第2曲目 第26小節目:星降る夜になったら
「ただまー」
10分以上磨き続けてつるつるになった歯と、心なしか磨り減った歯ブラシを連れて部屋に戻ると、そこには、
「たくとくん、おかえりぃー! お風呂にするぅ? ご飯にするぅ? それともトランプぅ?」
「おかえり拓人。風呂も入ったしご飯も食べたじゃん。トランプしかないでしょ」
昨日同様、
さらに、その隣に。
「えっと、小沼くん、おかえりー……?」
ななな、なんと、パジャ川さんが
「ぶ、部長がこんなとこに来ていいのか?」
座りながら、平静を
「いや、一応英里奈ちゃんを監視するという
と
「えりなだけぇ!? さこっしゅもでしょぉー?」
「英里奈は日頃の
「ロック部入ってからちょーっとしか
「いや、市川さんが監視してるのは別にロック部の風紀じゃないから」
「あぁ、そーゆーことねぇー……」
いや、どういうことだよ。
「そしたら今マークしといた方がいいのは、えりななんかじゃなくて、ゆりなんじゃないのー?」
「それな」
あ、リア充の『それな』を沙子が使ってる。平良ちゃんに怒られるやつだ。……で、どれな?
「ちょっと2人とも、そう言うんじゃないから……!」
「「どういうんじゃないの」ぉー?」
「もう……!」
たいそう楽しそうなガールズトークは結構なんですけど、何言ってるのか全然分からんのは、おれがボーイだから?
そして、気になってる点がもう一つ。
「えっと、
そう。なぜかこの部屋には、
「あぁー、えぇーっとねぇ、ここで言ってもいいのかなぁーって言うかぁ……」
英里奈さんが珍しく神妙な顔をして、チラチラと市川のことを見ている。
「健次が一年女子に呼び出されて、『ホタル
いいよどむ英里奈さんのことなんか気にもせず、沙子が横からのたまった。
「ええっ、そうなの!? もう外に出ちゃいけない時間なんだけど!?」
あーあ、市川部長がおかんむりじゃないですか……。
「さこっしゅー、なんで言うのぉー……?」
「え、言っちゃダメだったの」
「もぉ、そういうとこ、たくとくんにそっくりー……」
いや、おれでも今のを言っちゃいけないことくらいは分かるよ。
「そんでさこっしゅは、嬉しそうな顔するのやめてよぉー……」
「別に」
英里奈さんが呆れている。そっちの役割やるの珍しいですね英里奈さん。
と、内心でほくそ笑んでいたら、やられるだけじゃない悪魔さんはこちらを見てニターっと笑った。
「後輩ちゃんは、先輩男子に興味があるお年頃なのかなぁー? たくとくんからも後輩女子の匂いがするねぇー?」
英里奈さんが突然おれに近づいて、くんくんと匂いを
「えっ!? ま、まじで!?」
平良ちゃんにそんな匂いつけられてんの!? そんな
「なぁーんてね、ちょっと言ってみただけなのにすごい反応だねぇー、たくとくーん?」
くそ、この人、カマかけやがった!
「「ふーん……」?」
バンドメンバー2人のジト目が痛い。
いや、おれが何をしたって言うのよ。後輩とたまたま会ってお話して来ただけだよ。
「コホン……じゃあ、どうやって3人はここに入ったの? おれ、鍵かけてったと思うんだけど……」
「なんとー、健次に部屋の合鍵をもらったのだぁー! どうせ4人で行動してるから、4本もいらないんだってさぁー」
ペカーン!! と、勇者の
「そしてこれは拓人の部屋の合鍵とも言える」
沙子が0.数ミリ口角を動かして、うまいこと言ったみたいな顔をしている。いや、言えるからなんだよ……。ていうか、あいつら勝手に渡すなよ……。
「鍵とかも渡しちゃダメなんだけど……」
ですよね、パジャ川部長。
「……そんで、
「えぇ、分からないのぉー……?」
英里奈さんの呆れ顔がおれにまで注がれる。やめてよぉー……。
「えっとね、ホタル池は、告白の名所なんだよ。合宿中にそこで告白すると成功率が高いんだってさ。夏、蛍がいるときに行くと星のあかりと蛍の光がキラキラって池に反射して、それはもう幻想的な景色なんだー。たしかにあれだけロマンチックなところだと成功率も上がるだろうなあとは思うけど……」
「そうなんだ……」
「話の流れでなんとなく分かるでしょぉー、そういうところほんとにたくとくんだよねぇ」
ふーん、そんなに綺麗なところがあるんだな。
市川の
……んん?
「市川さん、行ったことあんの」
それな!!
「……え?」
市川が視線を泳がせ始める。横では英里奈さんがニヨニヨと笑ってる。
3人の視線に耐えかねたのか、
「うん、実は、去年行きました……」
と市川が白状する。
「ほんとうですか!?」
「マジで」
「Oh My Gad !!」
そうなんですね!? 約1名驚きすぎて英語になってますね!?
「ちょっと、呼び出されて? いや、えーっと、呼び出していただいて……ね?」
あくまで告白して来た人に
「誰に」
「今、留学に行ってる先輩……」
市川はうつむきがちに言う。
「そぉなんだぁー! それで、OKしたのぉ?」
「そ、それは……」
そこまで言って、なぜか市川が答えを溜める。
さながら、クイズミリオネアのみのもんたのように。(世代じゃないです)
市川以外の3人のつばを飲み込む音が静かな部屋にこだまする。
「それは……?」
ついおれの唇からも音がこぼれる。
唇を噛んで、渋い顔をしている市川もんた。
ややあって。
「お断りしました……」
「だよねぇー!!」
だよねぇー!! 正解!! ファイナルアンサー!! ……なんでこんなに喜んでるのおれ。そしてなんでそんなに溜めたんだ市川。
「あれぇ? でも、留学に行ってるんだったら、9月からえりなと同じ学年になるんじゃなかったっけぇ?」
「たしかに」
え、そうなの? じゃあ、9月に留学から帰ってくんの?
「むっふっふー、どうなるかなぁー? ねえ、たくとくん?」
「お、おれ?」
な、何を訊かれているのか分かりませんね……!
ていうか。
随分楽しそうにしているけど、英里奈さんは
そんなおれの表情を読んだのか、
「あははー。まあ、健次はさこっしゅへの気持ちがあるから、どれだけロマンチックでも、告白をOKするわけないけどねぇー」
英里奈さんが、みんなが知っている情報だけを使って、それに対する答えを言う。
「別に、そんな」
沙子が少し気まずそうにうつむく。
「そんな風に信じちゃえるくらい、さこっしゅのことが好きってことだよ」
微笑んだまま、だけど、語尾を伸ばさずに英里奈さんが言い切った。
その笑顔の裏に、どれだけの痛みがあるんだろう。
おれは、おれだけは、その心の中に寄り添う必要があるよな。
「よし、英里奈さん、トランプやろう!」
「うへへぇー、待ってましたぁー!」
本当に嬉しそうに、英里奈さんが笑ってくれる。
「なんで英里奈ちゃんだけ……?」
「それな」
やんややんや言いながら、おれは英里奈さんからトランプを受け取ってシャッフルする。
するとその時、部屋のドアがノックされて、ゆっくりと開いた。
「小沼、いるー……?」
吾妻がおれを『呼び出し』にやってきた。
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