第51小節目:Watch Yourself

 物語の中で『情けないけど、こうするしかなかった』『カッコ悪いけど、こうするしかなかった』なんて文章やセリフがあったら、どんな行動を取ったと想像するだろうか。


 きっと、『自分を犠牲にする方法しか選べなかった』とか『土下座をして会社の危機を救った』みたいな、一周回ってかっこいいとも言えるような行動がその後には続くものだと思う。


 だから、『本当に情けないけど、こう言うしかなかった』なんていうと、本当は情けなくない何かを期待されるものかもしれない。


 だが、「2分だけ、時間をください」と言ったおれが取った行動は、本当の本当に情けないもので。


 それは、つまり、


「神野さん! ピンチです!」


 フロントに立っているドラムの先生に泣きつくことだった。


「は? どーした?」


「いや、それが……」


 おれはかくかくしかじかと今レコーディングブースで発覚した問題を説明する。


「あー、アタシとしたことが大事なことを教え忘れたな」


 説明を聞き終えた神野さんは、あっけらかんと言った。


「うっ……!?」


 無料で教わっている手前、「まじですか勘弁してくださいよ」的なツッコミを入れるなんて恩知らずなことは出来ない。だけど、それでもやっぱりそれは事前に教わっておくべき項目だったんだ、ということを知り、そっと歯噛みする。


 その表情から責めるような感情が滲んでしまっていたらしく、


「おーおー、そんな顔すんなよ、悪かったって」


 と神野さんはバツが悪そうに目をそらした。


 そして、


「でもな、」


 いつもの勝気な表情になり、おれに向き直る。


「今のタクトならそれが出来るはずだ」


「そうなんですか……?」


「ああ」


 真剣な表情に戻った神野さんは人差し指で天井を指す。


「タクトはずっと、メトロノームに正確に叩く練習をしてただろ? 機械の鳴らす音にピッタリ合わせて叩く練習」


「え? はい、それは……」


 してたというか、そういう指示を受けていた。


 どの手とどの足を組み合わせてどんなリズムを刻もうと、とにかく正確に、ブレなく、休符までもテンポ通りに叩く。


 それが、神野さんから教わった練習の行き着く場所だと認識している。


「そんで、それがかなり出来るようになったよな?」


「おかげさまで……?」


 これで満足して良いという水準ではないだろうが、数週間前とは雲泥うんでいの差だと自分でも思う。


「じゃあ、それが完璧に出来るようになった時に、だ」


 そこまで話して、その口元は、全てをひっくり返すようなことを告げた。




「お前が叩くドラムは、機械が叩く打ち込みのドラムとどう違うんだ?」




「はい……?」

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