第3曲目 第36小節目:夜のコール

有賀ありがさんに会いたい?」


『うん……!』




 今日の練習から帰ってから例によってゆずとソファでくつろいでいたところ、これまた例によってテーブルの上に置いてあったスマホがきざみに震えた。


「たっくん電話ー。って、新キャラなんだけど……!?」


 その画面に表示された名前は『由莉ゆり』。


「なんで吾妻あずま……?」


「アズマユリ、覚えた」


「覚えなくていい……」


 おれのひとりごとを耳ざとく聞いていたゆずをいなす。いや耳ざとくも何もこれだけ近くにいたら聞こえますよね。


「アズマユリさんはなんの人?」


「なんの人ってなんだよ……ちょっと足どけて」


「はーいー」


 市川からの電話の時に足をどけなくて怒られたことから学習したゆずに素直に解放されて自室に戻って着信に応じると、電話の向こうからは当然、吾妻の声。


『もしもし、小沼おぬま……? いま大丈夫? ちょっと相談があって……』


「おう、どうした……?」


 存外ぞんがいにしおらしいねえさんの声に用件を聞くと、その内容は、


『有賀さんに会いたいんだけど……』


 というまったくもって想定していない相談事だった。




「有賀さんって、あのamaneの元マネージャーの有賀さんのことだよな?」


『うん……』


「なんでいきなり有賀さん……?」


今日小佐田おさだちゃんに撮ってもらった写真見てたら、なんか、いてもたってもいられなくなったっていうか……』


「ああ、あれはいい写真だったもんなあ……!」


 吾妻はあのあと、amane演奏組3人での練習中ずーっとスタジオの椅子に腰掛けて、小佐田さんからスマホに送ってもらったamane4人のアー写をほけーっとながめていた。


 おれも思い出して、つかの間ほんわかした気持ちになる。


「……いやいや。いい写真だったのはわかるけど、いてもたってもいられなくなったっていうのは?」


『あ、うん。あたし、あの写真を見て、やっぱりなんとかしてamaneをデビューさせたいって改めて決意したっていうか、あたしの本当にやりたいことを再確認したっていうか……。なんだけど、そのやり方が本当はちっともわかってないし、なんなら動き方もわかってないなって思ったんだ』


「充分考えてくれてると思うけど……」


『いくら頭の中で考えてたって、動かなければそんなのは考えてないのと一緒でしょ? 成果ゼロだよ、ゼロ』


「そんなもんかなあ……」


 その考え方がすでに一つの成果になっているような気はしたが、それを口にするのは単純におれの意識の低さのあらわれでしかない気もするので曖昧あいまいにごまかした。


『そんで、その一番の近道を知ってるのは有賀さんでしょ? 少なくとも、あたしたちが直接知っている人たちの中では』


「そうかもなあ」


『だからね、教えてくれるかは分からないけど……、というか教えてくれるとは思えないけど、それでも一回話を聞いてみたいなって』


「なるほど」


 ……まあ、というか、amaneがバンドとしてデビューする方法はすでに明確に示されていたような気がするけど。


 つまり、有賀さんがおれにした『テスト』でおれが不合格になった理由の逆をすればいいのだろうが、それを選ぶつもりなど吾妻には毛頭もうとうないらしい。


『一応言っておくと、小沼の本心を曲げるのも、二人が……別れるのも、あたしのやりたいことじゃないから』


「心を読むなし……」


『別に読んでないし。顔も見えてないのにそんなこと出来るはずないでしょ。どうせあんたのことだから、出来もしないくせにそんなしょうもない可能性を考えてんだろうなって思っただけ』


 それを心を読むと言うのではないのでしょうか……? というか普通は顔を見ても出来ないからね……?


「まあ……それであんな大人といきなり会おうって、吾妻はすげえな」


『向かう先と目標が決まってるんだから、前進あるのみでしょ。前がどっちかわかっている時に進まないなんていうのは向上心がないだけだよ。1日だって勿体もったいい。やれること全部やってみて、そのうち一回でもアタリを引けたらそれでいいんだから』


「おう……」


 この立派な人生論はどこから出てくるんだろうか。毎日3本歌詞を書いてると、色々考えるものなのかな……?


『で、小沼、連絡先交換してたりしない?』


 改めての質問におれは首を振ることしか出来ない。


「すまん。吾妻のそういうところは本当に尊敬するし、バンドのためでもあるからなんとかできないかなあとは思うけど、おれはあの人と連絡先交換してないんだよなあ……。ていうか、家族とamaneメンバーと英里奈えりなさん以外とは連絡先交換してないですね」


『あ、ごめん……』


あやまんなし……。ていうかそれ、普通に考えて市川に聞くのが一番早いんじゃないの?」


 一番早いどころか、それしかなくないか、とすら思うのだが。


天音あまねには頼めないよ』


 ぽつりと、吾妻はつぶやく。


「なんで?」


『んん……。たとえば、あんたが天音に誕生日プレゼントをおくろうと思った時に、付き合ったばかりだから天音の好みを知らなかったとするでしょ?』


「は? おれ?」


 電話の向こうに見えるはずもないが、思い切り顔をしかめて首をかしげた。


『だけど最初のプレゼントだし絶対に喜ぶものを贈りたいって時に、手段を選んでられなくなって……そんで、小沼は思いつくんだよ。「ああ、市川の元カレに連絡をして今まであげたものとか喜ばれたものとか聞こう」って』


「そんなこと、思いつかないよ?」


『それで、その時に、天音に「元カレの連絡先教えてよ」って聞く? 聞かないでしょ?』


 おれのツッコミを無視して話を続ける吾妻ねえさん。


「ちょっと待って。まじで全然言ってることが分からないんだけど、市川って元カレいんの?」


『あれだけ可愛かわいくて性格も良いんだから、引く手数多あまたに決まってるじゃん。普通に中学共学だし、いないとは限らなくない?』


「まじかよ……」


 たしかに、その可能性をなぜおれは考えなかった……? いやでも、『私はぼっちだった』とか言ってたけど……?


『ちょっと、そんなにヘコまないでよ……。いないいない。あたし当時徹底的に調べたから知ってる。たとえばの話だっての。おーけー?』


「お、おーけー……」


 さりげなくちょっと怖い情報が挟み込まれていた気もするが、とりあえず気持ちを立て直した。


『たとえばもしそうだった時に、天音、元カレと連絡を取ってることを知った時点でもう喜ばないじゃん。でしょ?』


「それはそうだと思うけど、だとしても言ってることがよく分からん……。吾妻にしてはたとえがわかりづらくないか? おれの理解力がないだけ?」


『うーん、まあちょっとけむに巻こうとややこしい比喩ひゆにした、かな』


「なんでだよ……」


「てへへ」


 笑ってごまかそうとしている……!


『でもまあ、小沼が連絡先交換してるわけないよねえ……んー、どうしようかなあ』


「そうなあ……」


 吾妻がamaneのために頑張ってくれているのだから、おれも何かできたらとは思うんだけど……。


 うーん、と片方の腕で腕組みして考え込んで、ふと思いつく。




「……いや、一個だけ手があるな」

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