第2曲目 第16小節目:TEENAGER

「あ、小沼くん」


「amane様……!」


「何で、その呼び方……? 由莉じゃないんだから」


 歯磨きをしようと思って男女共通の洗面所に来たところ。


「あ、い、いや、悪い……」


 ……大変です! 市川さんパジャマ着てます! パジャマでお邪魔です!! 手触りが良さそうなもこもこのやつです!


 薄手のTシャツに、もこもこのパーカーみたいなやつに、下はもこもこの短パンです!


 それがとんでもなく似合ってます!


 男子の理想の寝巻き、彼シャツに次いで2位のアレです! もこもこのパジャマです!


「……?」


 パジャ川が首をかしげながら、歯ブラシをくわえた。


 天使を直視出来ないのでおれも歯ブラシを水につけて、歯磨き粉をつけた。


「あ、ほぬまくん」


 アホ沼くんと呼ばれた気がしましたが、違います。これは歯ブラシをくわえていることによって小沼がほぬまになっちゃったっていう現象です。多分。


「どうした?」


 訊くと、パジャ川が歯ブラシを口から出して、


「歯磨き粉貸してー」


 と言う。


「お、おお、どうぞ……」


 そっと手渡すと、おれの持ってきた歯磨き粉をつけている。


 ……なんか歯磨き粉の共有に興奮するんだけどこれはさすがに過剰ですか?(過剰です)


「……なんか、2人で話すの久しぶりだね」


「え、そうか?」


 そうだったろうか、と、おれはシャコシャコと歯を磨きながら考える。


「うん、電話抜かしたら、ロックオンの教室以来、だと思う。10日ぶりとか?」


「ああ、そう……?」


「そこは、そうなあ、じゃないの?」


 いや、いつもならそうなんだけどね。


 それを、市川が記憶してカウントしていたと思うと、ちょっと動揺を隠しきれないおれなのでした。


「あ、ほぬまくん、明日何時に起きよっか?」


「ほえ?」


 パジャ川が鏡越しに起きる時間を相談してくれている。


 なに、おれ、起きる時間を合わせるの? 市川と?


 鏡越しでもおれは市川の目を見続けることができず、うつむいて目をそらす。


 なんだ、自分の鼓動の音が聞こえるぞ……!


「練習、バンドごとに決めればいいからさ。朝ごはんは8時からだけど、その前に朝練とかしてもいいし」


「ああ、そういうことか」


「朝練、する?」


「そうなあ……」


 でも、曲作りするなら市川とか沙子がいない時の方がはかどりそうだ。どちらにせよ日中は市川の新曲の練習にあてることになりそうだし。


「まあ、バンドの練習は朝飯食べ終わってからにしよう」


「うん、わかった!」


 パジャ川は歯ブラシをくわえたままうなずく。


 それから持ってきていたらしい小さなプラスチック製のコップで口をゆすいだ。


「……使う?」


 そそそそそそう言って、コップをおれに差し出してくる。


「え、お、おれ?」


「他に誰がいるの……」


 市川があきれ顔を作った。


「つ、使ってもいいのですか?」


「……そんなに言われると恥ずかしくなってきた」


 コップを引っ込められてしまう。


「そんな殺生せっしょうな」


「……武士?」


 市川が目を細める。


「お、おれは手でゆすぐから大丈夫だよ」


「いいから! 使って!」


 ずいっ、と、おれの目の前にコップが再度差し出される。


「あ、ありがとう……」


 ありがたく受け取ると、


「もう、私だって勇気出して言ってるんだから……」


 と頬を赤らめていた。


 どゆことじゃ。


「じゃ、じゃあ、沙子さんにも練習のこと言っておくね」


 照れを誤魔化すみたいに市川がそんなことをいう。


「あ、同じ部屋なんだっけ?」


 おれは借りたコップの逆側を使って口をゆすいでから訊く。


「うん、沙子さんと英里奈ちゃんと同じ部屋」


「そっか……」


 なんかその部屋、男子が行きたがりそうだな。


「……夜這よばいしてきちゃダメだよ?」


「は、しねえし!」


 やべえ、中二みたいな反応になってしまった。


「ほんとかなー?」


 市川がいたずらそうにニヤッと笑う。


「ま、小沼くんにそんな度胸はないだろうけどねー。いやそんな度胸はいらないんだけどさ」


 無駄にディスられてない?


「ていうか、沙子と英里奈さんは? 歯磨き一緒に来なかったのか?」


「ああー、えーっとね……」


「ん?」


「まあちょっと、色々、ね。一応部長としては不覚というかなんというか……でもそれも青春だよねっていうか……」


 頬をかいてバツが悪そうにしている。


「何言ってんだ」


「あははー、まあいいじゃん、それじゃ明日は朝ごはん食べてから練習ね! おやすみ!」


「おー、おやすみ」


 パジャ川が立ち去る。別れが惜しい……。


「あ、小沼くん」


 と思っていたらパジャ川が振り返った。


「ん?」


「浴衣、似合ってるよ! じゃ!」


「お、おう……」


 ちょっと照れたように手を振って立ち去る市川に心を奪われて、おれはしばらくそこでぽーっと立ち尽くしていた。




 ちょっと経ってから我に返り、部屋に戻ることにする。


 おれの部屋はチェリーボーイズの4人と同じだ。バンドamaneの男子1名とチェリーボーイズが同じ部屋、チェリーボーイズの紅一点(マネージャー)とバンドamane女子2名が同じ部屋、ということになっているらしい。


「ただまー」


 と言いながら部屋のドアを開ける。おかえりを言って欲しいんですけど。


「あぁー、たくとくんおかえりぃー!」


「おかえり拓人」


 となぜか見知った女子2人が迎え入れてくれた。


「そういうことかよ……」


 そこでは、チェリーボーイズの4人と沙子と英里奈さんがトランプをやっていた。


「はい8切やぎり! からの、最後の一枚! オレの勝利!」

「あぁー、2上がりだよぉー! 健次負けぇー!」

「は、お前それ先に言えし!」

「確認しなかったのが悪いんじゃん、健次負け」

「は、波須きちぃわ……仕方ねえ……」

「さすが沙子様!」


 たいそう盛り上がっていらっしゃるですね……。


 さっきの市川の気まずそうな態度はこれが原因か。


 これに呼ばれなかったのか、一応部長だから来られなかったのかはわからんが、そしたら今市川は1人で部屋にいるということに……。かわいそうに……。ぼっちの気持ちを知るがいいさ……。


「拓人も入る」


 沙子が質問している(多分)。


 心なしか目が輝いている。クールに見えてこういうの結構好きですよねさこはす。


「いや、おれはいいよ……」


 なんか市川に悪い気がするし……。


「えぇー、やろーよぉー」


 英里奈さんが甘えたように言ってくる。


「じゃあ、一回だけ……」




 一時間後、その一回をはじめとし、おれは連戦連勝を重ね、大富豪の名をほしいままにした。


「拓人は、大富豪強いから」


「なんでさこっしゅがドヤ顔してるのぉー? ていうかさこっしゅ普通にめっちゃずっと大貧乳、間違えた、大貧民なんだけど」


「は、殺すよ?」


 いやいや、沙子の語尾に「?」付いちゃうのはやばいって。

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