第2曲目 第25小節目:カロン

 肝試しを無事(?)に終え、今日も今日とて風呂に入る。


 今日は女子側も気を付けているのか、女子風呂からの声も聞こえて来ない。(べ、別に耳をそばだててたわけじゃないんだからね!)


 露天風呂でふぅ……と息をついていると、なんだか昨日とは打って変わってしかめっつらの大友くんが隣に座ってきた。


「持っている人と、欲しがってる人が同じとは、限らないもんだな……」


 うらめしや、とばかりに、おれに声をかけてくる。あと、そのセリフ気に入ってるみたいだけど、多用したところで流行はやるタイプの言葉じゃないからな……。


「えーと、なんの話でしょうか……?」


「もう、分かってるくせに……」


 いや、ヒロインみたいなセリフを使うなし。ときめいたらどうするんだよ。


 吾妻と回ることになったのは悪かったって……。


 たしかに、大友くんは吾妻を気づかってまとめ役を代わったのに裏目に出ちゃったわけだから、同情の余地は大アリだけど。


「まあ、あの、クジ運だな、いやー、今日はついてたなー、なーんて……」


 横目で大友くんを見てみると、引き続きおれのことをジトーッと見ている。


「僕はそのクジすら引いてないからね」


「あははー、ですよねー……」


 うぅーん、たくと、こういう時なんて言ったらいいかわかんないよぉ……。


「去年は運命の神様が味方して、由莉ちゃんとペアだったのになあ、くそっ……」


 ちょっと、悔しがり方が露骨ろこつ過ぎるよ……。運命の神様て。


 ていうか、去年ペアだったのか。


「えーっと、じゃあ、去年も吾妻はあんな感じだったのか?」


「あんな感じって?」


 ジロッとこちらをにらんでくる大友くん。いちいち怖いっての。


「あの、て、手を、その……」


 それ以上はなんだか言うのもはばかられてもごもごとなってしまう。


「手……? ああ、手が震えてたって話かな?」


「んん……?」


「それでも、由莉ちゃんはいつも通りの由莉ちゃんだったでしょ? あんなに苦手な肝試しでも気丈に振る舞っていて、本当にどこまでも由莉ちゃんはカッコいいよね」


「ほーん……」


 あ、そうなんだ……?


「……君からの質問だったと思うんだけど?」


「あ、いや、すまん……」


 他のことに気を取られてしまい、返事がおろそかになってしまう。


 今夜の吾妻は怖いからおれに手をつないで欲しいと言ってきたが、去年、大友くんとペアだった時には気丈に振る舞っていたらしい。


 それは、つまり……えーっと、どういうことだ……?


「なんてね、八つ当たりもいいところだね。恨むなら、それこそ運命の神様とか、もしくはそこまで考えがいたらずに由莉ちゃんの代わりを買って出た僕自身を恨むべきだよね」


「そうなあ……」


 吾妻の深層心理が分からず、おれは内心で未だに首をかしげている。


 ……ん、おれ今なんかかなり良くない返事したよね? だって横を見てみると大友くんが、『むううううー……!!』みたいな感じで顔を赤くしてるもんね。だからヒロインかよって。


「はあ……、ま、とにかく、明日の朝の演奏頑張らなきゃだなあ」


 大友くんは、情けなさそうに微笑んで、


「僕に出来るのは、音楽しかないから」


 と言って、湯船から立ち上がった。


「それじゃ」


「……おう」


 大友くんは湯船から出て、脱衣所へと向かう。


 でもな、大友くん。


 その音楽が出来なくて、作れなくて、書けなくて苦しんでるやつもいるんだぜ。


『持っている人と、欲しがってる人が同じとは、限らないもんだな』


 大友くんの流行はやることのない格言めいた言葉が、なんとなくに落ちてしまった。


 何はともあれ、おれも少ししてから部屋に戻って、カバンから歯ブラシを取り出して、意気揚々いきようようと共用の洗面所へと繰り出す。


 なぜこんなにワクワクしているかって? なんででしょうね! おれにも分かりません! あ、全然関係ないんですけど、女子って二日連続でおんなじパジャマってお召しになるんですかね? 全然関係ないんですけどね!


 鼻歌を歌いながら、鼻息荒く洗面所に着くと、そこには。


「あ、ほぬま先輩」


「平良ちゃんかあ……」


 口に歯ブラシをくわえた小動物が立っていた。


「……なんかなんか、すっごく失礼な感じでため息をついていらっしゃいませんか?」


「いや、別に……」


 平良ちゃんは灰色でダボダボの前が開かないタイプのパーカーを着て、それが彼シャツみたいにもものあたりまでおおっている。可愛いと言えなくもない。似合っていると言えなくもない。好みと言えなくもない。


 うん。まあ、ぶっちゃけ可愛いし似合っているけれど、後輩なんてお子様のそんな姿にいちいち同様するおれではないのだよ!


「ついでになんか、ももの辺りにいやらしい視線を感じるのですが……」


「そ、そそそそんなことないですよ!?」


 っぶねー、っべー、動揺しちまった。よく見たら三行前の『どうよう』、誤字ごじってるじゃねえか。


「なんてなんて、自分の尊敬ソンケーする小沼先輩が自分みたいなお子様をそんな風に見るなんて思い上がりですよねっ! 失礼シツレーしましたっ!」


 そう言って、にこぱっと笑った平良ちゃんが謎におれに敬礼をしてくれる。やめて、輝く目が痛い……。


 そしてそんな平良ちゃんその隣に。


「タッタッタラッタータラチャラッタ……」


 ぶつぶつつぶやきながら、洗面台を一心不乱いっしんふらんに叩く星影さんがいた。


「あはははー……、ステラちゃん、明日の発表会で足を引っ張らないようにって息巻いていて、こんな感じで楽器さわれない時間もイメトレに余念がないのです」


 おれの視線を追った平良ちゃんが、苦笑しながらも誇らしそうに説明してくれる。


 つまり、星影さんは洗面台を無為むいに叩いているわけではなく、おれの目には見えないエアピアノを弾いているということなのだろう。


「すげえな……」


「はい、すごいんです! 肝試し中もこんな感じだったそうで、一緒に回った先輩が、幽霊よりも何よりもステラちゃんが怖かったっておっしゃっていたそうです」


「そりゃそうだろ……」


 ただでさえ、この長い黒髪がちょっとミステリアスで怖いのに……。


「おーいステラちゃん、小沼先輩だよ」


 そう言って、平良ちゃんが星影さんの肩を軽く叩く。


「あ、お、お疲れ様、です……」


「おう、おつかれ」


 おれは横でそっと歯ブラシを濡らして、歯磨きを始めた。


「……ていうか平良ちゃん、星影さんは後ろから抱きつかないと演奏止めないんじゃなかったっけ?」


「あ、あははー……あれは職権濫用しょっけんらんようというかなんというか……実はタッチすれば普通に認識するのですよね……!」


「そうなの……?」


 別に抱きついていい職権も持ってないだろうに……。まあ別にどちらでもいいんだけど、平良ちゃんってなんかどことなくamane様と話す時の吾妻に似ているんだよなあ……。


「そ、そんな目で見ないでくださいー……。えとえと、失礼しますっ! ステラちゃん、行こう!」


「あ、うん、お、おやすみ、なさい……」


「ほい、おやすみー」


 ちょこまかと去っていく後輩2人を見送る。


 別に何を待つわけでも期待しているわけでもないのだが、そこから10分くらい、おれは1人、洗面所で歯を磨いていた。


 ……べ、別に、何も待ってないんだからね!

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