第54小節目:ダイアローグ

「はぁー、見違えましたね」


 ドラムとベースを録り終えてコントロールルームに戻ると、日千歌ひちかさんが感嘆の声で迎えてくれる。


「プリプロ聴いた時とも全然違いますし、あのライブの時からもまた変わってます」


「良かったです……!」


 一方、おれと沙子さこは息を切らしていた。


 メトロノームを聴きながら、沙子とお互い0.数ミリ秒のタイミングが合うようにアイコンタクトと意思疎通をして、加えて、お互いにノーミスで演奏しきらないといけない。


 気を張りすぎて固い演奏になってしまうのも良くない、などの諸々をこめた結果、集中力を使い果たしてしまった。


「うち、もう一回レコーディングしろって言われたら無理かも……」


 沙子は疲れ果てた様子でソファにもたれかかった。


「それは大丈夫じゃないかな? すっごく良かったよ! ねえ、由莉ゆり?」


「うん! さこはすも小沼おぬまもナイス!」


「良かった……」


「あはは、まー、一旦聞いてみましょっかー」


 日千歌さんが再生ボタンを押した。






「うん、これなら良いんじゃないでしょうか」


「うちも、大丈夫です」


 音源を聴き終わり、おれと沙子は安堵あんどのため息と共にOKを出した。


「ですね、承知です。それじゃ、次はアコギですね……。準備はOKですか?」


「はい! がんばります!」


 市川がバッと立ち上がる。




 ……おれの苦難はなんだったんだというほど順調に、市川のパートのレコーディングは終わった。アコギも、エレキギターも、歌も、だ。


 さすがに1テイクずつというわけにはいかないが、それでも、ほとんど最低限と言って良い録り直しだけで進んでいって、日千歌さんも拍子抜けしていたくらいだ。


 歌なんて、自分が演奏しないで聴く『おまもり』は、改めてその歌詞も深く心に染み入って、瞳が潤むものがあった。


 市川の持つ才能の残酷さを何度目かに感じる時間。


 平良たいらちゃん発案のラジカセを使った案も、日千歌さんは嫌な顔一つせずに対応してくれたどころか、


「これ、平良さん?が考えたんですか? すっごいレトロで良い感じですね! ラジカセ、ワタシも買っておこうかなー……」


 テンションを上げて褒めてくれた。


「いえいえ、そんなそんな、えへへ……」


 褒められた平良ちゃんはでれでれしていてそれはそれでなんか見ものだ。




 そんなこんなでレコーディングは順調に終わり、そして、そのままミキシングも順調に終わった。


 そして、数時間後、おれたちの手元には。


「これが、マスターCD……!」


 光り輝く円盤をamaneと平良ちゃんの5人でかざして見ていた。


「かざしても聴こえませんけどねーあはは。初々しくて良いなー」


 ニコニコと笑う日千歌さん。


 ミキシングと共に楽器の片付けを終えていたおれたちは、スタジオの終了時間が近づいていることに気付き立ち上がる。


「よし、私が帰ったらすぐにみんなに音源送るね!」


 それなら、帰り道で聴くことが出来るだろうか。Wi-Fiがないので不安だが、今日ばかりはモバイルデータ通信を我慢できない気がする。


「よし、いち早く帰ろう!」


 意気込んでスタジオを出たところに、神野じんのさんが仁王立ちしていた。


「その前に、ロックオンの話しよーぜ!」


 そうだった!

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