのか、0.数ミリむすっとした表情になり、


「そんなこと気にするくせに、拓人はあの芋掘りの日のこと覚えてない」


 と非難ひなんしてきた。そんなことって何……。


「いや、そんなちっちゃい時の日常の一コマまで覚えてないだろ……」


「日常の一コマなんかじゃない」


 憮然ぶぜんとした表情で、


「うちの初めての間接キスだったんだから」


 と言った。


「お、おお……?」


 おれは戸惑いながらも、


「じゃ、じゃあ、おれの芋を沙子はその時食べたんだな?」


 そんな確認してどうなるんだみたいなことを確認すると、沙子はコクリとうなずいた。


「だから、そのお返ししたい。一口ひとくち食べて」


 その眼差まなざしがやけに真剣すぎて、


「わかったよ、一口ひとくちいただくよ……」


 軽く頭を下げて、沙子の差し出してくるところから一口食べる。


「あつっ……」


 ホクホクとした感触におれまで舌をやけどしそうになるが、やっぱり一口食べると、


「うまい……」


 さすが焼き芋である。


「良かった、返せた」


 ほくほくと芋を咀嚼そしゃくしているおれを見て、沙子は満足そうにしている。


「何が? 芋? そんなに返したかったの?」


 眉間みけんにしわを寄せてたずねると、


「それもだけど、そうじゃない。……本当に全然覚えてないんだ」


 と逆に顔をかたむけられてしまう。


「すまんってば……」


 謝罪しゃざいすると沙子は、別にいいよ、と言った感じで首を横に振ってくれた。


「あの時、拓人は言ったんだよ」


「なんて?」




「『別に沙子が屁をこいても友達なのは変わんないから食えよ』って」




「ああ、そう……」


 何それ、昔の拓人くんイケメンじゃん。……ん、イケメンか?


「それで、女子の間でついたあだ名が焼き芋王子」


「え、まじ?」


 沙子がうなずく。


 10年越しのまさかの新事実だ。まあ、おなら王子じゃなかっただけよかったか……。別によくない。


「だから、安心してね。うちもそう・・だから」


「何が?」


「これから先、拓人がどんなんでも、」


 優しい声音で、沙子はいう。




「うちが友達・・なのは変わんないから」




 心から嬉しそうに笑う沙子を、秋晴れの夕陽が優しく、強く照らしていた。

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