第3曲目 第69小節目:より道

 吾妻あずまと並んで、ひがし小金井こがねい駅への道を進む。


「吾妻は東小金井こっちから帰ること結構あるのか?」


「まあ、あたし、家がくだり方面だからね」


 そっか。そういえば吾妻は青梅おうめに住んでるんだった。


「たしかに、じゃあいつも東小金井でもいいんだ。むしろなんで新小金井しんこがねい使ってんの?」


「だってみんな新小金井から帰るんだもん。あとあっち、カルピスが100円の自販機あるし」


「やっべえな……」


 青春部部長は健在です……っていうかむしろカルピス部部長なんじゃないの?


 と、そんなどうでもいいことを考えているうちに、道の途中にミニストップを見つけた。



「あ、帰りのコンビニ。アイス買ってこ」



 ということで、店に入って、平置きの冷凍庫の前に立つ。



「何にしようかな……」


「ねえ、小沼。パピコ食べようよ」


 その瞬間、おれの動きがとまる。


「なん、だと……?」


 カクカクと首を動かして見てみると、何のなしに吾妻は2つで1セットのアイスをゆびしていた。


 おれが相変わらずわなわなと恐れおののいていると、「は? どうしたの?」と怪訝けげんそうな顔を向けてくる。



「い、いや、おれが意識しすぎだったら言って欲しいんだけど……」


「なに……?」



 おれはおそるおそる口に出す。





「パピコを半分こするのは浮気うわきになるんじゃ……?」






 すると、吾妻は目を点にして数秒経ってから、あはは、と優しげに笑いはじめた。



「小沼ってそんなこと気にするんだね」


「いや、どっちかと言うと吾妻の方がそういうの気にしそうじゃん。『パピコはカップルじゃないと食べらんないから』とか言いそうだと思ったんだけど……」


「あはは、なにそれ」


 相変わらず笑っていらっしゃる。


「なんだよ……?」


「いやいや、ごめん。そういうところ嫌いじゃないけどさ」


 それから、「んーと」とあごに手をあてて何かを考え始める。


「たとえば、箱のアイス買ったとするでしょ。6本入りの」


「はあ」


 そう言って、今目の前にあるのとは別の、扉付きの冷凍庫をゆびす。


 たしかにそちらの冷凍庫には5本入りや6本入りの家の冷凍庫に入れておくような箱のアイスが陳列ちんれつされている。


「で、そのうちの一本ずつを取ったとしたら、これは浮気じゃないよね?」


「そうなあ……」


 うん……。まあ、それが浮気だとすると、小学生の時におれは何回うちで沙子にアイスあげたんだという話になる。


「でも、今はあたしたち、2人だよね。だから6本セットの箱アイス買うわけにもいかない。でしょ?」


「そうなあ……」


 おれのセリフがしょうもない口癖くちぐせで固定されてしまった。


「そんな時にですよ。2本入りのアイスが売ってたらいいなあ、と思いませんか?」


「なんで敬語だよ……?」


「そして、そんな夢のようなアイスが、こちら! パピコです」


 ツッコミをスルーして敬語のまま吾妻は続ける。


「今すぐ買えば税抜き140円! 二人で買えば、一人70円で食べられます!」


「テレフォンショッピングかなんかなの? というか、一人一本ずつ別のアイスを買う案はないのか?」


「いや、あたし、まるまる一本分も食べられないよ。寒いし」


 無理無理、と手を顔の前で振る。


「いや、『寒い』って言っちゃったら根底からおかしくなりませんか……?」


「とにかく」


 吾妻はぴしゃりと言い切る。


「パピコっていうのは2本入りのアイスなんや。それがたまたまくっついてるだけだから浮気にはならないんや」


「なんで関西弁だよ……?」


 しかもめちゃくちゃエセだし。怒られるよ?


「ということで、2本入りのアイスを買いましょう。かんで」


「はあ……。まあそれはいいんだけど」


 なんとなく押し負けたのでパピコを買うこと自体よりも、どちらかというと、他のことが気になりはじめた。




「……なんでそんなに説得頑張ってまでパピコ食べたいんだ?」




 おれが聞くと、慌てることも、説得を頑張ったことを隠そうとすることもなく、


「ん、別にパピコが食べたいわけじゃないよ。あたしは、割り勘でアイスを買いたいだけ」


「なんだそれ……?」


 首をかしげる。


「色々あるんだよこっちにも。伏線ふくせんっていうか、布石ふせきっていうか……。まあ、伏線にせよ布石にせよ、使わないで済むならその方がいいのかもだけどね」


「本当に意味わからないんだけど……」


 何? とんち? 今回ばかりはおれの理解力の問題ではない気がする。


「はいはい、いいから。レジ行こ、レジ」


 そういって吾妻はおれの肩をそっと押した。


「おう……」


 ということで吾妻の希望通りきっちり一円単位の割り勘でパピコを買って、店を出た。




「あ、夕暮れのベンチ」


 少し歩いたところにある公園のベンチを指差して、吾妻がそちらに向かう。


 ……ここは、英里奈さんがはざまにフラれた日に行った公園だ。


 吾妻が座るのに続いてベンチに腰掛けると、夕闇の中、蛍光灯がちかちかと光っていた。



「ほい、小沼」


「ありがとう」


 吾妻がパピコを半分こして渡してくれるので、受け取る。


「久しぶりにパピコ食うなあ……」


 と、丸いところに指を入れてその封を開けようとしたその時。



 おれの手首を、柔らかい手がぎゅっとつかんだ。



「……え?」



 吾妻の手のひらのひんやりとした温度が伝わってくる。


 ベースをく割に、意外と小さい手をしてるんだな、とそんな感想が浮かんだ。



 それにしても、吾妻はなんで、いきなり、手を……?






「ねえ、小沼……?」






「は、はい……?」




 そしてその手に少し力が入った。


 夕闇に隠れて表情が読めないが、少し瞳がうるんでいる気がする。


 すぅ……っとその唇が開いて、吾妻は言った。







「……それで目を冷やすって目的忘れてない?」







「あ、そういうこと?」


 なんだよ、なんかびっくりしちゃったよ……。


「いや、『そういうこと?』じゃないっての。なんのためにアイス買ったかわかんないじゃん」


「まあ、最終的には食べるためだとは思うけどな……」



 なんだか緊張しちゃったことが気恥ずかしくなり、そうつぶやきながらも、そっと上を向いて目を閉じてまぶたにパピコをあててみる。



 寒空さむぞらにちょっと冷たすぎる気もするが、ひんやりした感触が気持ちいい。やはり目元が火照ほてっていたのだろうか。


 なんかこのまま寝ちゃいそうだなあ……。



「どれくらいしたら目のれってひくんだろう……」


「さあ、腫れがひいたか見てあげるから、ちょっとだけそうしてなよ」


「はーい……」


 姉に注意された弟のように返事をすると。





「ねえ、小沼」




 少し緊張したような吾妻の声が続く。




「……そのまま、あたしの話、聞いてくれる?」

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