第3曲目 第37小節目:労働者
「……いや、一個だけ手があるな」
『え、ほんと? なに?』
おれは学園祭のamane演奏前に
「
『さこはすパパ? どうして?』
ムーミンパパみたいな言い方するなし。
「えーっと……とにかく沙子のお父さんが音楽ライターらしくて、
『え、そうなの!? あの、ミスコンの時の写真と同じポーズのやつ!? 「楽曲制作にする時に気をつけていることはありますか?」って質問に「作ろうと思う前に出来てたのでわかりません」っていかにも天才な発言をしてあたしをメロメロにしたあの記事!?』
「吾妻がメロメロになったかは知らないけど……」
そういやそんな回答してたな、amane様……。電話の向こうで興奮している吾妻とは裏腹に、リアル中二時代の発言が記録されてメディアに掲載されてるっていうのは大変なことだな、と苦笑する。
「あれ? ていうか、吾妻は沙子のお父さんと有賀さんのつながりは知らないんだっけ?」
『それ話してたの多分、学園祭の本番前だよね? あたしがお花摘んでた時の話じゃない?』
「吾妻、お花摘みに行ってたの? なんで?」
『この電話を切ったら「お花を摘む」でググりなさい』
「分かりました……」
なんか怒られたんだけど……。
「まあ、とにかく、沙子のお父さんにつないでもらえばなんとかなるかもしれない。……けど、なんて言ってつないでもらえばいいんだ……?」
『そうだよねえ、amaneのこれからについて相談したいとかってさこはすのお父さんに言ってもらうわけにもいかないもんねえ……」
「中高生が社会人に連絡する口実なんか、職場体験くらいしか思いつかない」
いや、それもありえないのは分かってるけど……。
『職場体験ってなに?』
「え、知らないか? 職場体験。中学の時やったじゃん。スーパーとかマックとかにいって、無賃労働するやつ」
おれが知っていて吾妻が知ってることなんかあるもんなのか、と驚きながら教えてやると、吾妻が『わあ!』と声をあげた。
『それ、あたしの憧れてたやつだ! 公立だとやっぱりあるんだね。あたし私立だったからそういうのなかったんだよ。羨ましいなあ』
「何が羨ましいんだ……?」
『だって、中学生じゃないと出来ないじゃん! 青春じゃん!』
「ああ、そういうこと」
吾妻の手にかかればなんでも青春だな、と感心する。
『ねえねえ、どんなだった?』
吾妻は青春への興味が強すぎるのか、有賀さんに会いにいく話をいつのまにか脇に置いてそんなことを聞いてきた。うーん、とおれは思い出す。
「んーと。おれ地元の喫茶店的なところで接客バイトだったんだけど、一緒に職場体験した……その、女子がめちゃくちゃ無表情でな。店長に毎回『ねえ、君、笑えないの? 接客業なんだけど』って
『……羨ましいなあ』
「あの、おれの話聞いてた?」
さっきのとはどことなく違うテンションの『羨ましいなあ』を言ったあと、吾妻はこほん、と咳払いをして仕切り直す。
『とりあえず
「一応名誉のために名前は伏せてたんだけどなあ……」
あと、その話始めたのは吾妻なんだけどなあ……。
『職場体験で思い出したんだけど、OB訪問? っていうのがあるみたいなんだよ。この場合はOG訪問かな? おにいちゃんが就活の時にしてた』
「なにそれ?」
『将来行きたい会社の人に仕事の内容とかを聞く、みたいなことだと思うんだけど……。そういうのでいけないかな。実際に興味があるのは嘘じゃないし』
「分かった、その線でいってみるか……。まあ、なんにせよ沙子に連絡しないと……」
と言った瞬間。
「うちが、なに」
と後ろからトーンの低い声が聞こえた。
「はい!?」
『ひゃあ!?』
振り返ると金髪はすが立っていた。
『ちょっと、小沼、おっきい声いきなり出さないでっていつも言ってるじゃん……。なに、どうしたの?』
「いや、沙子がうちに……。沙子、なんでいきなりいんの?」
ていうか最近うちに来すぎじゃない?
『さこはすがいるの? さこはすイン小沼ルーム?』
吾妻は吾妻で何言ってんのかよくわかんないし。
「ゆずにマンガ借りに来た。ほら、あの、写真部の子が勧めてたから。幼馴染ものだし、幼馴染ものだし」
「お、おう……」
なんで二回言ったの……?
「電話の相手、誰」
おれのスマホを指差して沙子が言う。
「吾妻だけど……」
「なんで」
沙子が
「なんでかっていうと……、ちょうどよかった。ちょっと待ってて」
おれは沙子にそう言うと、電話に向かって話しかける。
「吾妻、沙子に今の話、話してもいいよな?」
『う、うん。ていうかそれをあたしに聞いてる時点でほぼ言ってるようなもんだけど……』
相変わらず電話の向こうでたじろいでいる吾妻ねえさんをさておいて、おれはかくかくしかじかと沙子に説明した。
「ふーん、まあ、じゃあパパに頼んでみてもいいけど、その話、
「そうなのか?」
「うん、パパ、拓人のことを恩人だと思ってるから」
沙子が小さくうなずいた。
「なんで?」
「花火大会のこと、あったでしょ。うちが迷子だったとき。あれ、拓人がいなかったらどうなってたか、っていまだにたまに言う」
「ああ、なるほど……。そんなことまだ言ってくれてんの?」
おれは忘れてた、っていうかあのピカチュウが沙子だって知らなかったくらいなんだけどな……。
「『そんなこと』じゃないっつーの。じゃ、帰ったらきいてみる。また、連絡する」
「ありがとう、今日は送らなくて大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
今日の沙子ちゃんは本当にマンガを借りに来ただけらしい。
「沙子ちゃん、じゃーねー」
「ん。マンガありがと」
部屋から沙子が出ていき、そのあと玄関の方からゆずの声がした。
「もしもし吾妻? 聞こえてた?」
『うん。ありがとう……』
「そういうことだから、あとで沙子から連絡くると思う」
『分かった。……ていうかあんたとさこはすっていつもそんな感じで家を行き来してんの? そんで、いつもさこはすを家まで送ってんの?』
「いや、こんないかにも幼馴染みたいなことになったのはごくごく最近なんだよ。おれもびびってるくらいで」
『最近なんだ、さこはすもやりおるな……』
何をやりおるんださこはすは……。
『ま、別にあたしに何か言う権利はないか……。ていうか、今の話だと有賀さんと会う時に小沼も来てくれるってことだよね?』
「まあ、そうなるな……」
気は進まないけど……。ただでさえ知らない人と会うのに、その相手が大人だなんて。
『棚からぼたもちだったわ。小沼にもついてきてもらいたかったんだけど、それをお願いする口実が思いついてなかったから』
「どちらにせよ連れていかれる予定だったのか、じゃあまあおれも無駄な抵抗をする手間が省けたな」
おれは苦笑いする。
『ん? 口実が思いついてないって言ったんだけど?』
「いや、吾妻の頼みはどうせ断れないだろ……」
そんな話術ないしな……。
『へえ……』
「ん?」
ふと静かになった電話の向こうに問いかけてみる。
『ううん、だったら今後どうやって利用してやろうかなって思ってただけ!』
おれの耳元からは、吾妻ねえさんが嬉しそうに弾ませる声が聞こえた。
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