第2曲目 第24小節目:ここだけの話
ということで、暗い暗い
あたりは霧が立ち込めていて、光の
「……あ、あのさ、お、小沼。ちょ、ちょっとお願いが、あ、あるんだけど……」
「ん? どうした?」
振り返ると、吾妻がこわばった表情をしている。
「れ、恋愛感情とか、そ、そういうのまったく、抜きにして」
「はい?」
ていうか声震えすぎだよ吾妻さん。
「手、つないでくれない?」
吾妻から出て来たその一言に。
空気が固まる。思考が止まる。頭が真っ白になる。
「…………は?」
数秒後、なんとか
「ダメ……?」
改めて吾妻を見ると、声のみならず、全身がガタガタと震えている。
多分、実際に肝試しを始めてみたら、覚悟していた以上に、いやむしろ覚悟していた分、恐怖心が襲いかかって来たということなんだろう。
それにしても、ここまでかよ。
そこまでしてみんなの青春を守ろうとしている吾妻は
思うんだが、内容が、内容なんですよね……。
もう一度吾妻を見やると。
「えっと、手、つないでくれないと、無理、なんだけど……」
その瞳がうるんでいて、不覚にもおれは心臓をギュゥっと掴まれてしまう。
む、無理なら仕方ない!(いや、仕方ないのか!? どうなんだ!?)
少しだけ
「えっと、せめて、ここをつかむとかで、どうでしょうか……?」
おれは、自分のTシャツの
ここなら英里奈さんも何度かつかんでるし、なんかセーフな気がする。いや、誰に向けて何がセーフなんだ?
「仕方ないわね……」
と下唇を噛んで、ツンデレの使いかたを履き違えたような吾妻がそっと、きゅっと、おれのTシャツの裾を掴んだ。
……まあ、裾なら英里奈さんで慣れてるからおれも余裕で対応できる。
「あ、ああ、え、ええ、っと、じゃあ、すすす進みますね?」
すみませんでした!
『たくとくんはどこまでもたくとくんだねぇ……。やっぱり
想像上の英里奈さんがうるさい。だが、おかげさまで少しだけ平静を取り戻したおれでした、ありがとう英里奈さん。あいつら、いつの間にそんなK-POPアイドルみたいな名前になったん?
おれたちは歩みを進める。
「小沼あ……」
「ど、どうした?」
「歩くの速いよお……置いていかないでよお……」
「す、すまん……」
いやいや、この人は誰なんだ……。おれはいつの間にか変なルートに立ち入ってしまわないよう、首をブンブンと振る。いや、おれ、こういうギャップ弱いんですよお…… 。
ちなみに、英里奈さんとちょっと話し方が似ているように聞こえますが、見分け方は簡単です。
英里奈さんは「置いてかないでよぉ……」で、吾妻さん(怖がりver.)は「置いていかないでよお……」です。『お』の大きさが違います。
「小沼あ、黙ってたら怖いよお……。何か楽しい話してよお……」
そういえば吾妻ねえさんにはお兄さんがいるって言ってたな。じゃあ、もともとは妹キャラなんだな、この人酔っ払うと甘えたりするタイプ?
そんなこと言われても、何を言えばいいんだろうか。
吾妻にとって楽しいこと……。
「えっと、吾妻は、器楽部、頑張ってるよな」
「器楽部ー……?」
「うん。器楽部の部長、すげえちゃんとやってるんだなあと思って。器楽部って楽しいんだろうなって、見てて思うよ。まあ、おれ吾妻が部長だってことすら合宿来るまで知らなかったんだけど」
「ああ、うんー……そう見えるなら良かったけどー……」
吾妻はなんだか少しすねたみたいにそう言う。
ちょっと引っかかる言い方で。
「そう見えるなら良かった?」
おれが聞き返してみると、
「小沼ならいいかあ……」
とやけに素直につぶやいてから、話し始めた。
「当たり前かもだけど、楽しいことばかりじゃないんだよお、部長なんて。『音楽をやりたくて部活をやっている人』と『部活をやりたくて音楽をやっている人』といたりしてさあ」
「それ、何か違うのか?」
「大違いだよー、目的と手段が違うんだから。でも、部長はどっちかにかたよるわけにはいかないし。そしたらさあ、どっちにも好かれるどころか、どっちにも嫌われたりしてさあ」
それは、きついな……。
「ステラのこともそうだよお、『合奏に早く入れてあげないんですか?』って一年生ちゃんに言われたりもしてさあ。あたしが器楽部のみんなになんて呼ばれてるか知ってる?」
「な、なんて……?」
「
あ、結構普通だった……。
だけど、シンプルなだけに、そのイメージも伝わってきやすいし、共有されやすいし、拡散されやすいのだろう。
「でも、そんなこと聞いたこともないような顔して、あたしはあたしなりに、ってさあ……」
「そうか……」
おれはそんな吾妻の努力を、なんでもないことみたいに受け入れてしまっていたらしい。
それは、吾妻の努力が実を結んでいるということでもあるんだろうけど……。
「すまん、吾妻」
だけど、それはなんというか、器楽部員じゃないおれは分かってあげるべきなことだった気もする。
「なにがー?」
「気づいてやれなくて」
「いいよ、そんなの」
そう言って、やっと少しだけ吾妻は微笑む。
「あーあ、話しちゃったあ……誰にも話さないでいようと思ったのに、おのれ肝試しめえ……」
うらめしそうに、肝試しという概念をにらむ吾妻。
「小沼、いま話したこと、秘密にしておいてねえ」
「おう、わかった」
それがおれにできる唯一のことだろう。
「……だけど、小沼だけは覚えておいてくれると嬉しいなあ」
「いいけど、なんで……?」
「小沼が知ってくれてるって、それだけで、今よりもうちょっと頑張れる気がするから」
おれのTシャツの裾がギュウッと強く握り込まれる。
「……わかった」
おれはゆっくり、静かに、うなずく。
と、その時。
「「うらめしや」ー!!」
抜けの良くてキレイな女子の声と、おそらくそれに付き合わされているのであろうクール系金髪女子の声が重なってこだまする。
「ひゃうんっ!!」
ほぼ同時、おれの腕に、な、何やら、や、やややややわらかいものがギュウッと押し付けられる……!
「あ、あれ、小沼くんと、由莉? あれれ、由莉は、なんでそんなに小沼くんの腕に抱きついてるの……? 2人って、いつのまに……!?」
「ちょっとゆりすけ、誰に許可を取ってそんな……くそっ……」
「無理無理無理無理無理……」
ぶるぶると震える柔らかい感触に立ち尽くすことしか出来ない作曲家兼ドラマーと、元天才シンガーソングライターの幽霊と、なにやら本気で恨めしそうにしているベーシストと、
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