第1曲目 第35小節目:おはよう

 翌日。


 うーん、と腕組みしながら登校する。


 昨日の英里奈さんの様子はどうもおかしかった。


 なんかすごく焦ってたし、発言の内容も整然としていない。


 とはいえ、この作戦は英里奈さんとおれの秘密だし、どうしたらいいんだろうか……。


 悶々もんもんとしていると、


「おはよ、小沼」


 と肩を叩かれる。


 振り返ると、ベースを背負ったリアルリア充、吾妻ねえさんがいた。


 その姿を見て、おれには後光がさしているように見える。


「そっか、吾妻に話せばいいのか!」


 ていうか吾妻が東側に立ってるから本当に後光がさしているんだな。

 

「はあ?」


 何言ってんの? と顔をしかめらめる。


「てか、挨拶。おはよって言ってんの」


 ねえさんにたしなめられる。


 すみません…… 。後天的リア充の吾妻ねえさんは、コミュニケーションに厳しい。


「はい、おはようございます」


 怖いので素直に挨拶を返す。


「よし。で、あたしが何?」


「あ、そうだ。ちょっと相談したいことがあって……」


「ん? どしたの?」


 英里奈さんのことなんだけど……、と話そうとした瞬間。


「由莉、おはよう」


 そう言ってカバンを後ろ手に持ったはざまが追い抜きざまに声をかけてくる。


 わあ、リア充が多勢たぜいになったぞ……!


 無勢ぶぜいのおれがついつい、クセでスキル《ステルス》を発動させようとしていると、


「コヌマもおはよう。お前ら本当に仲良しなんだな。いつの間にって感じだな……」


 と言っている。


 あれ、おれに挨拶してくれた? はざまってもしかしてめちゃくちゃいいやつなんじゃ…… ?


「ケンジ、おはよー」


 吾妻が左手で手を振りながらにこやかに答えている。その後ろ、右手でおれの尻を叩いた。


「いてっ」


 つい声が漏れる。


「?」


 はざまが首をかしげている。


 いや、吾妻ねえさんが言いたいことはわかっています。

 

「おはよう、はざま……くん」


「おう、おはよう」


 あ、こたえてくれた。嬉しい。


「そういや、来週勉強会あるんだろ? 昨日英里奈に誘われた。邪魔するわ、よろしく」


「あ、ケンジも出るんだ。よろしくー」


 そんな感じでリア充2人がリア会話していると、廊下の分かれ道に着いた。


 1、2、3組は左、4、5、6組は右だ。


 左に行こうとしているから、はざまは1、2、3組のどれかなんだろう。


 4組の吾妻と6組のおれは右へ行く。


「じゃ、また」


「じゃね」


「……ジャー」


 次は吾妻にけつを叩かれる前に言うことが出来たが、言い慣れてないから炊飯器みたいになってしまった。


 はざまが3組の教室に入っていく。

 

 はざまは3組。覚えた。


「ま、会話って難しいよね」


 なぐさめるように吾妻がおれに言ってくれる。


「で、相談あるんだっけ?」


 そう訊かれたものの、曲がったらすぐ4組の教室の前だ。


 もうすぐチャイムも鳴るだろう。


 どうしようか……と少し考えて、ひらめいた。


 今日は水曜日じゃないか。


「吾妻、今日の放課後ヒマか?」


 水曜日は器楽部は自主練日、と言っていたはずだ。


「あー、ごめん、バイト」


 そうだ、吾妻ねえさんはバイトしてるんだ。でも、それなら。


「下校道のファミマだよな? そしたら、そこまで一緒に帰ってくれないか?」


 そのあいだに話せれば、きっと何かがわかるだろう。

 名案……と思っていると、吾妻がキョトンとしている。


「へ? あたしと?」


「え、そうだけど……」


 あれ? 嫌だったか? 仲良しと言ってくれたけど、それはおれに気をつかっただけで本心ではキモいと思われているのか?


 サーっと血の気が引いていく。


 距離を詰めすぎたかもしれない。


「あ、いやいや、なんかまたネガティブモード入ってるでしょ。別に小沼が考えてるようなこと気にしてるわけじゃなくて」


 慌てて吾妻が顔の前で手を振る。


 なんでおれの考えたことわかったんだろう。


「そんなに顔青くしたらわかるよ、ごめんごめん怖がらせて」


 あ、そうか。顔が青くなってたんだ。


 ……なんで今の『なんでおれの考えたことわかったんだろう』は分かったんだ?


「一時期、人の顔色ばっかうかがってたから、なんかそういう能力付いちゃったみたい」


 そう小声で教えてくれる。


 吾妻ねえさんの後天的リア充スキル《読心術どくしんじゅつ》……! すげえ……!


「一緒に帰るのはあたしは大丈夫なんだけど、小沼は色々大丈夫なの?」


「おれ? おれから頼んでるんだからおれは大丈夫だろ」


 吾妻は首をかしげながら上を向く。


「んー、まあ、あたしの気にしすぎか。分かった、じゃあ今日一緒に帰ろっか」


 何を気にしてるんだろう?


 でもこれで、英里奈さんのことを相談することが出来そうだ。


「ありがとう、吾妻」


「ううん、大丈夫。じゃ、またあとでね」


 そう言って吾妻は4組の教室へ入っていった。


 一緒に帰る約束を誰かとするのって、もしかしたら初めてかもな、なんてことを思った。

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