第31小節目:PADDLE

 広末の話を聞いている間に、追加レコーディングが終わって市川いちかわ平良たいらちゃんもブースから出てくる。


 話の大筋は、基本的には、吾妻あずまの指摘した通りだった。


 海外で日本のアニメを見て育った広末ひろすえは、アニメのような青春に憧れて、高校一年生になるのを機に、9月生として転入してきた。


 家族で海外に引っ越す時にちょうど就職が決まったお姉さんがもともと一人暮らしをしていたらしく、今はお姉さんの家に同居しているとのことだ。


 広末が失敗だったと感じたのは、入学して間もなくのこと。


 9月生は、転校生とほぼ同義。


 広末がアニメから得た知識だと、海外から金髪の転校生がきたら、クラス中の女子や男子が寄ってきて質問攻めにする、というものだったのだが。


「誰も質問に来なかったってことか……」


「ええ、誰も来なかったわ……。むしろおびえるみたいに遠巻きに眺められて……。なんなのよ、一体……」


「えっと、それは……?」


 おれが平良たいらちゃんに「実際どうだったの?」と視線を送ると「自分にはちょっとわかりません……」みたいな顔してふるふると首を横に振る。なんでわからないんだよ。


「そんなの、どう考えたって見た目の問題でしょ」


 横から、金髪の先輩・ハスサコさんが0.数ミリのあきれと0.数ミリのあわれみを浮かべて言葉をほうる。




「金髪の上に、そんな、誰彼だれかれ構わずにらむような顔ずっとしてたら、『話しかけんな』って言ってるようなもんでしょ」




「自己紹介ですね……」「自己紹介だね……」


「……なんか言った」


「「なんでもありませんっ!」」


 黒髪シスターズがぼそぼそ言ってると、沙子さこがギロっと睨む。そういうところだよ。


「でも、友達は欲しかったんでしょ? どうしてそんな態度取っちゃったの?」


 茶髪さんが優しく問いかける。この人がやっぱり一番しっかりしてるわ……。


「だって、どうしたらいいかなんて分かんなかったんだもん……」


 ねた感じで唇をとがらせる広末は年相応に見えて、


「舐められたらクソうぜえし……」


 ……うん、まあこういうところも年相応っちゃ年相応か。


 とりあえず全部聞いた上で、おれが思っていたのは、


「ていうか、まじですげえな……」


 感嘆かんたん一色いっしょくの感想だった。


「何がよ?」


「いや、それだけの……」


 ……それだけの、は明らかに失言か。


「……その経験だけで、あんな曲を作ったんだろ?」


「バカにしてる?」


「馬鹿になんかしてねえよ」


「そ、そう……?」


 目をぱちくりさせている広末をよそにおれは改めて反省する。


 結局。


「ドラマチックな人生を歩んでないから」とか「平凡な家庭に生まれたから」とか「作品に昇華できる経験なんかできてない」とか、そんなのは言い訳でしかなくて。


 おれたちの日常は、周りから見たら大したことないけど、当人にとっては大事件の連続で出来ている。そこにスコープを当ててどれだけ拡大して表現できるかどうかなのだということを改めて思い知らされる。


 こんな、「めっちゃワクワクして転校してきたのにみんなが話しかけてくれなかった」っていうだけの経験は、あれだけのヒットソングを生み出せるほどのネタなのだ。


「人間って、どこまでいっても知らないうちに自分に言い訳してるもんなんだな……」


「な、なんの話してるのよ……?」


「いや、別に」


 なんだか手放しに褒めちぎるのもしゃくなので、話を切り上げた。


「んー、まあ、アニメもマンガもラノベもあくまでフィクションだからね」


 吾妻が苦笑いをする。


「……」


 その考え方が嫌いなのだろう。歌詞にだってそういう内容が盛り込まれていた。


 広末は黙り込んで吾妻をじっと見据える。


 ……そして、おれにだって読み取れるような部分を吾妻が分からずにこんな発言をしてるはずもないのだ。






「でも、青春は現実に存在するものだよ。フィクションなんかよりもすごい青春が、この学校にはある」





 吾妻はニカっと笑う。


「そうなの……?」


「動けば、必ずそこにある。待ってたって来ないけど。だから、迎えに行くんだよ、青春を!」


 吾妻の熱弁はさすがだ。……聞いてるこっちが赤面してしまうくらいのまっすぐさで訴えかけてくる。


「でも、動いてるよね! IRIAさん!」


 そこまで聞いていた市川が目を輝かせて広末を覗き込む。


「な、なによ……」


「IRIAさんは、それでつばめちゃんに話しかけて小沼くんのところにきたんでしょ? それって、動いてるってことだよ!」


「そ、そうなの、かしら……?」


 あら、IRIAさん、結構ちょろい?


「うん! そういうの、すっごくかっこいいと思う!」


「あ、あら、そう……?」


 広末の両手を握ってニコニコしている市川を見て、6月の彼女を思い出す。


『ほんと、そういうの、かっこいいと思うんだよ! 頑張ってね! 絶対演奏会行くからね!』


 結局根本的なところは、変わってないんだなあ……と、そこまで話したところでふと思い立ち、平良ちゃんに耳打ちする。


「それでいうとさ、平良ちゃんのクラスに小佐田おさださんっていなかった?」


「いますいます!」


「あの子とか、広末に話しかけたりしなかったの? なんか、そういうの察して話しかけたりしそうなのに」


 幼馴染という単語に異常に反応するところをを除けば、彼女ほど気遣いが出来る人もいないだろう。


「いえいえ、だって亜衣里さんは自分や菜摘なつみさんとは別のクラスですよ? 隣のクラスです」


「ええ、そうなの……!?」


「ですです。自分も数学の授業が一緒になったので知ってただけで。だから自分が教室でミキシングをしてたら別クラスに入ってきてすごいなって思ったのですよ」


「ええ……」


 なんだよ、広末、全然積極的に動いてるじゃん、と思ったところ。


 ポケットでスマホが震えた。


「ん……? うわ、知らない番号だ……」


 いやだなあこわいなあ……と思いながら、電話をとると。


『はじめまして、小沼拓人さんのお電話ですか? ワタシ、今度の​​レコーディングでエンジニアを担当する広末ひろすえ日千歌ひちかです!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る