第48小節目:My Stupid Mouth

拓人たくと、おはよう」


「おう、沙子さこ


 レコーディング当日の朝。


 一夏町ひとなつちょう駅で、天窓から差し込む朝日に照らされ、金髪を輝かせている幼馴染と待ち合わせをしていた。


「ちゃんと寝たか?」


「……努力はした」


 どうやら、睡眠の調子はかんばしくなかったようだ。 


「そういう拓人はどうなの」


「似たようなもんかなあ……」


 苦笑いを返す。


 というのも、おれと沙子は、昨日帰りがけ、神野じんのさんに、しつこいくらいに「今日はこれ以上練習せずにちゃんと寝ろよ?」と念を押されていた。


『レコーディングは、精神力を使うんだ。ライブみたいに一発勝負じゃなくてやり直すことが出来る分、どーしても完璧なテイクを残したいって思っちまう。少なくとも、ノーミスの音源にしたいと思うだろー? だったら、ちゃんと寝て、イライラせずに何テイクも録れる余裕を身体に残しとけ』


 とのことである。


「でも、きっと大丈夫だと思う。だいぶ、自信がついてきた」


「そっか、それは良かった」


「ありがとうね、拓人」


「何が? お礼を言うなら、吾妻あずまにだろ」


「それはそう。でも、拓人にも、ありがとう」


 よく分からなかったが、あまりとやかく言うと、せっかく0.数ミリ上がった口角が曲がってしまいそうなので、遠慮しておいた。

 

 そしていよいよ、緊張しながらスタジオオクタに到着すると、


「おー来たな」


 カウンター越しに神野じんのさんが迎えてくれた。


 おれと沙子がビリっけつらしく(とはいえ別に間に合ってるけど)、フロントには市川いちかわ吾妻あずま平良たいらちゃんが座っている。


「おはよう、小沼くん沙子さん!」


「おはよ、さこはす小沼」


「おはようございますっ! 改めて、自分まで、参加させていただき、恐縮ですっ……!」


 三者三様というほどではないが、挨拶をしてくれるのでおれと沙子も返す。


「恐縮しなくていいってば。プリプロであれだけ色々やってもらって、呼ばないとかないでしょ。あたしの方が作詞だけしたらそれっきりだし……。むしろ、日曜日に来てくれてありがとうね」


「いえいえ、自分は休日は基本的に引きこもってるだけですのでっ」


 師弟がにこやかなやりとりをしている。この二人は今日は見学だけだからか、だいぶ穏やかな精神状況と見える。それに引き換え……。


「揃ったか? もうエンジニアさん来てるよ。スタジオに入ってくれ」


「ハイ、カシコマリマシタ……!」


 いよいよ始まるのか、と実感が湧いてきたら、カタコトになってしまうおれ。


「おい、タクト……。緊張してたら身が持たねーぞ? ライブと違ってやり直せるのがレコーディングのいいところなんだから、リラックスリラックス!」


 背中をバシンバシンと叩かれて、リラックスどころか痛い。微妙に昨日と言ってることが食い違ってるような気がしないでもないし。


 ただ、まあ、確かに緊張はどこかに飛んでいってくれた。






「おはよーございます! いやーどうもです! 改めまして、レコーディングエンジニアを担当させていただきます、広末ひろすえ日千歌ひちかでっす! ヨロシクお願いします!」


「おはようございます、amaneです! 今日はよろしくお願いします!」


 スタジオに入ると、レコーディングエンジニアの広末さん(姉)が自己紹介をしてくれるので、市川が挨拶を返す。


 それにしても、妹とはえらい違いだ。顔は結構似てるんだけどなあ。


亜衣里あいりさんとは雰囲気違いますね……?」


「そうだね」


 おれと同じことを考えたらしい平良ちゃんが師匠に耳打ちする。耳打ちだけどエンジニアの良質な鼓膜は聞き逃さなかったらしく、


「あー、ワタシは亜衣里と違って海外で暮らしてないからですかねー」


 あっけらかんとコメントをする。


「あれ、そうなんですか?」


「ハイ、ワタシが専門学校に入る時に家族が海外に行くことが決まったもんで、ワタシは日本に残って普通に一人暮らしって感じです。その点、妹は小学生の途中から海外ですからねー。そういう人格形成の時期にどこで暮らしてるかってことの方が、血筋よりもよっぽど性格には影響するんでしょうねー」


「なるほどですっ」


 おれも、それはそうだろうな、という感じがする。


「ま、今はワタシの家で二人暮らしですけど! いやーもー、あまり一緒に暮らしてた期間が長くないもんだから、歳の離れた妹が可愛いのなんのって!」


「ああ、そうなんですね……」


 まあ、たしかに、他人だと多少目に余る言動でも、肉親だと目に入れても痛くないものなのかもしれない。


「……あれ、もしかして先輩方にご迷惑おかけしてます?」


「あーいや……」「そうですね」


 言い淀んだおれの横から、沙子が肯定する。肯定するなよ、いい子だったじゃん。


「あっははー、ちょーっとツンデレ子ちゃんなんでねー、意外と可愛いところもあるのでねー、もし良かったら仲良くしてやってくださいなー、あっははー、……すみません」


 笑って誤魔化す、という日本的な対応をする日千歌さんはやっぱり日本育ちなんだろう。


「ま、まあ、そんな我が家の諸々はおいといて!」

 

 そして、『おいといて』のポーズをしてから(これも日本的)、二カッと笑う。


「んじゃ、始めますか! レコーディング!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る