第55小節目:Winding Road

「いやー、まずはレコーディングお疲れだな」


「ありがとうございます……!」


 おれは座ったまま、深く頭を下げる。


「うちのスタジオでやってくれてありがとーな。店長も喜んでたよ。企画したライブに出てもらって、そのレコーディングした音源で青春リベリオンに出てくれるなら、いい宣伝にもなるだろーって」


「いえ、無料でレコーディングさせていただいたので」


「それもお前らが自分で勝ち取ったもんだ。Butterアタシらを差し置いてな」


「ありがとうございます」


 それは誇らしいなという気持ちもありつつ、店員である神野じんのさんのいるバンドが無料レコーディング権をもらわなかったのは、逆の意味での出来レースだったのかもしれないと、今さら思い当たる。


 賞金を餌に、チケットノルマを課してバンドを集めるだけ集めて、身内に賞金をあげてたら、不正を疑われても仕方ない。


 とはいえ、あの日の演奏でButterが選ばれて不正を疑うような人はいなかっただろうけど……。


「あとは、ちゃんとあおリベに応募すんのを忘れんなよー?」


舞花まいか部長がそれを言いますか?」


「おーおー相変わらずご挨拶な後輩だよ本当にユリボウは。可愛いーなー」


「ちょっと、髪を乱さないでください」


 悪態をついた吾妻あずまがなぜか可愛がられて頭をくしゃくしゃにされている。仲睦なかむつまじいことだ。


「で、その伝説のライブを披露した聖地、惑星系わくせいけいでのロックオンの話だ」


「はいっ! 先ほどは帰ろうとしてすみませんでした……!」


 市川いちかわ部長が姿勢を正す。伝説のライブとか聖地とかプレッシャーの強い単語に反応できないくらいの失態だと考えているらしい。おれもそう思う。ごめんなさい……。


「いやいやー、レコーディングしたらすぐに音源100回くらい聴きたいよなー。あれ、あんまり同じ曲聴くと吐き気するから気をつけろよー?」


「はい……!」


 おれもその経験は何度もあるから分かる。


 けど、神野さんもそういう経験があったと思うとなんか親近感が湧くなあ。


「ライブハウスでやるにあたって、決めないといけないことは大きく3つだ」


 神野さんが3本指を立てる。


「1つ目は、タイムテーブル。これは何バンド出るかを決めて、各バンドの持ち時間と、それぞれのリハの時間を決めればおのずと組むことが出来る」


「わかりました、参加したいバンドの数を確認してみます」


「おー、そーしてくれ」


 神野さんはうなずいて、二本指を残す。


「2つ目は、チケット代。いくらで入れるか」


「たしかに……」


 学内の時はもちろん無料だったが、外のライブとなるとそうもいかないのかもしれない。


「無料だと、問題ありますか? 部活動で私たちが儲けるわけにはいかない気がするので、部費で払い切れればと思うのですが……」


「別にねーけど、ドリンク代は絶対にかかるな」


「分かりました、それはお店へのお金なので大丈夫だと思いますけど、一応学校に確認させてください」


 市川、かなり部長してるぜ……!


「天音部長、かっこいいです……」


「あたしも部長の時はあんな感じだったんだよ?」


 平良ちゃんが目を輝かせて、吾妻元部長が拗ねる。君たちのパワーバランスも最近フクザツだよね。 


「3つ目は、入場権利だ。学内でやる時は、そもそも学校自体が関係者しか入れないから、入場規制も何もないけど、ライブハウスでやる場合は、普通、チケット代さえ払えれば、誰でも来られるんだ。家族とか友達も呼べる」


「喜ぶ部員もいるかもしれませんね!」


 ニコっと笑う市川に「まー、そーなんだけど、」と前置きして、神野さんは続ける。


「反面、武蔵野国際ムサコクに縁もゆかりもない誰かも分からないようなやつも来られることになる。チケット代を無料にしたら、それこそ、通りすがりの人だって入れることになっちゃう。それは危険だろ?」


「なるほど……」


 思っているよりも、メリットやデメリットがあることみたいだ。


「まー、そーゆーことをちょっと学校で話し合って、アタシに教えてくれ。とりあえず、確保さえしていーなら、細かいことは追々でも大丈夫だから」


「分かりました、ありがとうございます!」


「おし、じゃーさっさと帰ってレコーディングした音源を聴きなー」


 神野さんはからっとした笑顔でおれたちを送り出してくれた。





「それじゃ、音源よろしく」


「自分にも送っていただけたら、嬉しいですっ!」


 沙子と吾妻と平良ちゃんと共に、駅の方へと歩き出そうとしたおれの服がきゅっと引っ張られる。


「……?」


 振り返ると、市川……いや、天音は、拗ねたように唇をとがらせて、おれの目をじっと見ていた。


「……ちょっとだけ、お話」

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