第53小節目:Sign

 予想通り、ベースアンプへのマイクのセッティングはドラムよりも早く済んだ。


 そもそも、ベースの場合、有線ラインで直接っている音を大きめにミキシングするため、マイクで録っている音は最悪消せるとのことらしい。


「どうしてうちと二人で入るってことになったの」


 マイクの準備が終わって、コントロールルームで日千歌ひちかさんが最終セッティングをしてくれている中、アンプの前に立った沙子さこが質問をしてくる。


「あの先輩に言われたの。拓人たくとが自分で決めたの」


 語尾が上がらないくせに質問攻めだ。


「おれが決めた」


 正確に言えば、神野さんに言われたことをヒントに、おれが決めた。


「それは、どうして」


「沙子は、この数週間、なんのためにメトロノームに合わせる練習をしてた?」


「それは、」


 質問に質問で返すおれにも愛想をつかさずに答えてくれる。


「好きなタイミングで鳴らせるように」


「うおお……!」


 沙子が練習の本質を理解していたことを知り、つい感嘆に目を見開いた。


「すっげえな……! いや、おれはついさっきまで、機械くらい正確に叩けるってことだと思ってたんだけど」


「ぶっちゃけうちもそう思ってたけど、ゆりすけがそうじゃないからねって教えてくれた」


「吾妻が……なるほど」


 まあ、吾妻とおれはある意味同じ人に師事してるからな。


 でも、だとしたら、学園祭の頃には、いや、おれたちが出会った頃にはもう既に吾妻はそんなこと分かってベースを弾いてたってことか。


 なんというか、いまさらになって、吾妻のやばさを再認識しつつある。


「で」


 たった一文字で先を促されて、我に帰った。


「それで、沙子の鳴らしたいタイミングとおれの鳴らしたいタイミングを合わせないと、あまり意味ないだろ? もっと言うと、おれが先に叩いたら、沙子の鳴らすべきタイミングは、おれのドラムに影響を受けることになる」


「それは、たしかに」


 沙子は少し考えるような仕草を見せてから。


「だから、相談しながら・・・・・・一緒に鳴らすってことね」


「出来るだろ?」


「そりゃね」


 その0.数ミリの口角の向こうに、黒髪の波須沙子が見えるようだった。


 この会話も全部筒抜けだとわかっているから声には出さないが、おれと沙子ならアイコンタクトで相談・・が出来る。


 おれと沙子はamaneになる前から何度も一緒に演奏して、何度もお互いのタイミングを合わせてきた。


 おれがシンバルを叩くとそこから沙子のベースが鳴り、沙子がベースの弦を弾くとアンプからドラムの音が鳴ってるんじゃないか、と錯覚するほどのシンクロ度合いを目指して常に練習を重ねてきたのだ。


 その上で、お互いが別々に重ねたシビアなメトロノーム練習の成果を、ここで交差させる。


「でも、どちらかがミスったら、やり直しになるよ」


「機械じゃなくて、人間だからなあ……」


「何それ」


 沙子がふふっと少し声をあげて笑った。


『それじゃあ、準備いいですかー?』


 ヘッドフォンに聞こえた日千歌ひちかさんからの質問に、


「「……はい」」


 寸分たがわないタイミングでそう答えてから、おれたちは目を見合わせて、口角をあげる。

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