第49小節目:今日がインフィニティ
レコーディング用のスタジオには、演奏をするための防音室に隣接する形で、『コントロールルーム』と呼ばれる小部屋がついていた。エンジニアさんが調整をしたり、演奏中以外のメンバーが演奏を聴くための部屋らしい。
録音したドラムを聴きながらベースを
トップバッターたるおれは防音室に入って、ドラムの前に座りつつ、そこにあるヘッドフォンを耳にかける。
『テステス。聞こえますかー?』
「はい、聞こえます」
ヘッドフォンから、
『これ、私の声も聞こえてるんですか?』
『うん、聞こえますよ。ね、小沼さん?』
「はい、聞こえてます」
日千歌さんの横にいるんだろうか、
なんにせよ、コントロールルームとはヘッドフォンを通して会話が出来るらしい。
『それじゃ、ドラムの調整お願いします』
「分かりました」
ドラムイスに座り、セッティングをする。
少しすると、メジャーを持った日千歌さんが防音室に入ってきた。後ろから
「この位置で決まりでいいですかー?」
「はい、大丈夫です」
「承知しました!」
日千歌さんは先ほどまでとは一転、真剣な表情になり、左右のシンバルの距離をメジャーで測ったりしながら、10本ほどのマイクを配置していく。
平良ちゃんはおそらく聞きたいことがたくさんあるのだが、邪魔をしてはいけないと思っているのか、うずうずした様子でスマホに何かをメモしていた。質問リストを作っておいて、後で時間があればまとめて聞くつもりなのだろう。
その後、日千歌さんはコントロールルームに戻り、太鼓、シンバルごとに試しに叩くよう指示をした。しばしば「ちょっと待ってくださいね」と言って防音室にやってきて、ほんの数センチマイクの向きを変えたり、位置を変えたりしていた。
「……よし、こんなもんですかね」
日千歌さんがそう言った時にはもう、おれたちがこの部屋に来てから1時間以上が経過していた。
なるほど、これがマイク設置か……。広末(妹)の言っていたことを思い出す。
『レコーディングって、マイク立てたり片付けたりするのに意外と時間がかかるのよ。合わせて2時間とか』
『その時間もレコーディングの時間に含まれてるわけ。つまり、録音してる時と同じだけの費用がかかるということよ。だから、演奏する人が同じ人なら、わざわざ別日にやるよりそっちの方が安く早く済むわ』
ドラムだけではなく、この後、ベース、ギター、歌と録音する際には都度都度こういった作業があるということだろう。
さすがにドラムが一番時間がかかるんだろうとは思うが、なるほど、これはプリプロをしっかりやってこなければ、時間がもったいないと言うのはよく分かる。
『それじゃあ、本番行きましょっか。準備はOKですかー?』
おれはヘッドフォンを改めてかけ直し、呼吸を整える。
鼓膜を震わせるメトロノームの音に、脈拍を合わせていくようなイメージ。
そのテンポで包丁を研ぐように、感覚を
「……いけます」
『それじゃ、4カウントで入ってください』
おれは、慎重に、でも、臆病にならないようにしっかりと、第一打目のスネアドラムを叩いた。
『……はい、お疲れ様です!』
遅いテンポの曲をたった1回通して叩いただけなのに、息切れしていた。集中力というのは体力を奪っていくものらしい。
『それじゃあ、
「はい」
ヘッドフォンを置いて、コントロールルームに戻った。
4人が口々に「おつかれさま」と
「ミスはなかったと思うんだけど……どうだった?」
「うん、悪くないんじゃない?」
吾妻のその言い方に若干の含みを感じないでもなかったが、
「ま、聴いてみましょー」
と、日千歌さんが言うので、スピーカーから少し離れたソファに腰掛けて再生を待つ。
「ほい、流しまーす」
そう言って、再生が始まった。
「おー、音綺麗ですね……」
「あっはは、良かったです」
おれが感心する声を聞いて、日千歌さんは快活に笑う。
本当に音が綺麗だ。スピーカーの質がいいのかもしれないが。
ただ、なんとなく音量が物足りなく感じる。
「すみません、もう少し音量上げていただいてもいいですか?」
「それは出来ないんですよー」
「……? そう、ですか……」
素人目には音量のつまみを上げれば良いだけのように思ってしまうが、そう言うわけでもないのかもしれない。おれはエンジニアさんに意見できるほど機材のことを分かっているわけではないので、素直にうなずいて、もう一度音源に耳を傾けた。
静かなAメロBメロから曲は進行して、曲が最も盛り上がる最後のCメロから大サビへと曲は進んでいく。
「あー……?」
曲が最後まで終わり、日千歌さんがこちらを振り返る。
「どうでした?」
色々な思考が脳を走るが、まずは端的におれは感想を告げた。
「……悪くないですけど、良くもないですね」
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