第5小節目:アマデウス

 おれは1年生コンビ(平良たいらちゃんと広末ひろすえ)を連れて、一階のラウンジに移動する。ここなら吾妻あずまが教室に戻る動線上にはない。


「先輩、あの、あの、ごめんなさぁい……!」


「いつまで泣いてんのよ……」


 泣きじゃくる平良ちゃんと広末の話を聞いたところによると。


 まず、平良ちゃんが、昨日出た青春リベリオンの結果についての見解を聞きたくて、昼休みに広末のクラスを訪ねた。(「自分、どうしても納得いかなくて……!」とのこと)

 amaneの誰かが通りがかるかもしれないから、誰も通らないようなところを探そうということになった。

 そして、放送室(うちの学校は放送室がスタジオになっている)をのぞいたところ、誰もいないように見えたのでここで話そう、と思い入ったら、実はそこには吾妻とおれがいて、吾妻は明らかに泣いていた。

 師匠たる吾妻の涙を見て、感情が溢れてしまった。

 結果、腰を抜かしてしまい、広末が「ちょっと、バカ……!」と外に連れ出そうとしていたその時におれが出てきた。

 ……とのことらしい。


「ちゃんとは聞こえてはないんです、でもでも……師匠のあんなところ、初めて拝見したので……!」


「別に責めてないよ。おれたちも別のところで話せばよかったな」


 おれも、吾妻があそこまで取り乱すとは思っていなかった。


「そんな、そんな、ことは、ないのです……」


「タクトさん……」


 しゃくりあげる平良ちゃんの隣、広末が神妙な面持ちでおれを見る。


 そうだ、広末に言っておかないといけないことがあった。


「広末——IRIA、リスナー投票通過おめでとう」


 広末亜衣里あいり——天才ぼっち宅録家・IRIAイリアは、当然のようにリスナー投票を通過し、ライブ選考に進むことが決まっていた。


「……ありがとう」


 彼女は面食らったように目を見開く。


 本来ならば「当然でしょ? 落ちるやつの気がしれないわ」とでも言いそうなところだが、さすがにそれを落選者のおれに言わないくらいの分別ふんべつはあるらしい。


「amaneは……惜しかったわね」


「惜しかったかは分からないけどな」


 彼女もおれたちも、それが『難なく』だったのか『かろうじて』だったのか、本当のところは分からない。


 しかし、IRIAがぶっちぎりのトップ通過だったことはほぼ間違いないだろう。


 なんせ、彼女の楽曲は再生回数4000万回だ。


 だからこそ、おれも気になっていた。


「広末、聞かせてほしい」


 平良ちゃんもこっそり聞こうとしていた、IRIAの見解が。






amaneおれたちが通らなかった理由は、SNSじゃないよな」






「ウチは別に審査員じゃないんだけど?」


「でも、web一本で有名に成り上がった張本人だ。なんなら、審査員よりもインディーズ音源での戦い方は分かってるだろ」


「……これは、あくまでも、ウチの意見よ」


 広末は、おれの真剣さを感じ取ってくれたらしく、そんな前置きをして、見解を話し始めてくれた。


 泣きじゃくっている平良ちゃんも、これは聞かなければ……となったようで、ぐすぐす言いながらも広末の方を見る。下唇めくれちゃってますけども。


「当然、SNSだって大事なことよ。でも、そうね。ウチが思うに……タクトさんの言う通り、それは一番大きな理由じゃないわ」


「うん」


 おれは頷いて先を促す。


「だって、本当に流行る曲なら、聴いた人が隣にいる誰かに聴かせるはず。聴かされた誰かが別の人に聴かせて、伝播でんぱしていくものよ。誰だって一番最初はファンが0人の状態からスタートするんだもの」


「だよなあ……」


 やっぱり、時代のせいでも、流行のせいでもなく、それをひっくり返せなかったおれたちの責任だ。


「あの曲は、間違いなく良い曲だと思う。付き合いの浅いウチにだって、あなたたちの覚悟や思いが痛いくらいに伝わってくるわ」


「だろうな」


「自信があるのね?」


「当たり前だろ。おれたちの全部なんだから」


「ふうん?」


 犯人を見つけたように目を細める広末。


「……タクトさん、あなた答え合わせをしているわね?」


 バレたか、と思いながら、おれは続ける。


「……それこそが、おれたちが負けた理由なんだろ?」


「はあ……」


 広末が呆れたようにため息をつく。


「あのあの、自分、あまり、というかまったくついていけていないのですが、どういうことなのですか……? 全力を出し切ったから、負けた……?」


「全力を出し切ったからじゃないわ。amaneの全部だったからよ」


「ふむ……?」


「……重ね重ね、あくまでもウチの意見だけどね、あの曲は、パーソナル過ぎるのよ」


 やっぱりそうだ。


 おれたちの曲は、あまりにもおれたち自身の曲だったんだ。


「あなたたちの人生そのものが曲になっている」


「うん、そうだな」


「だからこそ、ライブではきっとすごかったんでしょう。熱量も出るでしょうし。観にくる人たちもあなたたちの表情やら何やらからとんでもないものを感じたと思うの。……でも、音源は違う。あなたたちの顔も名前も年齢も何も知らない人たちが聞いたら、なんの話してるのか分からなかったんじゃない?」


「それが欠点だったってことですか……?」


「欠点とは思わないけれど。とにかくそれが『流行らなかった』理由の可能性はあるんじゃないかしら」


「だよなあ……」


 答え合わせが完了してしまい、おれは脱力する。


 つまり、映画のクライマックスの独白だけを聞かされているみたいで、理解はできても、共感が出来なかったのだろう。


『……だけど、今日のために、もう二度と使えない大玉おおだまを仕込んだだろ?』

『だとしたら、次のライブでも同じ熱量で出来る可能性の方が少ない。それよか、Butterの方がよっぽど確実性が高い。あいつらの技術は、即時的なものじゃないから』


 それはきっと、あのライブハウスでのライブの後に大黒おおぐろさんから指摘されていたところと同じで。


「一つ、あるんだけどね」


 広末は——天才ぼっち宅録家・IRIAイリアは、神妙な面持ちで打ち明ける。


パーソナルな曲わたしのうたを、みんなのうたに出来る方法が」

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