第47小節目:Keep On Growing
そこから二週間ほど、特訓の日々が続いた。
おれは
本人
わからんものの、市川が熱を持って音楽の話をするのって意外と聞いたことがないので、そう話してくれるのは嬉しかった。「なんでニヤニヤしてるの?」と頬を膨らまされてしまったけど。
レッスンを含む猛烈な個人練習に加えて、もちろんバンドでの練習も重ねた。
レコーディングは一人ずつ行うため、個人練習のウェイトを重くする方が効率的ではあるが、やはり完成した時のイメージを強く持つことも重要だ。
「うわあ、見違えた……!」
バイトで数回バンド練習に来られていなかった吾妻が、久しぶりにおれたちの合奏を聞いて、目を見開き、感激の溜息を漏らす。
「いや、聞き違えた、ってのが正しいのかな? とにかく、本当にすごい。同じバンドとは思えないくらい進化してるけど、でもちゃんとこれはamaneの音楽だって思える。どう考えてもプラスの方向に進化してる……!」
吾妻のベタ褒め自体がすごく珍しいというわけではないが、ここまで手放しに褒めてもらえるのはかなり久しぶりのような気もする。
「よかったー……」
おれはその言葉に、肩の荷が降りたような気になり、吉祥寺のスタジオの天井を見上げる。
実際、かなり手応えはあった。
それにしても、基礎練習を舐めていたなあとも思う。
沙子と答え合わせしてみたが、結局おれも沙子もやっていたのは楽曲の練習よりも基礎練習だった。
ただ、じゃあレッスンを受けなくても済んだかというと、そういうわけではない。
おれの場合は、自分でも気づかなかった基礎の部分が欠けていた。基礎練習もその意味を分かってやるのと、ただ漠然とやるのでは効果が違うということだ。
「それじゃあ、ついにレコーディングは明日だね……!」
5分前行動の市川が時計を見上げて、今日の練習を締めにかかった。
もう一回くらい、と思わなくもないが、市川の喉をなるべく温存しておく意味でも、ここは腹八分目で終わらせておく方が賢明だろう。
各々楽器をしまって、フロントに出ると、おれたちが練習している間にシフトに入ったらしい神野さんがレジカウンターに立っていた。
「おータクト! ユリボウも」
こちらに向かってぶんぶんと手を振る神野さんに、吾妻が「どうしてあたしより先に小沼なわけ……?」とおれを
「どうだ? タクト、かなり上手くなっただろー?」
「はい、どうも、
市川が売られてないケンカを買っている……。
「どーいたしまして! つーか、レコーディング明日だろー? アマネさんも、今日は喉休めて寝ろよ? 辛いものとか食うなよー?」
「あ、はい……! ごめんなさい……」
「ん? なにが? もう食ったのか?」
「いえ、そうじゃないんです……」
ケンカを買われたことに気づかず無邪気に返すどころか心配までしてくれた神野さんに、さすがに市川も申し訳なくなったらしい。なんとなく珍しいものを見た。
「そういや、12月ロックオン、
「ありがとうございます、何から何まで……!」
市川部長が深々と頭を下げる。
『惑星系』とは、吉祥寺のライブハウスだ。おれたちがレコーディング権争奪ライブに出たライブハウスでもある。
惑星系とスタジオオクタは吉祥寺にある音楽施設同士ということで付き合いが深いらしく、神野さんが融通を聞かせて予約などの窓口をしてくれている。
「まー別にアタシも
粗暴に見えて実に人間が出来てるなあ……、と感心していると、
「それに、部活のことで後悔すんのは、イヤだろ?」
と
何へのとどめかって、それは、
「舞花ぶちょぉ……!」
神野さんに抱きついた吾妻の涙腺の、だ。
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