第50小節目:ubik

「なんか、なんとなく、ほんのり良くないと思うんだけど、どうだ……?」


 録音した音源をもう一度聴かせてもらって、そんな曖昧な質問を4人に問いかけてみる。


「んー、私は良いと思うけどな……?」


「ですねですね、自分も先輩が何に引っかかっていらっしゃるのか、ちょっと分かりません……!」


 黒髪シスターズが首をかしげる中、


「……多分だけど」


 沙子さこが小さく挙手する。


「迫力がないんだと思う。うちは、いつも、拓人たくとの一番近くで音を聴いてるから分かるけど」


「さこはす、言い方……」


 ……ああ、なるほど。


「すみません、大サビを聴かせていただけますか?」


「ほーい」


 日千歌ひちかさんがパチパチっと操作をして大サビのドラムを流してくれる。


 そこは、曲で最も感情を乗せている箇所だ。


 おれは大きな花火を打ち上げる意識で力一杯叩いて、曲全体を盛り上げようとしている。


 7月ロックオンの時、『わたしのうた』を歌おうとしたが声の出ない市川のために大音量を出した、あの演奏のイメージだった。


 でも、音源で聞くそれは。


「……たしかに、叩いてる時に聞こえる音よりも、迫力がない」


 あれ? 叩いている時は、自分が太鼓に近いから迫力を感じるだけで、お客さんにはそんな風には聴こえてないってことか?


「スピーカー越しだからってことですかね?」


「音量上げましょうか?」


「え」


 さっき、『音量上げられない』みたいなこと言ってたのに?


 おれが戸惑っている間に、日千歌さんがぐぐっと音量を上げてくれた。


 そうすると、


「迫力は、あるか」


「やっぱり音が良いねー……!」


 沙子と吾妻あずまがつぶやく。


「……この音量のまま、最初の方を聴かせていただけますか?」


「ほーい」


 そして、やっと分かった。


 大事なのは迫力じゃない。


「……抑揚よくようが、ないように聴こえます」


「あーなるほど! それが気になってたんすね」


 おれの言葉に、日千歌さんがやっと合点がてんがいったと言うように膝をポンと叩く。


「どういうことですか?」


「んーとね……レコーディングでは、音量で抑揚よくようをつけることは出来ないんです。あー、つまり、『盛り上がるところは大きく叩く』みたいなことはあまり効果がないということです」


「はい……!?」


 今まで使っていた武器をいきなり取り上げられた気になる。吹奏楽部の時から、クレッシェンド、デクレッシェンド、ダイナミクスを意識しましょうってあんなに言われてたのに……!


「ライブだとあるんですけどね、音量で抑揚をつけるって。てーか、それが普通なんですけどね。でも、レコーディングって『音量の差』の概念がなくなるんすよ」


「ちょっと、よくわからないです……」


「小沼、打ちひしがれてんねー……」


 吾妻に苦笑にがわらわれてしまった。


「コンプレッサーって、分かりますか?」


「えっとえっと……音量の大きすぎるところを削ることですよね?」


 曇り顔のおれに代わり、平良ちゃんが答えてくれる。


「ざっくり言うと、そうです」


 日千歌さんが説明してくれたことによると。


 まず、音が割れないように、一番音量が大きい箇所に合わせて整音をしていくのが基本の考え方。


 なので、各楽器の一番大きい音量と一番小さい音量に差があり過ぎると、一番大きい音量の箇所に合わせて音源を作るため、小さい音量のところがプレイヤーで再生した時に聴こえなくなる。


 そのため、音量が大きい箇所の音量を削って、全体の音量がだいたい均一になるようにする。


 まとめると、


『リアルでどんな音量で叩こうと、全部おんなじ音量で聞こえるように機械で調整しちゃうぞ☆』


 ということらしい。


「えー……」


「まー、たしかにこれは、いわゆる『エモい』演奏をしている人がおちいりがちな罠なんすよ。歌とドラムは特に。歌も、シャウトしても、声質の変化は出るけど、大きな声にはならないってわけです」


「そうなんですね……!」 


「……で、小沼さんなら、どうしますか?」


 日千歌さんはおれの目をじっと見る。


「おれ、なら……」


 もう、考えている時間がない。


 おれは、本当に情けないけれど、こう言うしかなかった。


「2分だけ、時間をください」

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