第3曲目 第22小節目:誰もが
「腹減った……」
そういえば、今日(というか昨夜)は両親ともにいない日だったはずだ。ゆずは1人でご飯食べたのかな……。食事当番がゆずだったからいいけど。
なんかあるかなあ……、とキッチンにたどり着くと調理台の上に、ラップのかかった
その上にはA4の紙。大きく『たっくんの』と書かれている。
おれの分、とっといてくれたんだ……。
ありがてえありがてえ、と頭を下げて紙をどかすと、そこにはオムライスにケチャップで大きく
『ばか。』
と書いてあった。
「『たっくんのばか。』か……」
申し訳ないな、という苦笑いとともに、しかめ
レンジに入れて、調理台に背をあずけた。あくびをして、ふと気づく。着替えてないんだから当たり前だが、おれはまだ制服を着ていた。ズボンは2つあるから履き替えていこう……。
温まったオムライスをリビングへと持って行った瞬間。
「ひっ……!?」
おれはつい息を呑む。
ソファには、2人の女子が寄りかかりあって眠っていた。
1人は当然我が家の
「いつ来たんだよ……」
なんと、金髪幼馴染さんであった。
「おーい……」
ヘッドフォンを外しながら、起こす気があるのかないのか自分でもわからないまま小声で声をかけながらその顔を覗き込む。
暗くてほとんどわからないが、
……泣いていたのだろうか。
まあ、当然あのあと沙子にも
本腰を入れて起こすべきか
「……
「おう、おはよう……。寝起きいいな、沙子」
「んん……」
軽く身じろぎをしてから、自分にもたれかかって口を開けて寝ているゆずに気づく。
その頭を手で支え、そっとソファに横たえた。
沙子はすべるように床に地べたに体育座りする。ついでに、ぶかぶかのパーカーに、曲げた膝まですっぽりと入れた。
「ていうかその服おれのなんだけど……伸びる……」
ソファテーブルにオムライスを置いて、同じく地べたに座ったおれがゆずを起こさないように小声でつっこむと、
「いいじゃん。寒いって言ったらゆずが貸してくれた」
そう言って鼻を鳴らして自分のひざ(ていうかパーカー)に顔をうずめた。
「それ昨日の夜着てたから、洗濯カゴに入れてたやつで綺麗じゃないよ?」
「別にいい。幼馴染の、特権」
パーカーに口元をあてたままモゴモゴと謎の権利を主張してくる。
「怒られるのおれなんだけど……」
「……言わなきゃいいじゃん。うちも言わないし」
「罪悪感植え付けるなよ……。ただでさえ昨日今日やばいのに……」
ふふ、とパーカーに押し当てた顔が笑った気がした。沙子ちゃん、ポーカーフェイスなんじゃなかった?
「それで、どうしておれん
なおも小声でたずねた。
「うん……あのあと英里奈からうちにも連絡あって。それで、拓人にお願いをしに来たら、拓人が曲作ってるみたいだったから、出来るまで待ってようと思った」
「お願いって?」
「ううん、もう大丈夫。……拓人に、曲作ってもらおうと思ったんだ」
「……そうか」
英里奈さんのためか、3人のためかはよく分からないが、多分同じおれと同じ結論に至ったのだろう。だったらおれのやってることもそんなに外してないってことか。よかった。
「うん。待ってる間、ゆずと色々話してたらいつの間にか寝ちゃってた。なんか、幼馴染が流行ってるらしいよ、最近の中学生の間で」
「幼馴染って
おれは首をかしげる。
「それで……曲は出来たの」
「ああ、うん」
沙子はこわばっていた顔を0.数ミリだけほころばせる。
「良かった……」
「聴くか?」
首にかけたヘッドフォンを軽く持ち上げてみせる。
「いいの。あの女よりも先に聴いたら、怒るんじゃない」
多分、『いいの?』も『怒るんじゃない?』も質問だろう。相変わらず分かりづらい。
「市川をあの女って呼ぶのやめてあげなよ……。バンドメンバーは公平だろ。吾妻にも送ってるし」
「一番最初じゃないってことで怒ると思うけどね。なんでも一番じゃないと気が済まないんだ。まあ、うちは聴いたこと言わないからいいけど」
そう言って両手をこちらに差し出してくる。
「はいはい……」
また罪を重ねるなあ、と思いながらもヘッドフォンを手渡した。
「流すよ?」
「うん」
再生ボタンを押して、また少しだけ冷めてしまったオムライスを食べながら沙子が聴いているのを待つ。
一曲流し終えて、沙子はヘッドフォンを外した。
さあ、気に入ってくれただろうか、と期待したその口から出た第一声は、
「……ベースが入ってない」
だった。
「そりゃ、おれはベーシストじゃないからなあ……」
「……
「……分かった」
少しキザなことを言ったな、と思い返す。深夜テンションはあとで思い返したときに怖いなあ……。
「……んで、曲は?」
照れを
「……すごく良かった。優しい時の拓人って感じ」
「そうかよ……」
素直すぎる沙子の
「ねえ、拓人」
沙子がヘッドフォンを首にかけたまま、おれのズボンの
「ん?」
「改めて、お願い。英里奈のこと、うちだけじゃ、もう……」
「心配すんな、沙子」
「ん……」
なぜならそこには自信を持つに
「あとは、吾妻がなんとかしてくれるらしい」
「ええー……嘘でしょ……」
おれの言葉に沙子は全力で呆れた顔をする。
「……本当は、本当にかっこいいことしてるのに。なんでそうやって……」
おれは、沙子がぶつぶつ言うのを無視してオムライスの続きをかきこんだ。
「あー……で、学校はどうすんだ? 一旦家で寝たから行ったほうがいいんじゃねえの?」
「ああ、うん、一旦帰る」
そう言って、沙子はすくっと立ち上がり、玄関まで歩いていく。切り替え早いな、と思いながらもおれも見送りに付いていった。
玄関の扉を開けると、明け方の冷気が家にはいりこんでくる。
「おお、寒い……」
おれの身震いに合わせて、スマホも小さく一回震えた。
おれが画面を見ると、「あの女、早起きだね」と沙子も画面を覗き込んできた。
だけど、そのメッセージの主は『あの女』さんではなくて。
由莉『小沼、今日、一緒に学校いける?』
「……そうして拓人は罪を重ねて、そのうちあの女に
すぅ……っと身を引いて沙子は扉の外に出る。
「いや、
「じゃね、拓人」
そして、
「おう、おやすみ」
おはようだったかな、と思いながらも手を振り返し、沙子が扉を閉めた時、
「あっ」
とおれは声を上げる。
「あいつ、おれの服着たままじゃん……」
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