第4小節目:朝顔
「取り乱してごめん」
「いや……全然」
少し落ち着いた
「……あ、ごめん」
と手離して、
「皺になっちゃったね。
と苦笑しながら、皺を伸ばすようにシャツのその部分を優しく叩いた。
「大丈夫だ、上からブレザー着るし」
「何それ、浮気に慣れてるやつみたいで感じ悪いよ」
「ひどい言われようなんだけど……」
そもそも吾妻といたこと自体は、バレるも何も、ここがロック部のスタジオである以上、予約状況は部長の
そうじゃなくて、吾妻がここまで泣きじゃくっていたことを市川に……というか、他の誰にも、できる限り知られない方がいいと思っただけだ。
「そうだよね、分かってる。ありがと」
いとも簡単におれの思考を読み取った吾妻は、
「涙は夢が叶った時にしか流さないって決めたのにね。情けない……」
と下唇を噛む。
「情けないことあるかよ。吾妻のおかげで、おれも自分の気持ちがわかった」
いつもそうだ。
おれの気持ちを吾妻は見事に言葉にして具現化してくれる。
それを読んだり聞いたりするといつも、おれは自分がそうだったと気がつく。自分の気持ちに落としどころができる。
——おれは、だが。
「それってどんな気持ち?」
謎スキルの読心術で分かるだろうに、吾妻は不思議そうに首をかしげる。
「おれはきっと、自分にそこまで期待してなかったんだ。いや、というか……」
かっこ悪くて言いづらいが。
「期待してないフリをしてた」
「予防線を張ってた、ってことか」
もっと分かりやすい言葉に言い換えてくれる。
つまり、模試の日やスポーツテストの日に「昨日あんま寝れてないから」とか「本気出さないかも」とかいうようなものだ。「元々そんなに上手くいくと思ってなかったし」と言うことで、実際にうまくいかなかった時に「ほらね」とショックを和らげる。
それがなんともしっかり功を奏してしまった。なんてどうしようもない処世術だろう。
「あはは、小沼は無駄に頭がいいな。『自信がない』んじゃなくて『自分の力量をわきまえてる』って感じか」
「……だな」
はー……と吾妻は微笑みを浮かべたままため息をつく。
「自分に期待して『期待はずれ』でこんなに苦しいのと、自分に期待しないで『期待通り』に下方修正するの、どっちがいいんだろうね。こんなに苦しいと分かんないわ」
そして、もう一度さっきせっかく伸ばしたはずの、おれの二の腕のあたりをきゅっと掴んだ。
「でもさ、小沼。今のあたしが言えた義理じゃないけどさ。小沼は、そんな風にわきまえないでよ。あんたは、あたしの
「憧れ……」
「そうだよ。あたしはさ、」
顔を上げた彼女のその表情は、苦笑いで。
「『わきまえる』と『諦める』で韻を踏んでるうちに、背伸びしたら届くかもしれなかったものを掴み損ねた、そんな人生だから」
「吾妻……」
「ほら、先に教室帰って」
おれの背中を押す、優しい両手。
「弱音はここに置いてく。一番強くなるってあの日決めたんだ。……靴紐結んだら、すぐに追いつくからさ」
結局なんの役にも立てなかったおれが放送室の防音ブースを出ると、そこには。
「……あ」
「ウチはやめておきなさいって言ったのよ。でもこの子が泣いてここ動けなくなっちゃったから」
放送室の出入り口の謎スペース、防音ブースを見られる窓の下、バツが悪そうに眼を細めながら小声で弁解する金髪の後輩・
「う、うう……」
顔面をぐしゃぐしゃにしている小動物系後輩・
おれはせめて吾妻に悟られないよう、視線で二人にかがんだまま外に出るよう促し、一緒に廊下に出ていく。
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