第3曲目 第38小節目:聞かせてよ

 有賀ありがさんに会いに行く話は、思った以上にトントン拍子びょうしに進んだ。


 次の日の昼休みには、売店から教室に戻る途中のおれのスマホが小刻みに振動し、その画面には知らない電話番号が表示されることになる。


「……は、はい」


 おそるおそる受話ボタンを押すおれ。名前が出ていても電話に応じなかった頃からすると、すごい成長ですよね。


『もしもし。お世話になっております。わたくし、バディ・ミュージックの有賀ありがと申しますが、小沼おぬまさんのお電話で合ってますでしょうか?』


「え、あ、あ、は、はい。小沼のオデンワであってます」


 突然のビジネスっぽい電話に、どもりまくるおれ。あれ、あまり成長してませんね……。


『あはは、良かったです。今、昼休みですよね? たしか、12時10分からだったから。波須はすさんから連絡を受けて電話しました』


「あ、ありがとうございます」


 なんでうちの高校の昼休みの時間を知ってるんだ? と思ったが、そういえば有賀さんは武蔵野国際ムサコク出身だと市川いちかわが言ってた気がする。


『……緊張してます?』


「あ、は、はい。いえ、あの、その、突然知らない電話番号からの電話だったので……」


『あれ、この電話番号から電話行くむね伝えておいてくださいってメール返信したんだけどな。って、メール送ってから2時間だから波須さんも読んでないか……。ごめんね、驚かせてしまって。『明日あしたやろうはばかやろう』が信条なもので』


「い、いえ、大丈夫です」


 いい加減どもりすぎているな……。電話の相手にバレないよう、小さく深呼吸をした。


『それで、私に用があるそうだけど? OB訪問だっけ。小沼君は音楽マネージャーになりたいの?』


「あの、えっとですね……」


 OB訪問は沙子のお父さんにつないでもらうための方便ほうべんだが、こうしてつなげてもらった以上、このまま嘘をつきつづけていても意味がない気がする。本当に聞きたいことが聞けずじまいになってしまうかもしれない。


 であれば、正直に話した方がいいだろう。


「実は、おれっていうよりは……、学園祭の日、おれたちと一緒にいた作詞している女子、覚えていますか?」


『ああ。アズマユリさん?』


「よく覚えてますね……!」


 つい驚きの声が漏れる。マネージャーという職業の特性なのか、社会人の特性なのか、個人の特性なのか、いずれにせよこんな高校生の名前なんか覚えているとは思わなかった。


『そりゃあ、ゴーストライターを頼もうとした相手だもの。小沼君のこともそれで覚えてるようなものだし。……あとはアズマさんって名字みょうじにも聞き覚えがあったし』


「そうなんですね……」


 うーん、それなら、別におれの名前を使わなくてもよかったんじゃないか……? まあ、知らなかったんだから仕方ない。

 

「あの、あいつが今amaneの……バンドamaneのマネージャーをやってるんですけど、それで、ぜひ有賀さんに相談があると言っていて。僕も、よければ一緒に話をしたいです」


『へえ……どんな相談?』


 試されるようなその質問に、おれはつばを飲む。


 怖い……けど、ここはしっかり伝えなければ。




「……バンドamaneがデビューするための方法について、です」




『……なるほど』


 有賀さんの声のトーンがひとつ下がる。ひいい……。


 そりゃそうだ。『それは自分たちで考えることなんじゃない?』って言われてもおかしくない……。吾妻だって『教えてくれるとは思えないけど』って言ってたし。


 おれは怒鳴どなられることも覚悟して、きつく目を閉じる。


 だが、電話の向こうからは。




『うん、わかった。一回話してみようか』


 と、落ち着いた声が聞こえた。




「いいんですか……?」


『いいんですかって、小沼君が頼んで来たんでしょう。言ったでしょ? amaneの復活は私の悲願なの。天音あまねさんがああ言ってる以上は、あなたたちに頑張ってもらうしかないもの。そのためなら協力だってするよ』


「なるほど……」


 なんだか、拍子抜けしてしまった。


 それと同時に、有賀さんのそこにかける思いを感じる。


 そりゃそうか、初対面の高校生に頭を下げてゴーストライターを頼むくらいだもんな……。


『それじゃ……さっそくだけど、明日の夕方とか空いたりする? 18時とかに赤坂あかさかにあるうちの会社に来てもらえたらと思うんだけど』


「か、会社ですか……!」


 なんか、すごい話になってる気がする。


『そんな構えなくても大丈夫だよ。うちの会社の場合、あなたたちくらいの歳の人がいるのは、そこまで珍しいことでもないから』


「そうなんですね……! おれは大丈夫です。吾妻にも聞いてみますけど、多分大丈夫です」


『分かった。じゃあ、アズマさんがダメだった時は連絡してください。武蔵野国際ムサコクから赤坂ってどうやってくるんだろう。新小金井しんこがねいから西武せいぶ多摩川たまがわ線で武蔵むさしさかい、そこから中央線ちゅうおうせんで、新宿しんじゅくで降りて山手線やまのてせんに乗り換えて原宿はらじゅく駅かな? 明治めいじ神宮じんぐうまえ駅に乗り換えて千代田ちよだ線で赤坂あかさかって感じか。すごい乗り換えだね……』


「そうですね……?」


 うん、武蔵境駅までしかついていけなかったけど、あとで乗換案内で検索しておこう……。


「えっと、3時半くらいには授業終わるので、それから行きます。あの……お仕事中じゃないんですか?」


 おれなんかが心配するのは余計だとは分かりつつ、気になったので質問してみる。


『これも私にとっては立派な業務だから大丈夫です。それじゃあ、明日待ってますね。あとでショートメッセージで会社の地図URL送っておきます。受付するのはさすがに怖いだろうから、一階に着いたらこのケータイに電話してくれますか?』


「分かりました」


 おれから電話するのかあ、怖いなあ……。


 でも、有賀さんが会ってくれるというのだから、そんなことを言っているわけにもいかない。吾妻も一緒に来てくれるし。





『……それで、ですよ』





「え?」


 突然、話題を変えようとしているらしい有賀さんの口ぶりに戸惑う。


『アズマさんはともかくとして、あのあと天音ちゃん・・・とはどうなの?』


「はい?」


 仕事の話をするのとそう変わらないテンションでそんなことを聞いてくるので、つい頓狂とんきょうな声が出てしまった。


『小沼君、あれだけ堂々とコクっておいて、天音ちゃんから返事もらえてないなんてことはないでしょう?』


 というか、よく聞くと『天音ちゃん』って呼んでる? 先ほどまで天音さんと呼んでいただけに、いとこみたいな距離感の呼び方に少し笑みがこぼれる。


「えっと……まあ、おかげさまで……」


『……そう。じゃあ、良かったね。ていうか、付き合ってなかったら天音さんをソロでデビューさせちゃうところだったけど』


「たしかに……。有賀さん的にはそっちの方が良かったですね」


 苦笑いしながらいうと。


『何言ってるの? そんなわけないでしょう。まあいいや、詳しいことは明日話しましょう』


「え、あ、はい」


『それでは、また明日。お疲れ様です』


「は、はい。お疲れ様です」


 手汗でしめった指で電話を切って、ひたいを拭う。


 いや、かなり怖かった……。けど、なんとかなったらしい。



 おれはすぐさま吾妻にラインを送る。


小沼拓人『有賀さんから電話あって、明日の18時に赤坂だって。大丈夫?』


由莉『まじか、早いな! 大丈夫、分かった。』


由莉『小沼、ありがとう。カルピスおごるね』


 さすが、吾妻ねえさんは返事が早いな……。




 スマホをそっとポケットにしまって、ふう、と息をつきながら教室に入る。


 ……さて、残る課題は。



「おかえり、小沼くん。売店、長かったね? 16分23秒!」



 なぜかおれの席に座って、おれを笑顔で迎えてくれたこの人に明日のことをなんて説明するかなんだけど……。




 16分23秒……?

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