第32小節目:水中モーター
「ええ、
レコーディングエンジニアさんからかかってきた日程調整の電話を切ってから、
ちなみにレコーディングエンジニアというのは、レコーディングをする際にマイクのセッティングをしたり、レコーディングの補助(というか演奏以外のほとんど全部)をしてくれる人だ。
今回のレコーディングパックでは、ミキシングまでも日千歌さんがやってくれるらしい。
「色々巡り巡ってるもんだな……」
おれが感心していると、
「
「そうでしたそうでした!
「あはは、そうだね」
黒髪シスターズは自分たちのことなのに
「聴いてみようか? すごくいいから」
ちょっとドヤ顔の市川に連れられてスタジオの中に戻り、
「良いじゃん……!!」
おれと
「んー、面白いわ……!」
「ツバメ、あなた、グッジョブよ、これ……!」
「ぐっじょぶ」
意味がわからないということではないだろうが、珍しい物言いだと思ったらしい市川幼女が横でぽつりと復唱した。
「そうでしょうかそうですよね! 良いでしょうか良いですよね! 最高でしょうか最高ですね!!」
褒められたのが嬉しかったのか、
「それじゃあ、ラジカセを使ったアイデアは本番でも使うことにしよう! つばめ、すごいね」
「えへへ、嬉しいですっ……!」
師弟がゆりつばしていると、
「あ、それ、日千歌にちゃんと事前に言っておいた方が良いわよ? 日千歌の方で用意しておかないといけないものもあるでしょうし」
広末が助言をくれる。
「おお、たしかに。本番までに電話しておくわ。ありがとう」
それにしても、広末は姉のことを名前で呼ぶタイプらしい。うちの
「あたしだけ、おにいちゃんって言うな……。変なのかな……?」
同じようなことを考えてるらしい吾妻がふむ……と考え込んでいる。
「それにしても、日千歌に録ってもらえるなんて、あなたたち、運がいいわね」
「やっぱり、お姉さんも優秀な人なのか?」
「ええ。お姉さんもっていうか、ウチの音源は日千歌に録ってもらったから。ウチも意見は言ったけれど、ミキシングも日千歌がやってくれたわ」
「そう、なのか……!」
昨日聴いたあの音源と、同じ人に録ってもらえるってことか……!
「演奏自体も、日千歌の友達のスタジオミュージシャンに頼んでやってもらったの」
「そういうことだったんだ」
スタジオミュージシャンとは、特定のバンドに属さず、さまざまなミュージシャンのサポートをするミュージシャンのことだ。ソロのアーティストを思い浮かべて、その後ろで演奏している人を思い浮かべていただいたら、そのほとんどがスタジオミュージシャンだ。
「っていうか、そうよ! そのために来たんだったわ。だから、高校生と一緒にやらないと、青春リベリオン出られないのよ!」
思い出したらしい広末が前のめりで興奮気味に声をあげる。
「ああ、そうだった」
「そうだったじゃないわよ! で、そっちのレコーディングはいつになったの?」
「再来週末になったけど、どうして?」
今の電話の内容を思い出して伝えると、広末は腕組みをしてふんっと鼻息を鳴らす。この人のこういう動き、二次元的だな。
「分かったわ。もしこの話を受けてくれるなら、その日に一緒にやらせてもらうわ」
「いや、おれたちの無料券なんだけど……」
「そんなの、追加分は払うに決まってるじゃない。ウチを誰だと思ってるの?」
「え、金持ちなんだっけ?」
「金持ちじゃないわ! YouTubeも収益化してないし!」
なぜか、いーっ、と、
「そうじゃなくて、自分のことは自分で出来るってこと言ってるのよ! レコーディングって、マイク立てたり片付けたりするのに意外と時間がかかるのよ。合わせて2時間とか」
「2時間!?」
「そう。でも、その時間もレコーディングの時間に含まれてるわけ。つまり、録音してる時と同じだけの費用がかかるということよ。だから、演奏する人が同じ人なら、わざわざ別日にやるよりそっちの方が安く早く済むわ」
ずいっとおれに顔を寄せて人差し指を立てる。
「金持ちじゃないからこそ、提案しているってわけ」
「なるほど……」
「おみそれしたかしら?」
したり顔をしてる広末。いや、『おみそれ』なんて言葉を初めて現実世界で聞いたわ。広末の語彙がいかに二次元由来かということを実感して微笑ましい。
「だから、そうね……。来週の月曜日くらいまでに考えておいて。それからでもタクトさんとベーシスト先輩なら充分間に合うでしょう。決まったら、1年5組に来てちょうだい、ウチはいつでもそこにいるから」
「あ、ああ。分かった、それまでには決めておくよ」
謎の信頼と評価にたじろぎつつ、おれはうなずく。ていうかいつでもそこにいるのかよ。ラスボス感あるな。
「絶対来なさいよ? 来ないと、死刑だから!」
……広末の語彙がいかに二次元由来かということを実感して微笑ましい。(二度目)
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