第1曲目 第34小節目:マック3

 市川は自分のCDをスマホの写真におさめて、aikoのお目当のCD(普通の値段のやつ)を買って、一緒に店の外に出た。


「すっごく安いんだね! 聞くの楽しみ!」


 黒い袋を胸に抱いてホクホク笑顔の市川と共に、階段を降り終わる。


「私、そろそろご飯の手伝いしなきゃだから帰るけど、小沼くん大丈夫?」


「大丈夫に決まってる。遅くまで付き合ってくれてありがとう」


 市川、ご飯の手伝いとかもするんだ。指とか切らないようにね。


「わかった、じゃあね! 今日はありがとう!」


 市川が黒い袋を上に掲げて、手を振る。


 ディスクユニオンの袋持っている女の子可愛いの法則あるな……。(地雷説もある。)


 ぎこちなく手を振り返してから、スマホをポケットから取り出す。

 画面を見ると、18:30。

 思っていたよりも長居していたらしい。


 最終下校が18時だから、そろそろ英里奈さんも吉祥寺に来るだろう。


 そう思っていると、ちょうど、スマホが震えた。


Erina『吉祥寺ついたよ。どこにいるー?』


 ベストタイミング。


 ディスクユニオンと言ってもわからないことは確実だ。


小沼拓人『マックの方に行きます』


 そう返事をして、マックの方へ歩いていった。


 


 マックの前で少し待っていると、ピンクベージュのふわりとしたパーマがかったツインテールを揺らして英里奈さんがやってきた。


「遅くなっちゃったぁー、ごめんね!」


 そう手を合わせている。


 よかった、もうそこまで怒っていないらしい。


「いや、全然大丈夫だよ」


 おれはほっとしながら返事をする。


 すると、英里奈さんはおれの袖口をキュッとつまんで、


「たくとくん、怒ってないー……?」


 と例の上目遣いで訊いて来る。


「え、な、なんで、ですかな?」


 やば、動揺してダンディなおじさんみたいになってしまった。


「だってたくとくん、LINEめっちゃ敬語なんだもんー」


「ああ、まあ……」


 ていうか、それ言ったら英里奈さんの方がよっぽど怖くない?


「うん、そっかぁ! よかったぁー!」


 つまんでいた袖口をパッと話して、ニコッと笑う。


 そうか、今のは許してもらうための技だったか……。


 まあ、突然呼び止めたことについてはさすがに悪いと思っているということだろう。


「じゃ、マック入ろっかぁ」


 したたかだなあ、英里奈さん。



 マックのレジに並ぶ。


「えりな来るまで何してたのー?」


 うっ……! 市川とCD屋に行っていたなんてバレたらまずい。


「ん? なんて?」


 不意に、答えづらい質問についてはとりあえず聞き返すというスキル《パードン》を発動させた。

 

 おれにしては機転が効いた方だと思う。


「えっと、だから、えりな来るまで何してたのー?」


「CD屋さんに行っていました」


 嘘はついていない! ナイス機転!


「だから、なんで敬語ぉ……?」


 焦っているからです!


「次のお客様、どうぞー」


 店員さんナイス!



 いつもの飲み物を買って、いつもの席についた。(って言っても3回目だけど)


「たくとくんは今日もコーヒー?」


「そうだけど」


「大人だから敬語とか使うのかなぁ?」


「へ?」


 誤魔化しきれてないか……!


「別にぃ」


 回を重ねるごとに不機嫌になる英里奈さん。


「たくとくん、作戦のこと、やになっちゃったー?」


「え?」 


「だってさぁ、たくとくん、天音ちゃんを狙ってるなら迷惑でしかないもんねぇ」


「はい?」


 おれが市川を狙う?


「それとも、ゆり?」


 吾妻……?


 ん?


 これはあいつらにとってすごく悪い誤解をされていないか?


「いやいやいやいや、そんなんじゃない!」


 慌てて否定する。


「ほえ? そうなのー?」


「そうだよ! 市川とはバンド関連で一緒にいることが多いだけで」


「ゆりは?」


「吾妻は……、市川と話すことが最近多いみたいだから話すようになっただけだ」


「ふぅーん?」


 英里奈さんがストローでシェイクを吸いながら、おれの顔を覗き込んで来る。


「……ほんと?」


 その目に、その問いに、一瞬、すくんでしまう。


「……ほんとだよ」


「なんかがあるなぁ」


 ジトーッと睨んでから、


「まぁ、いっかぁ。それならそれでも……」


 と口を尖らせてまたシェイクをすすった。


 え、それならそれでも……?


 おれが内心首をかしげているうちにシェイクを飲み終え、ガバッと顔をあげて、


「そしたら、作戦、決行だねっ!」


 と高らかに宣言した。


「お、おう」


 おれは照れながら小さく拳をあげてみた。


「えりな、来週の勉強会、参加させてもらうでしょー?」


「ああ、そうだな」


「その時に、しっかりさこっしゅにアピらないとね!」


 両腕を自分の前に出してガッツポーズをする英里奈さん。


 てか、何言ってんだこの人は。


「勉強会にははざまが来ないんだから意味ないだろ……」


「はぇ? 健次? あ、そ、っか……?」


 首をかしげている。


「……本当に大丈夫か?」


「あ、健次でしょー! 健次も呼ぶんだよぉ! 最初からそのつもりだったんだもん」


 なぜか慌ててそう言って、空っぽのコップから空気をすする。


 ズズズッという音がした。


「だからぁ、とにかく、作戦決行だよ! 来週、気合い入れてねぇ!」


 英里奈さんは真っ赤な顔でおれをビシィっと指差してくる。


「はぁ……」


 おれは、ただただ意味もわからずにうなずいていた。

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